17章 村長選

 週に一回の村議会での出来事だった。いつもと様子が違う。というのも壇上にいる議員がみんな暗い表情をしている。しかも、キシベはいつも座っている真ん中の席に座っていない。

 すると、キシベの秘書を名乗る女性がマイクの前に立ち言った。

「昨日、キシベ村長が癌の為亡くなりました」

 会場は静まり返った。キシベの秘書の話によると、水爆が東京に落ちる前の2ヶ月前にステージ1癌が見つかったらしい。癌を治療しながら仕事をしていたが、水爆が炸裂してから病状が悪くなり昨日無くなったとか。医師の解剖結果は末期癌だったらしい。ソレを聞いて村長に対して1分間の黙祷を捧げた。

「誰が新しい村長になるんだ?」とある村民が言った。確かにそうだ。村長は必要だ。誰か村長をヤラなくてはならない。と村民達は言ったが、イシカワはそうは思わなかった。あの下田市でだった若い女性の言うよに下手な政治家が村を支配したら大変だ。それに、死んだキシベ村長には申し訳ないが、彼がいようが居なかろうが村は回っていた。殆ど、お飾りみたいな存在にしかイシカワには見えなかった。

「一週間で立候補者を募り、それから一週間後に村長選をしましょう」聞き慣れた耳障りな声。そうヨシダだった。コイツ、きっと村長選に出馬するに違いない。

 すると、村議会が湧いた。恐ろしい。コイツが村長になればきっとやりたい放題だ。そして村長選が2週間後に行われることが決まった。

「村長選がはやすぎないか?1ヶ月は先でもいいんじゃないか」と一人の村民がいうと、「確かに平時ならソレくらい時間をかけてもいいでしょう。しかし、今は緊急事態です。村長不在は由々しき事態です。まだ、村の外の世界には略奪者グループが複数いるとの報告があります。そんな時に村長が居なければ統制が取れません。いいですか。緊急事態です。仕方ありません」

 そして、1週間で選挙立候補者を、2週間後に村長選が行われる事になった。

 イシカワは、ヨシダは緊急事態という言葉でなんでも解決出来ると思っているに違いないと思った。それから、いつもの恒例の医者が出てきて今週の死者数を発表。死亡者12人。

病人300人。その内手術で手や足を切断したものが10人。

また増えてる。ここ2週間死者数は10人以下だったのに。なんだか悪予感がした。村議会は終了した。


 イシカワとアズサが手を繋いで会場を出ようとした時後ろから肩を叩かれた。振り向くとそこにはキタヤマ隊長がいた。アズサを見ていった。「わたくし、以前、アナタを逗子で救助したキタヤマという者です。イシカワくんの同僚です」

「ああ、どうも。この前はありがとうございます。お礼をしようと思っていた所だったのですが行けなくてごめんなさい」

「いえいえ、これがわたくし達の仕事ですから。キムラさんはとても元気そうで良かったです。それにイシカワくんまで元気になって嬉しい限りです。そこでなんですが今晩イシカワくんを借りたいのですが、よろしいですか?ちょっと、仕事の事で打ち合わせがありまして」

 打ち合わせ?何の事だ?次の遠征は3日後だぞ。それに打ち合わせなんていつも前日の昼間にやるのになんだ?打ち合わせって?

「もちろん大丈夫ですよ」とアズサが言った。

 するとキタヤマ隊長は21時にキタヤマの家に集合だと耳打ちした。

「では、キムラさんをお家に送ってから打ち合わせということで」というとキタヤマ隊長はアズサに向かってお辞儀をして、今度はマキタの方へと向かった。

「ねえ、ツバサ。打ち合わせてなに?」

 イシカワにも分からなかった。ただの飲み会か?アズサを家に送っていった。実家に行き自転車でキタヤマ隊長の家に行った。


 21時の10分前に付くと、門の前にギバとマキタとカトウが居た。

「お前も呼ばれたのか?アズサちゃんとイイ事してると思ってた」とギバが言うと、「最低よ。セクハラだわ、それ」とマキタが言った。カトウはそのやり取りを見て笑っていた。

「いったい打ち合わせてなんです?」とイシカワは言うと、みんな分からないと言った。みんなも検討がつかないらしい。

 それから、キリシマとシミズがやって来た。やはり彼らもなんで呼ばれたか検討がつかないらしい。誰か怒られるようなことをしたのでは?それとも、説教をされるのか?それとも飲み会か?といろいろ憶測がとんだ。

 するとガラス戸の電気が光って、戸が開いた。キタヤマ隊長だ。「みんな入ってくれ」

 キタヤマ隊長の家は一人で住むには広すぎるくらいだった。元々両親と住んでいた。両親は横須賀の老人ホームに入れていたが、恐らく絶望的だろう。それに兄妹も3人居たがみんな東京や大阪に引っ越してしまた。恐らく絶望的だ。

 キタヤマ隊長は隊員達を客間へ招いた。十畳ほどの広さだった。中央に大きな長方形のちゃぶ台があった。「みんな、座ってくれ。これからコーヒー持ってくるからちょっと待ってくれ」と言われ、隊員達は座った。

 しばらくするとキタヤマ隊長が人数分のコーヒーを入れて持ってきた。

「このコーヒーはうまいぞ。俺がで豆を挽いてサイフォンで淹れたやつだからな」

 イシカワは隊長にそんな趣味があるとは知らなかった。コーヒーを飲んでみた。相変わらずインスタントと何が違うのか分からなかった。

「じゃあ、本題に入ろう。さっき村議会で村長選が行われると決まっただろ?この中で誰か出る者はいないか?」

 キタヤマ隊長の話では、ヨシダは非常に危険だという。なのでこの部隊から誰か立候補して欲しいと言うのだ。というのも、この部隊には英雄と言うものが多いからだ。もしかすると、この中で誰か村長選で当選するかもしれない。そうすれば、ヨシダの暴走を停められると思ったようだ。ヨシダの段々エスカレートしていると語った。

 イシカワや他の隊員もヨシダが危険なのは分かっていた。しかし、村長選となるといったい誰が適任だろうか?

 イシカワはキタヤマ隊長かマキタかカトウがいいのでは?と提案した。

 ギバも、シミズも、キリシマも、キタヤマ隊長かカトウかマキタを。

 カトウは、キタヤマ隊長とマキタを推した。

「キタヤマ隊長とカトウとマキタが立候補すればいいんじゃないか?」とギバが言ったが、そんな事したら票が割れてますます勝てなくなるとイシカワは言った。それでやはり一人に立候補者を絞ることにした。

 マキタは、いくら入植者が増えて村の平均年齢が下がったとはいえ未だに男尊女卑の傾向がこの村にあるのでキタヤマ隊長、カトウを推した。

 マキタの言った通りだ。この村のは男尊女卑の傾向がある。確かに爺連中は女性に入れないだろう。それに、婆さん連中も同じだ。イシカワはディスカッションしてる内に誰も自分を推していいないことに気付いた。ラッキーと思う反面、少し悲しかった。

 キタヤマ隊長は「自分はもう50歳。こんな世の中いつ死ぬか分からない。だから、若くて体力のあるカトウかマキタがいいと思う。だが、マキタの言うことも正しい。この村は男尊女卑の傾向にある。だから、カトウが一番良いのではと思う。みんなどうだ?」

 皆がうなずいた。

「カトウ。お前ヤル気はどうだ?俺はお前ならヨシダに勝てると思う。どうだ?やるか?」

 カトウはしばらく考えて言った。「俺、ヤリます。ヨシダを倒します」

 そこで、会議はマニフェスト会議へ変わった。何を公約するかだ。何を訴えかけるかが問題だ。とりあえず朝まで部隊で議論を重ねた。

 1、インフラの整備。

 遠征部隊を更に追加する事によって、使える部品を大量に持ち帰り科学技術省に渡し、科学技術の発展に力をいれて、より文化的な生活を取り戻すこと。

 2、現在、医学を勉強会の勉強中の人数を増やし、医者を増やすこと。

 これは、気休めにしかならないかもしれないが、外科医は2人、看護師10人、精神科医が2人。やはり少なすぎる。現在、村の人数は元の村民が1500人だったが水爆時の破片や被爆により900人に減った。それと入植者が1000人。合計すると1900人。医者の数が少なすぎる。増やさなければ。

 3、ベーシックインカムの上ヶ丈山券を増やすこと。

 もう世界経済など無いのだからいくらでも上ヶ丈山村券を刷れる。それに今はいいがそのうち貧富の差が拡大するであろうと考えられるからだ。

 4、教師の数を増やし、村に大学を作りより文化的な生活が出来るようにすること。

 これに、関しては難しい。この前、英語の文学部の大学教授の入植者がいたが、水爆以来文学が必要だろうかという議論もあった。しかし、クリハタが率いる科学技術省もあるし、大学出の入植者が代わりに教授をするのはどうかというこで決着がついた。

 5、入植者の技能実習制度。

 入植者の殆、農業や畜産や林業や漁業のそれにエンジニアの経験がないので、警備兵にするしか無かった。しかし、警備兵が多すぎる。入植者の殆どが警備兵だ。三交代で回っているが、余剰も良いところだった。任務に付く者は週に3回のペースでしか働けない。くらい余剰要員がいた。

 良いことなのか悪いことなのかわかからないが、それより農業や漁業で自給自足出来る方が良いと考えた。

 6、新しい法律の制度

 裁判所を作り、略奪者の捕虜や村内で起こった事件を4択ではなく裁判をするのではなく公正な裁判が行われるようにすること。

 これで、ヨシダがいかに異常な事をしていたのかを皆に訴えかけることが出来る。

 7、公開処刑の廃止。

 絞首刑を公衆の面前でやるのは文化的に正しいことなのかと問うことで、ヨシダの異常性を更にアピール出来るからだ。


 次の日、村議会場にカトウが立候補届けを出した。ヨシダの方はと言うと、村長選の立候補届出期間2日前に立候補した。彼の戦略だった。イシカワはその手があったかとおもった。というのも都知事選の頃、立候補届出期間間近に立候補すると、目立つし、当選しやすかった事を思い出したからだ。やはり、政治に関してはヨシダのほうが上手だ。

 ヨシダの公約は、カトウとあまり変りない物だった。

 みんな考えることは同じなのだ。

 そして、村長選へ。カトウはこの間、遠征部隊を離れて選挙活動へ。

 やはり、村一の英雄とあってカトウはすごい人気だった。イシカワですらカトウに思っていた以上に人気があるとは考えていなかったので驚いた。

 カトウの演説中はヨシダを越える粋酔で盛り上がった。それに、村民や入植者の間でもヨシダは危険だと思っていた人が多いらしかった。

 イシカワは周りの友人、恋人、両親に誰に投票するか聞いてみた。アキモトとその恋人はカトウに、父はカトウに、母は前からのお気に入りヨシダを、リーもカトウを、恋人のアズサはカトウにとのことだった。今の所、イシカワの周りはカトウが優勢だ。しかし、クリハタは迷っているとの事というのも「科学技術省」の創設を発案したのはヨシダだったからだ。しかも、特別な計らいで物資も優先的に科学技術省に提供するように根回しまでしてくれたからだ。それに、ヨシダとは仲がいいらしい。しかし、流石にヨシダの公開処刑の件はクリハタも許せないらしく、どうしようか迷ってるとの事だった。

 さすがのヨシダも焦ったらしく、「公開処刑は自分のやりすぎた行為だった」と釈明した。それに、感情的になりカトウを演説中に攻撃し始めた。例えば「遠征先で見つけた物資をネコババしているとか、カトウが複数の村民、入植者の女性と肉体関係を持っている」とか。確かにヨシダの言っていることは間違っていいなかった。イシカワもたまに遠征先で見つけたレコードをネコババしたし遠征部隊のみんなも、もちろんカトウもやっていた。それに女性関係も少しルーズだが全てお互いの合意に基づくものだった。それに、村民も入植者たちもカトウのそんな側面を知っていたのであまり気にしなかった。

 噂によるとヨシダを支持するものは大多数は総長ことマツモトとゆかいな仲間たちのシンパらしい。あの総長は水爆以来も静かに村の裏を仕切っている様子だとか。噂では遠征部隊が回収したカニ缶や桃の缶などは総長の元に流れているとか。ありえない話ではない。なぜなら、配給はもちろん、露店にも、カニ缶や桃の缶が明らかに自分たちが押収した数より少ないからだ。もしかすると、人気があるのでマーケットでスグに売れてしまうだけかもしれないが。

 このままカトウが優勢で選挙に勝つかと皆が確証していた。だがそれは村長選は始まって3日後の事だった。

 ヨシダが上ヶ丈山駅の周辺で演説中の出来事だった。キカワという20歳の青年がカッターナイフでヨシダを襲い、ヨシダの右手に怪我を負わせた事件が発生した。

 警察が捕まえ事情聴取すると、キカワは猛烈なカトウの支持者でしかも、遠征部隊でカトウに藤沢で助けられた事から、「ヨシダを殺せばカトウが村長になる。そうすればこの村はもっと良くなる」と言ったようだ。

 これはマズイと部隊の者たちは思った。風向きが変わりかけてる。被害者になってしまたヨシダに同情票を入れる者が増えるかもしれない。カトウ陣営も焦った。

それに、キカワがなんでそんなに暴力的な行動に出たのか分からなかった。とても、腰の低い青年で、カトウに発見された時あんなに怯えていて村に着くまで「本当に僕たちのことを殺さないですか?奴隷にするつもりなんじゃないですか?」と涙目で言っていたくらい弱そうな青年だったからだ。

 だが、相変わらずカトウは人気があった「行き過ぎた村長選になってしまいました。自分の熱烈的な有権者が、ヨシダさんは対立候補ではありますが、そんなの関係ありません。早く傷を治して元気な彼の顔をみたいです。この村から、いや、この村の外からも暴力がなくなる為にも私はがんばります」

 そうすると、割れんばかりの拍手で村民たちは湧いた。それを見てイシカワは少し安心した。多少は同情票が入るかもしれないが、カトウは村長になれるかもしれないと。

 しかし、そう甘くなかった。政治とは関係無いところでベクトルは悪い方向へと向かった。選挙投票1日前、カトウが演説中に急に倒れたてそのまま病院に担ぎ込まれた。そして、検査の結果、末期の肝臓癌だった。肝臓癌は自覚症状が殆どないらしい。しかもカトウは若かったこともあり、風邪ぐらいに思っていたとか。そしてカトウは1週間後病院のベッドの上で亡くなった。

 村一番の英雄の死を皆悲しんだ。彼の葬儀は村の村議会場の外の広場で行われた。悲しみなく者、悲しみをこらえて引きつった表情をする者、様々だった。イシカワは改めてカトウがこんなにも村の人々に尊敬され愛されていたのだと知った。自分より若くしかもいつも元気でムードメーカー的な存在だったカトウが、恐らく放射能のせいで死んだことがショックすぎて涙も出なかった。アズサが手を握っりイシカワの頭を撫でて慰めてくれたが、何も感じなかった。

 村長選の結果だが、4割がカトウに票を入れていた。残りの6割はヨシダに入っていた。村民や入植者は立候補者が死んだので村長選のやり直しを求めたがヨシダは「緊急事態なので仕方ありません」といつものセリフを吐くばかりだった。そして、最悪な事に村長選はヨシダが村長になることで幕を閉じた。

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