15章 再会

 キムラ・アズサは、イシカワの初恋相手だった。

 彼女との母親とイシカワの母親が友達だったこともあり、イシカワが物心付く前からの知り合いだった。彼女はイシカワより同い年で同級生。一緒に鬼ごっこをしたり、オママゴトをしたりポケモンやスプラトゥーンをして遊んだ。

 イシカワがアズサの事が本格的に好きになったのは12歳の時、小学6年生の頃だった。その頃イシカワはアズサの事が好きだということを悟られない様にするがあまり、イシカワから距離を置いた。思春期の特有の恥ずかしさから来るものからだろうか、それとも「どうせ、自分は相手にされない」という物からだろうか。彼女の事を出来るだけ忘れようと努めた。それに、彼女は高校に行きながら横須賀でアルバイトもしていたのですれ違うことすら無くなっていた。

 アズサは東京の大学で教育学部に行き卒業後は高校で英語の教師をしていると聞いていた。最後に会ったのは2年前の事だった。仕事を辞めて実家を手伝い始めた時の事、ジョンの散歩中に帰郷中のアズサと道でばったり会って近況を話した。その時に当時付き合っていたアズサの彼氏が隣にいた。背が高くイケメンで感じが良く広告代理店で働いているとのことだった。とても複雑な気持ちになったのを覚えていた。自分は東京で痛い目にあって実家で田舎暮らしで収入はアルバイト程度。所詮アズサは高値の花で自分なんかが告白した所でフラレていたに違いないと考え告白しなくてよかったと、その時は思うた。


 普段は生存者は、軍用トラックの荷台の長椅子で座ってもらうのだがキタヤマ隊長に頼み込んでハマー軍用車両のに特別入れてもらう事にした。

 イシカワは、アズサにここまで来るまでの経緯を聞いた。

 アズサは、原水爆投下時、友人と遊ぶために最寄り駅の下北沢の小田急線の地下鉄のトイレで用を足していたら。突然の轟音が響き渡り気を失った。気がつくと、地下鉄内は丸焦げでようやく外に出ると、外の焼け焦げた瓦礫の山だった。それに黒い雨が土砂降りに降っていたそうだ。アズサは雨が止むまで待った。2日は降っていたそうだ。それから、地下鉄を出ると新宿の都庁すら無くなっていたという。川崎の丘を登った際に東京方面を見ると東京中心に大きなクレーターが出来ていたらしい。途中10人からなる生存者グループに加わり彷徨ったが、全員途中で死んでいったという。それで最後の一人になったアズサは、二子玉川の書店跡地で見つけた日本地図を観た時に思ったそうだ。上ヶ丈村なら都心から離れているから大丈夫かもしれないと。

 まず多摩川渡る所からスタートした。橋が崩壊していたからだ。それからなんと泳ぎきり、地図と、文具店跡地で見つけたコンパスで用心しながら歩いては、使える自転車を見つけたら自転車を使い、壊れたら歩いて、を繰り返してどうにか逗子までたどり着いた。

「本当に大変だった。瓦礫が凄くて道はを歩くの大変だったし、死体はいたるところに転がっているし、それになにより人に出会うのが怖くて怖くて」

「何かされたんですか?」

「私はされてないけど、目撃した。横浜辺りで弓矢を持った数人のグループがいて、男性を的にしてまるで遊んでるみたいに殺していたわ」

 それはきっと、横浜で保護した生存者の10人の高校生達が言っていた略奪者グループに違いない。やはり略奪者グループは複数いる。彼らが警察署や自衛隊や軍隊の武器庫に気づかなければいいが。

「大変でしたね。でも、もう大丈夫です。24時間ライフルを持った警備兵がいるし、上ヶ丈村はなんとか、文明と文化を保っています。病院もあるし、学校もあるし、喫茶店も、図書館もありますよ。それに何より、キムラさんのご両親は元気に暮らしてます」

「ほんとうに。良かった」と彼女はとても喜んだ。

 イシカワは死んでいたと思っていた初恋の相手に奇跡的に出会って舞い上がった事もあり彼女をデートに誘おうと考えた。言うなら今だ。

「あの、もしよかったら、明日か、明後日、村中を案内しますよ。随分村も変わりましたよ。特に駅前は」言ってしまった。テンションに任せて軽い考えで。ここでフラレたらどうしようと考える暇も無いぐらい舞い上がっていた。

「いいの?じゃあ、明日、村中を案内してね。お昼に迎えに来て」

「はい」まさか本当に成功するとは。でも、きっとアズサさんは軽い気持ちでOKしただけだ。そうに違いない。だが、イシカワは嬉しかった。

 そう言えば、おしゃべり中毒のキリシマがアズサとイシカワが話してる間、何も言わなかった。イシカワはキリシマを見ると彼はニヤニヤするばから。彼はイシカワが思っていた以上に吸気の読めるやつだったとキリシマを感心した。

 それからハマー軍用車両がトンネルのゲートをくぐり上ヶ丈村へと着いた。

ハマー軍用車両を降りた時、マキタがニタニタしながらイシカワの肩を叩き「青年よ、まあ、頑張りな」と言って立ち去った。

 それからキタヤマ隊長がニタニタしながらやって来た。こんなにニタニタした表情はした彼を見るのは初めてだった。「おい、武器と装備を渡せ。俺が武器庫に持っていってやる。彼女を家まで送っていけ。まあ、フラレないようにがんばれよ!」と言って銃と装備一式をキタヤマ隊長に渡した。「まあ、俺から言えることはあまりないが、ガツガツするなよ。てことくらいかな」そう言ってイシカワの装備一式を持って武器庫に向かった。

 キリシマがみんなにバラしたのか、多分そうに違いない。軍用トラックに乗っていた奴らがイシカワのもとにやって来た。カトウが「イシカワさん、頑張って!」ギバもニタニタしながら「よ!色男。がんばりな」、シミズはポケットからコンドームを出してイシカワにあげた「ちゃんとコンドーム使いなよ。それと、アレをヤる時にもっと気持ちよくなるクスリがあるから興味があったら俺に相談しな」とみんなフザケた何の役にもたたない、ありがたいアドバイスを隊の全員から言われた。アズサに聞かれたらどうするんだよと内心ヒヤヒヤしていた。それにしてもなぜ、シミズがコンドームを持ち歩いているのかが不思議でならなかった。そんなにモテる男には見えないからだ。

 帰り道、アズサを送った。両親は自分の娘が生きていた事をとても喜んだ。イシカワはそれを見て、前のセラピーの時に精神科のクボタさんが言ったことをおもいだした。アナタが救った人のほうが多いからそちらに目を向けなさい。その言葉のお陰か少し気分が楽になった。初恋の相手がこの壊れた世界で両親と再会させることが出来たからだ。

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