14章 違う半島へ  

 12月に突入した。陽気はかつての8月の時と変わらず蒸し暑い。原水爆の時から季節が止まってしまったように暑い。いつもの12月なら上ヶ丈山の木々の葉っぱが枯れて茶色くなっていたが相変わらず山肌は緑色をしていた。今でもゲリラ豪雨が襲った村を襲ったが村民たちは気にしなくなっていた。まるで12月が昔から蒸し暑かったと勘違いするくらいにだった。


 それは、5日間の予定で静岡の伊豆半島へ遠征した時の事だった。

 村議会での事。静岡県の伊豆半島下田市と千葉県の館山市なら生存者グループがいるかも知れない。クリハタ率いる科学技術省が地図をから推測して原水爆の影響少ないのは静岡の伊豆半島の下田市と千葉の房総半島の先端の館山市だからだ。しかも、両方共、山間に囲まれていて上ヶ丈村と条件が同じだ。推測するに、日本の主要都市、東京、大阪、名古屋、仙台、福岡、札幌、は完璧に水爆或いは原爆で消滅状態にあると思われる。しかし、下田市と館山市は大丈夫なのではという案が飛び出した「でも、静岡には自衛隊の基地があるから核攻撃を受けている可能性はありますよ」とキタヤマ隊長。彼のいう通りだ。もし、基地が無事だったら無線連絡に応答するはずだ。しかも何度も無線で下田市と館山市に呼びかけても応答が無かった。でも、生存者がいる可能性もあるし、もしかすると、ここより放射線量が少ない可能性だってある。しかし、ガイガーカウンターが無いのにどうやって放射線量を図るのか疑問だとイシカワは話を聞いていて思った。

「みなさん!いいですか!伊豆半島と房総半島に遠征部隊送りましょう。もしかしたら生存者が沢山いるかもしれません。それに放射線量もここより低ければ移住出来るかもしれません。それに物資があるかもしれません。行くしかないと思いませんか?皆さん!」とヨシダ議員がいうと、いつも道理の村民の殆どが拍手喝采のオンパレードだった。

 また、出しゃばりやがって、遠征するのは俺たちだぞと心なかでイシカワは愚痴った。また違う「略奪者」グループと戦闘になったらどうしてくれるんだと。

 伊豆半島の方は下田市にキタヤマ遠征部隊が行くことになった。千葉に行くには爆心地である東京を通らなければ行けないからだ。まだ爆心地では放射線量が高い可能性があった。それに房総半島まで船で行ったほうがはるかに早い。米軍基地で発見した河川哨戒艇を1船使って沿岸警備隊の警備兵7人が乗り込み館山市へ向かうことになった。


 今回、初めての県外への遠征とあって、久しぶりに出発する前に朝5時だというのにセレモニーが行われた。キシベの演説から始まった。最近彼の演説は短くてありがたいお言葉だがどこか歯切れの悪く時折何を言っているのか全く分からない事もあった。そのかわりに、今ではみんなの人気者のヨシダの演説は短くシンプルで人を引きつける物があった。勇ましい言葉を並べているようにしかイシカワは思わなかった。

 キタヤマ部隊にササキの代わりに新しい隊員が入って来た。キリシマという16歳の少年みたいな顔をした背の高い青年だった。近眼用の分厚レンズがプラスチックの黒縁のメガネのフレームからを少し飛び出ていた。メガネのツルに任務中に外れないようにヒモがついていた。キリシマはよく喋った。口から先に生まれたような奴の見本のようだった。まるでクリス・タッカーやロビン・ウィリアムズのように喋りまくった。もしかするとこの異常な世界で平静を保つために喋りまくっているのかもしれない。

 彼は水爆投下時にたまたま東京の吉祥寺のアパートから実家の上ヶ丈村に遊びに来ていて難を逃れた。彼がササキの代わりに選ばれた理由は射撃のスキルだった。彼はかなり近眼にも関わらずアサルトライフルを構えれば最高射程の400メートル先の標的に簡単に着弾させることが出来た。なので、彼にはHK416や20式アサルトライフルより射程の長いHK417バトルライフルを使わせる事にした。なのでキリシマは警備兵をしてる時は上ヶ丈山の頂上にある見張り小屋からHK417バトルライフルで略奪者が来ないかを監視する役だった。

 ササキの代わりになるかは怪しい所だが射撃が上手な奴がいると隊のみんなは安心した。隊で射撃が上手なのはギバとマキタとキタヤマとカトウだ。それにもうひとり射撃は上手な奴が加われば、戦闘の際にどうにかなるだろうとイシカワ少し安心した。


 国道134号線をハマー軍用車両1台と軍用トラックで走った。134号線の道路は湘南の相模湾を縁取るように続いていた。当初予想していた廃車となった車が道を塞いで通れないのではないかと予想されていた。というのも核攻撃の際には土曜日だった。土曜日は134号線はいつも渋滞するからだ。しかし、違った。殆どの車は爆風に吹き飛ばされて、国道の隣の砂浜へと転がり横転していた。そして、相模湾に目をやると大量のあの黒い物。恐らく死体が浮いていた。半年も経つのに死体が浮いている。魚の餌にもならないのか、それとも相模湾の魚も熱や放射能で死んだのか。イシカワを含めて全員がその光景に慣れていた。もう、どんな死体を見ても驚かなかった。

 遠征で茅ヶ崎の駅周辺より先には行った事が無かった。なのでどんな状態なのか検討がつかなかった。

 最初の難所は、相模川を越える為に建設された湘南大橋だった。この橋は茅ヶ崎と平塚を結んでいる。この橋が吹き飛び通れなかったら帰る予定だった。イシカワ内心吹き飛んでいればいいのにと思った。

 しかし、湘南大橋は殆ど無傷の状態だった為、念には念をいれてゆっくりと走った。平塚はというと茅ヶ崎同様に焼け野原だった。生存者がいるかもしれないが、最優先事項の伊豆半島へと向かった。生存者は帰りに見つければいい。

 平塚を越えて、大磯、二宮、小田原、湯河原を走った。どこも炭化した瓦礫ばかりだった。そして静岡県へ。熱海に入るとそこも瓦礫の山だったがキタヤマ隊長はあることに気づいた。瓦礫の倒れ方の方向が違うというのだ。

 確かにそうだ。今まで爆心地である東京から、円形状に沿ってビルや建物の瓦礫が飛散した跡があるのだが、熱海はその逆の方角で建物崩壊したり瓦礫が飛散していた。キタヤマ隊長が行っていたように恐らく名古屋の他にも静岡にも核攻撃が行われたのかもしれない。

 熱海で軽く休憩がてら散策したが、木々は真っ黒で炭化し、炭化した死体も沢山あった。

「去年、彼女と熱海旅行したんですよ。あの時とは違って見る影もない」あんなにハマー軍用車両内で喋りまくって、普段は怒らないマキタまで怒らせてもなお喋り続けたキリシマが急に悲しそうに呟いた。キリシマには熱海で恋人と過ごした良い思い出があったのだろう。それが見る影もない瓦礫の山になったのを見て色々と悲しくなったに違いない。イシカワは何もすることも出来なかったので彼にマリファナを一本あげた。


 国道135線を通って伊豆市を通過。国道は134号線と同じく車が吹き飛び砂浜の方へ吹き飛び砂浜に転がっていた。所々に焦げた木の破片が有ったがハマー軍用車両で全て吹き飛ばせる程度の些細な障害物だった。

 上ヶ丈村を出発してから6時間。やっと、予想より早くついた。障害物と格闘しながら3日はかかるのではないかと推測していたが昼の12時に着くとは誰も思っていなかった。

 下田市の中心地についた。科学技術省の言った通りと上ヶ丈村のようなキレイな町並みとは違ったが、他の町や村に比べるとだいぶマシだった。なにせ、瓦礫があっても焼け焦げた痕跡は無かった。ここなら生存者もいて食料もあるはずだとイシカワは思った。


 下田市の中心地である新下田駅で防護服を着て外に出た。

キタヤマ隊長は右手に拡声器を持っていた。「いいか、これから生存者を呼ぶために拡声器を使う。みんなライフルを肩にかけて、相手が撃ってくるまで撃つなよ。わかったな?」

 皆がうなずいた。

 キタヤマ隊長はマキタに拡声器を渡した。女性の方が相手も警戒しただろうと思ったからだ。

「生存者の皆さん。いらっしゃいますか?私達は神奈川県の三浦半島の上ヶ丈山村というところから来たものです。皆様を救助しに来ました。警戒されるのはもちろん分かっています。しかし、こちらには食料と安全な住居があります。もし、よろしければ出てきてもらえないでしょうか」

 拡声器の声が町中に響き渡るだけで何の返事も無かった。みんな警戒しているのか或いはここは生存者たちは船で海外に脱出したのか。分からなかった。

 何となく海を見ると、死体も瓦礫も浮いていない。と言うことは誰かが定期的に片付けているということだ。やはり、警戒して出てこないということか。

 それは10回目のマキタさんの呼びかけの時にイシカワはあることに気づいた。瓦礫の中に光るものを見つけた。それは矢の先っぽだった。

 すると瓦礫や建物から弓矢を持った30人の老若男女が一斉に出てきた。

 ヤバイと思ったらしくキリシマがHK417バトルライフルのグリップを握ろうとしたのをキタヤマ隊長が彼の腕を掴んで止めさせた。

 弓矢を持ったグループはみんなイシカワ達を狙っているが攻撃してこない。

 すると北の方にある20メートル先にある半壊したセブンイレブンからとても小柄な上はジャネール・モネイのTシャツにブラックジーンズでドクターマーチンのブーツを履いた、女子大生のような若い女性が水平二連式のショットガンを構えて銃口をこちらに向けてゆっくりと向かってくる。部隊内に緊張感が走る。

 若い女性が10メートルへと近づいた時、彼女は銃口を下に向けた。するとマキタの方に近づいてきた。「ここの隊長は誰ですか?」と聞くと「私です。私キタヤマという者です」と答えると、若い女性は微笑みながら「こんにちわ。私はカネコといいます」というと。弓を持ったグループに「この人達は多分大丈夫」と大きな声でいうと、みんな弓の弦を緩めて弓を下の方向へと向けた。

「あなた達ね。無線で連絡してきている人たちは」とカネコはいった。

 カネコの話では略奪者達からの無線だと思ったらしい。無線に応えたら襲いに来るのではないかと考え応答しなかったといってた。

「ここの生存者はどのくらいいるんですか?」とキタヤマ隊長。

「そうですね。400人くらいです。最初もっといたんですよ。1000人くらい。でも途中で被爆で死んだ者。漁船で海外を目指した者。それでから、内戦で死んだ者もいました」

内戦だって?カネコの話によると、町は二分したらしい。市長と町の実力者とで小競り合いが始まり、最初は些細な出来事で食料の配給の件で揉めたのをキッカケに殺し合いになったとか。それで今いる人達はそれに参加しなかった人や、その殺し合いに参加したが途中で諦め隠れた人たちだという。

「どうやって、その内戦を止めたんですか?」とキタヤマ隊長が聞いた。

「私が、狙撃用のライフルで村長と町の実力者を殺したんです」と笑いながら言った。

 内戦が2週間続いたある日まず村長を、狙撃銃で撃ち殺してその次の日に町の実力者を撃ち殺したらしい。

「わたし、こう見えてもクレー射撃が趣味で。でも、内戦を止めるにはこの方法しか無いと思ってしょうがなく殺したんです」と笑いながらいうのでイシカワは少し怖くなった。もしかすると笑いながら言うことで精神の均等を保っているのかもしてない。

「それで、カネコさん。アナタがリーダーになったのですか?」

「いいえ、ここにはリーダーなどいません。ただの共同体です。ここではアレなので、会議室がありますので隊の皆さんとそこに話しましょう」

「わかりました。おい、みんな銃を車に入れろ」

「いえ、結構です。銃はそのままで。あなた達も怖いはずですし。あなた達を信用しています。それに、みんながアサルトライフル持っていてもこっちは200人が弓矢を持っていますから」と微笑みながらカネコは言った。


 会議室はあの半壊したコンビニだった。中に入ると棚は全部撤去されていて、長い長方形の机とパイプ椅子が並んでいた。

 イシカワ含めみんな座ると、カネコがヤカンから緑茶をだして振る舞ってくれた。

「大丈夫ですよ。毒は入っていませんから。まあ、汚染されている可能性はありますけど」と言ってヤカンに入っている緑茶をコップに入れその場で飲んだ。

 イシカワも飲んだ。緑茶は久しぶりだった事もあり美味しかった。

 カネコ曰く、この町のインフラは揃っているとのこと、みんなに弓矢の使い方をレクチャーして略奪者達から町を守り、医者もいるし、水道も電気もガスもあるとの事。それに作物もあるし、漁港なので魚が取れるので食料がある。もちろん放射能によって汚染されている可能性があるが。

「ここに略奪者達は来ないのですか?」

「今の所は来ていません。たまに生存者の方が入植してきますがね。たいていは伊豆か熱海から。遠い所だと小田原から来た人もいます」

「町に遠征はしないですか?」

「しますよ。でも、あなた達みたいに車が無いので自転車で行きますけどね」

「自分の知る限り自衛隊の基地が静岡には複数あると記憶しています。救助は無かったんですか?」

「無かったです。多分核攻撃されたのではと思います」

 カネコさんの話によると、大阪方面、名古屋方面、静岡方面、長野方面、東京方面から大きなキノコ雲が見えたという報告があったらしい。特に静岡のは小規模の物だったため、静岡のは原爆だったので、他のは水爆だったのではないかと高校の化学教師が言っていたそうだ。

「この町の皆さんを上ヶ丈村に移住させることも出来ますがどうしますか?」

「申し出ありがとうございます。少なくてもわたくしは結構です。一応ここの住民に上ヶ丈山村に移住したい者がいるか聞いてみます」

「わかりました」

「それと、キタヤマ隊長や部隊員の方々にこれだけは守ってほしいことがあるので聞いてくれますか?」

「はい、どうぞ」

「絶対に上ヶ丈山村に着いた時に下田市が消滅したと言ってください。これだけは絶対に守ってください」

「なぜですか?」

「あなた達の遠征部隊は信用できますが、あなた達の政府、いや村の政治家や権力者がいると思います。その方々が信用できません。もし、政治家や権力者が、ここの存在を知って攻めてきたら太刀打ち出来ません。アサルトライフルを持った200人兵士が襲いかかってきたら勝ち目がありません。もう、政治家や権力者に生活を振り回されるのはわたくし達はゴメンです」

「わかりました。約束します」

 彼女が言っている事は正しい。むしろ、ここに移住したいくらいだとイシカワは思った。今、村は緊張状態にある。いつそれが爆発するかと思うと怖くなる。この町がかつて経験したように内戦状態にも成りかねないと。

 会議が終わると、拡声器でキタヤマ隊長とカネコが上ヶ丈村の事を伝えて、志願者には村の移住できると話した。相当内戦がキツかったのだろう。政治家にと権力者に振り回されるのはもうゴメンだと言わんばかりに誰も手をあげなかった。それに放射線量も上ヶ丈村の方がヤバイかもしれないと思っての事なのかもしれない。

 最後は下田市の住民が見送る形で町を出た。そのときにはみんな弓矢を持っていなかった。お土産までもらった。伊勢海老だ。もちろん1日分。なぜなら下田市は消滅した事になっているからだ。それにしてもデカイ伊勢海老だ。イシカワは食べるのが楽しみだった。

 その日の夜は熱海で過ごした。温泉がまだ出ている所があったので温泉に入った。久しぶりの温泉でみんなリラックスした。それから伊勢海老を食べた。汚染されているかもしれないが仕方ない。もう、とっくにこの部隊の全員が放射能被爆しているに違いないと考えていたからだ。後は、出来るだけ美味いもの食べて楽しい事をして死のう。少なくてもイシカワそう思っていた。

「これから、どうしますか?あんまり早く帰ると怪しまれるし」とキリシマ。

「そうだな。下田市も核攻撃を受けていて生存者無しという事にしよう」とキタヤマ隊長

「そう言えば一応、小田原、二宮、大磯、平塚は探索していなかったから、この際だから探索して、生存者と物資の調達をて帰りましょうよ」とマキタが言うのでそうする事にした。アリバイづくりが必要だ。

「しかし、平和そうな町でしたね。今の上ヶ丈村の殺伐とした感じとは真逆でしたよ」とカトウが言った。

「何言ってるんだ。あの町には酷い内戦があったんだぞ。みんな笑ってくれてはいたが、みんな悲しい目をしていたぞ。また繰り返すかもしれないしな」とシミズ。「上ヶ丈村でも起きますかね内戦とか」とイシカワは呟いた。

「時々思うんだ。俺が、あんな提案を武装しようなんて提案したから村が少し変になり始めたんじゃないかとな」とキタヤマ隊長が言うのでみんなで、違いますよと言った。もし、武器を持っていなかったら生存者を助けられなかったに違いないし、略奪者達にヤラれていたかもしれないと語った。

「そうだといいけどな」とキタヤマ隊長がつぶやいた。そこで話は終わった。


 次の日、小田原を探索した。小田原駅だった所がやはり丸焦げの瓦礫の山だった。キタヤマ隊長が拡声器を使い生存者はいないかと呼びかけたが特に応答は無かった。

 小田原のアウトレットモールを偵察してみると、建物はどうにか形状を保っていたが、中にある商品は殆どが持ち去られた形跡があった。恐らく生存者が持っていったのだろう。部隊も幾つか商品を拝借してその場を後にした。途中国道134号線沿いの漁港と思われる所に真っ黒に焼けただれているが、原型を留めた大きな倉庫があった。もしかすると、生存者か何か物資が有るかもしれない。小さな扉があったのでいつもの要領でで扉を叩いた。3分しても何の反応が無かったのでドアノブをひねると鍵がかかってなかった。簡単に開いた。中には大きな漁船があった。それは、上ヶ丈村では見たことが無いくらい大きな物だた。アキモトの家が持っている漁船の5倍以上の大きさの船が2隻あった。

 イシカワは最近アキモトに船の操縦方法を教えてもらったのでキタヤマ隊長動かしてみていいですか?と聞くと「動かせるものならな」と笑いながら言われた。

 イシカワはハシゴを登って船内にはいると、操縦室に入りざっと中を見た。アキモトの漁船とは違い色ん機器があり動かせるか分からなかった。外からはギバが「おい、お前操縦出来るんじゃないのか?」とヤジを飛ばしてきたのでイラッとして、レバーとハンドルを動かすと大きな音を立ててエンジンが動きスクリュウが回った。「ほら、動かせるでしょ!」と自慢げにイシカワはギバに向かって言った。エンジンを停めて、ハシゴを降りた。

「隊長、これどうします?」と聞くと、「こんなの大き船、トラックで持ち運べないし、それにお前はエンジンを動かせるだけだろ?どうやって上ヶ丈村まで行くつもりだ?」

 確かにそうだ。倉庫内を見回すと大量のドラム缶が山積みになっていた。多分燃料が入っているのだろう。「この燃料どうします?」とキリシマが聞くと「こんなの全部運べるわけないだろう。それに、これはそのうち使えるかもしれない。いくつか持って帰って、後はそのままにしておこう」そのうち使えるとはどうゆう意味だろう?とイシカワは思ったがスグにドラム缶を運ぶよう命令されたのでそれどころではなかった。ドラム缶は信じられないほど重たかった。それに防護服のせいで熱くて汗の臭いが酷く気持ち悪くなり吐きそうだった。漁猟用の道具一式。オキアミとドラム缶に入った燃料を5つを軍用トラックの荷台に運んだ。

 それから二宮、大磯にも生存者に拡声器で呼びかけたが皆死んでいるか或いは警戒して出てこなかった。そのあと平塚に行き、半壊したデパート跡地を散策中に生存者を発見した。男子高校生4人グループでこのデパートでバイトをしている時に原水爆に遭遇。そしてたまたま地下の倉庫で仕事をしていて助かった。最初は、平塚にも500人ほどの生存者がいたが、何処かへ消えた者や、被爆し亡くなった者や、自殺した者、殺し合った者もいたらしい。彼らに上ヶ丈村へ来るかと隊長が言うと「喜んで」と答えた。ここ数ヶ月は4人としか話していなかったらしくとても楽しそうにキタヤマ隊長の言葉を聞いていた。それに、保存食をあげると涙を流しながらそれを食べていた。

 それから再び茅ヶ崎と藤沢を偵察したが、生存者おろか生存者が居た形跡すら無かった。とっくに日が沈みかけていたので帰ることにした。

「絶対に下田市の事を聞かれても全滅したと答えろよ」と言うと隊の皆がうなずいた。

 帰り道、外は真っ暗だ。光るモノと言えばハマー軍用車両と軍用トラックが放つヘッドライトと夜空の星と月だけだった。

 イシカワは先頭のハマー軍用車両の後部座席で寝ていた。今回の運転手はマキタだ。逗子方面を走っている時「止まれ!」とでかい声でキタヤマ隊長が言ったのでビックリして目を覚ました。ハマー軍用車両のヘッドライトの先に恐らく女性がいる。自転車から降りてこちら側を見ている。生存者だ。

 みんな防護服を着て、車外に出る。マキタが先頭に立ちゆっくりと女性に近づく。あの略奪者グループの一件以来、細心の注意を払って近づく事にしている。

 イシカワはHK416アサルトライフルのグリップを握り、銃口を下に向けて車のドアの所で待機する。

「わたく、上ヶ丈山村から来たものです。警戒されるのも無理はありませんがアナタに危害を加えるつもりはありません」とマキタが言うと「上ヶ丈山村ですって!」と女性の声が聞こえた。聞覚えのある声だった。誰かの声に似ているとイシカワが思った。いったい誰の声だっただろうと思いだそうとするが思い出せない。

「わたし、上ヶ丈山村に実家があるキムラ・アズサといいます」

 イシカワは驚いた。キムラ・アズサ。イシカワの初恋の相手だ。

「アズサさんですか?僕です。イシカワです。イシカワ・ツバサです」と言って彼女に近づいた。

 アズサはフェイスシールド越しにイシカワだと確認すると急に抱きしめてきた。びっくりした。「よかった。イシカワくん生きてたのね」

 彼女は所々破れたライダースに汚れたジーンズを着ていて、ナイキのエアマックス90も穴が空いてボロボロだったが、彼女自体はとても元気そうだった。

 イシカワは、まさか生きているとは思わなかったので嬉しくて泣きそうになった。


 入植者5人。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る