4章 プロメテウスの火
あの日から2週間経った。自衛隊もアメリカ軍も国連も他の国籍の軍隊も救助に来ない。
住人たちは不安だった。無理もない。ある者は第三次世界大戦始まり、北朝鮮や中国やロシアが侵攻してくると言っている者もいた。それを聞いてイシカワは不安になった。リーが攻撃対象になるのではないかと。なのでリーが外に出る時はイシカワは、ご信用にスイスアーミーナイフを持ち常に持ち歩き、クリハタとアキモトにも協力してもらってリーに危険が及ばないように守っていた。
リーにはこの事を知らせていない。なぜなら不安になるに違いないからだ。ただでさえ核攻撃で動揺しているのに、自分が攻撃対象になりうるなんて言ったら精神的にも体調的にも不調が出るかも知れないからだ。
でも、今の状態なら北朝鮮でも中国でもロシアでも侵攻してきたほうが良いという者もいた。白旗あげて降参したら食料くらいはもらえるだろうと。
確かにそうかも知れないとイシカワは思った。多少村民に危害が加えられるかもしれないが、しばらくは汚染されたの作物を食らい生き延びられるが、その後、汚染された土地で農作物や海産物が取れるだろうか?そのうち村が内戦状態になるのではないかと不安になった。
イシカワ、アキモト、クリハタは週3回月曜日、水曜日、金曜日に行われる無駄にデカイ公民館を使い村民会議が行われた。壇上には10人の議員。6人の警官、医者2人、村長キシベ。
会場の一番後ろに他のパイプ椅子より椅子2つ分開けて7席ある。その中央に偉そうに座っている70代のトム・フォードのスーツを着た男はマツモトという男で、通称総長と呼ばれていて噂ではこの小さい町で村長や警官より権力を持っているとか。マツモトは複数の会社を所有しているとか。
周りに座っている連中は総長の子分達で「総長と愉快な仲間たち」と影で村民たちは呼んでいた。彼らには悪い噂がへばり付いていた。例えば外国人技能実習生の女性に対して性的な嫌がらせをする者や、大学から来た農業実習生にセクハラ、いや言葉が軽すぎる、レイプ紛いな事をするとか、いろいろ問題行動を起こしている連中だ。噂によればこの総長、日本のフィクサーの一人で神奈川県の警察、政治家、大企業の社長。右翼の大物、マスコミ関係者、それに官僚、総理大臣までパイプを持っているという噂がある。もし、その話が本当なら、なんでそんな奴がこんな村に住んでいるのか不思議で仕方なかった。それに総長の家はかなり大きかった。村一番の大豪邸だ。しかも、門の前に黒いスーツを着た男が24時間立って見張っていた。ヤクザ説や右翼の大物説まであった。噂の真相は分からないがいつも総長と愉快な仲間たち7人組はいつも偉そうな態度をしているのでイシカワは彼らを好かなかった。
まず村長のキシベの、ツマラナイ、為にならない、精神論で構成されたクソでシバマラでファックな素晴らしいスピーチから始まる。しかも長い。その間イシカワを含め多くの住民が眠気と戦いながら聞かなくてはならない。眠れない人や不眠症に悩んでいる人にキシベの演説を録音したデータを配ればいいのにと思うほどだった。
イシカワはこの村長が昔から嫌いだった。コイツに票を入れたことなどない。と言っても村長選にいつも候補者が2人なのでいつもコイツが選ばれる。
キシベの家計は3代に渡り村長をしていた。イシカワの祖父の話によると初代キシベ村長は素晴らしい人だったらしい弱者にも優しく、それは精力的に村のために働いていたらしい。今の孫にあたる3代目キシベ村長は見事に血筋や遺伝子が人格に影響を与えないかの見本のような村長だった。なんどもパワハラ、セクハラを訴える秘書が止めては新しく秘書になった女性がまた同じ目に合う、なにせお友達が多いらしく何度も当選している。クソでシバマラでファック野郎だ。
素晴らしき村長様の有り難いお言葉がようやく終わり本題に入った。
医者の老人の方はタチカワ、若い女性の方はスズキ。
まず、話は医療設備についてから始まった。MRIスキャンとCTスキャン壊れて使えない。だがレントゲン機器は古くてアナログな構造だった為か使えるとのことだ。
村民の健康被害について述べた。放射能の影響と思われる住民が10人以上。髪が抜ける者、嘔吐を繰り返すもの、それは年齢性別関係なく襲いかかった。そして20代の男性、タカハシが恐らく放射能の被爆によって死んだと発表があった。
タカハシは特別親しかった訳ではないが、子供の頃、何度か一緒に野球をやった仲だったのでイシカワはショックだった。
そして場内でタカハシに対して1分の黙祷を捧げた。
それと、放射能のとの因果関係が分からないが体調不良を起こしている者が300人。無理もない。あんな死体を大量に見たのだ。いつ精神的に壊れても仕方がない。それに、自分だって今はどうにか精神状態を維持しているが、いつ発狂するかわからないし、被爆してる可能性のほうが多い。今は元気でもいつ身体がおかしくなっても不思議ではない。
クリハタが壇上に立った。今日の重要な議題の1つだ。
クリハタはバイオ燃料について話し始めた。バイオ燃料とは、「バイオエタノール燃料」の事で、主に、ジャガイモ、サツマイモ、トウモロコシ、などの作物を発酵し蒸留して燃料を作るらしい。これができれば、応用し発電機が動き、温室で野菜が育てられるし、明かりも点けられる。ゆくゆくは車だって動かせるとのことだった。
自家発電機の所有率が多いこの村では灯油不足が深刻化している。2つあるガソリンスタンドのガソリンもそろそろ底を付きそうな粋酔で毎日長蛇の列だ。
クリハタはその提案に加え、安定ヨウ素剤を開発することが出来れば放射線の被爆を阻止、低減出来ると言った。なので安定ヨウ素剤の製造に力を入れると報告した。彼の話を聞いた村民たちは、希望を見出し彼に向かって拍手した。
このまま村民会議が終われば良かった。あるいは順番を間違えた。
次に壇上に上がったのはイシカワのオヤジとアキモトの父が険しい顔して椅子に座った。無線の事だ。5日前に部品をアノ手この手を使い無事に無線機を修復した。2人はあらゆる周波数を使い呼びかけたが電磁波の影響なのか、無線が完璧に治っていないのか、アンテナが壊れているのかナカナカ使えなかったようだ。
だが、マイクを握りしめ呼びかけを1時間ほどしたある時、応答があった。
それは北海道の稚内に住む男だった。彼曰く、少なくてもきのこ雲を2つ見たそうだ。彼の住む稚内も同様、人がどんどん倒れていくらしい。
次は、無線に繋がったのは三重の志摩市の老人。彼の街はひどい有様で彼は山の人気のない麓で住んでいたため助かったとか。しかし食料がそこを尽きかけている。との事。
次に九州は鹿児島の青年。彼曰く、彼の住む村は比較的被害が少ないが、物資が少なく略奪が起きているそうだと。
国内で無線が繋がったのはこの3名だけだった。
村民は思った。日本政府は完璧に消滅したのだと。だから自衛隊が来ないのだと
次に日本を飛び越え世界へと話が移った。
最初に国外で繋がったのは、韓国のソウルだった。ソウルは昔から核シェルターが多かった事もあり比較的に生存者が残っているそうだ。彼曰く、軍隊も政府も消滅したに等しいと言っていた。ソウルは火の海になり、プサンも同様らしい。食料はシェルター内に沢山あるが時間の問題だろうと言っていた。それから、この核戦争の原因は、北朝鮮か中国かロシアがアメリカに核攻撃した説が出回っているらしい。北朝鮮が攻めてくる様子はないか?と聞くと、恐らく北朝鮮も核攻撃を受けていて軍隊を送る余裕もないだろうとの事だった。
それから、台湾のカオシャンに住む青年曰く、タイペイに核爆弾或いは水爆が落とされたらしい。台湾国内は火の海とかし、生存者も少ないとか。日本から救助を頼むと言われたが、日本の政府は恐らく消滅したというとマイク越しで泣いていたらしい。
中国のナンネイ市在住の少女の話によれば、中国も例外なく核攻撃を受けたらしく、あらゆる所からキノコ雲を立ち昇るを目撃したらしい。少女曰く、今は大丈夫だけど、放射能のせいかみんな倒れ始めているとか。人民解放軍も助けに来ないしアメリカ軍も侵攻してこない。いったいどうなってるの?と泣きながら言っていた
ロシアのオッソラ市在住の男曰く、ロシアも恐らく水爆や原爆による攻撃を複数受けて、政府も軍も壊滅状態。彼は泣きながら答えたそうだ。
カナダのケベック州在住、男もやはりカナダも複数の核攻撃を受けたらしい。彼曰く、カナダも他の国同様、軍の救助もないし、村は大混乱らしい。他のカナダの州で無線で連絡するとどこも同じらしい。日本の現状を聞かれたので話すと「やはり世界は終わるのか」とつぶやいたとか。
アメリカ、シアトル在住女性。彼女曰く50州全てに3発は核攻撃を受けたらしい。生存者は多数いるようだが、中央政府は崩壊。軍隊の基地もミサイルで標的に遭い戦争すら出来ないらしい。彼女の話によると、アメリカ同様イギリス、フランス、ドイツ、やヨーロッパ諸国と中東諸国は政府が全滅したらしい。
イシカワのオヤジとアキモトの父が結果を報告すると、会場は暗い雰囲気になった。世界が終わる。しかも、核攻撃で生き残った村民たちはジワジワと放射能に蝕まれて死んでいくんだと。敵国でも良いから攻めて来てくれればまだ助かったかも知れないという希望すら無くなった。しばらく、永遠とも思えるくらいの沈黙が続いた。
「発言してよろしい出ようか」沈黙を破ったのは50代の中年の男だった。彼は壇上に行き、壇上に立つと張り上げるような声ではなく大きな声で言った。
「私の名前はキタヤマ・セイイチ。現在は村の北側で材木加工の仕事をしています。私は元陸自衛隊のレンジャー部隊にいた者です。そこで皆様に提案があります。横須賀には米軍基地と自衛隊基地があります。そこの倉庫には非常食や水にガソリンや灯油が沢山在るはずです」
彼が言うには、軍事施設の倉庫は頑丈に作られている。核攻撃でも耐えられるかもしれない。というのだ。それに、食料は沢山あると言う。しかも、横須賀に行く途中に自衛隊の駐屯地が幾つもあるから、そこの倉庫に眠る保存食をかき集めると当分は生きていけるはずだというのだ。
確かに、ここの殆どが農家や漁師だから自給自足出来るが、あの黒い雨を浴びだ作物は多い。汚染されてはいないか?最悪汚染されていようと食べなくちゃいけないが。とりあえず、保存食に頼って、また栽培すれば少しは放射能線量が低い作物ができるかも知れない。その場しのぎでしかないが、その場しのぎ出来ないよりはましだ。
「でも、どうやって横須賀まで行くんだ?それに、食料を見つけた所でどうやって運ぶんだ?」と在る村民が言った。
「恐らくですが、自衛隊或いは米軍のトラックや車両はは核攻撃に備えてデジタル制御ではない設計になっているはずです。それに、一番近い自衛隊のマヤケ駐屯地まで20キロくらいです。単純に考えて自転車で2時間あればつきます。そこで提案です。村の自転車屋にはマウンテンバイクが沢山あります。マウンテンバイクなら悪路でも耐えられるかと思います。そこで自衛隊の駐屯地でトラックを拝借し、米軍基地まで行けば沢山の食料を確保出来ます」
イシカワも含めて確かにと思った。この村で栽培されている食料は恐らく汚染されている。でも、自衛隊や米軍の基地の倉庫なら保存食が残っているはずだ。
「漁船で行けばいいのでは?」とある者が叫んだ。
「皆さん、海を見てください。死体だらけです。もう2週間経つのに数え切れないほど毎日漁港に死体が流れ着きます。海には相当数の遺体が浮いていると考えられます。それに瓦礫もです。モーターが遺体に絡まって進めない可能性があります」
確かにそうだ。2週間経つというのに湾に流れ着く死体の数はいくら片付けても流れ着いて来る。
「いったい誰が行くんだ?それに行くとして何人必要なんだ?」とある者が言った。
「そうですね。16人いれば充分でしょう。それと、ここからは誰が行くかに関しては、皆様で議論したほうが良いと思います」
キタヤマの言うと通りだ。そして村長、議員、村民で議論を始めた。
議論の結果。
1、20歳以上。
2、18歳以下の子供がいる父母は免除。
3、怪我人は免除。
4、性別は関係なく。
5、車を運転できる者、しかもマニュアルが運転できる者。
6、警察官が2人。(残り4人は治安維持のため)
7、志願する者。
8、医者、教師、議員は免除。
9、志願者が定員の16名に達しなかった場合はくじ引きで決める事。
ディスカッションの末こうゆう結論に至った。
イシカワは嫌な予感がした。この7番目以外に当てはまるからだ。キタヤマが1人、警官が2名、後13名ではないか?やばいぞ。それに、子供や、小さな子供がいる親と医者と教師は免除は分かるが、議員が免除とはどうゆうことだ?議員なんてこの政府が消滅した今に必要ないではないか。この事を言い始めたのはヨシダという議員だ。イシカワはコイツの事が大嫌いだった。
ヨシダは元弁護士でここの出身だ。しかも金持ちだ。いや、金持ちだったが正解だ。彼の親は昔村の中の林業の会社では一番売上の大きな会社だった。しかし、林業の需要が中国やブラジルに取られて林業の国内需要を少なくなると、会社が大きかった分よけいに利益がなくなていって会社が倒産したのだ。なぜ東京で弁護士をしていた奴がワザワザ、村に帰ってきて、しかも両親の会社が潰れたにも関わらず、この村の村議会議員になったのかはイシカワには謎だった。それに彼はいつも自慢げにポルシェの最新モデルの車を乗り回していた。あのポルシェも今ではただの鉄くずになったと思うといい気味だと。
イシカワの母はヨシダの事を好いていて投票の時には彼に入れていた。母曰く「話はわかりやすいし、東大を出て頭がいいし、元弁護士だし、若いし、カッコいいから」やはり弁護士の経験で培った話術で議員が免除に持っていった。全くなんて奴だ。本当にヨシダが嫌いになった。
「俺、ヤルぜ!」と威勢よく言ったのは村唯一の猟師、ギバだ。年は40代背は小柄で160センチあるかないか。村では有名人で、害獣、特にイノシシが出ると村民たちは彼に頼むのだ。イシカワは彼とは直接的には面識が無かったが、何となくニヒルな印象を持っていた。
それから、手をあげたのはマキタという30代の女性だ。彼女は実家で農業を手伝いながらフリークライミングを趣味でやっている。半年に1回は世界中のクライミングの難所を登っていた。
志願者はそこでストップした。あと11人をくじ引きで決めることにした。
条件に当てはまるものは200人。もちろん、イシカワもクリハタもアキモトもリーも含まれている。どうか、自分は抽選から外れますようにと願った。
イシカワが腕時計を見た時もう日付が変わって深夜の1時になっていた。
今週の村民の死者数、1名。
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