1章 青白い光
それはコロナの特効薬が開発された事により世界がアフターコロナの時代を迎えて、数年後の事だった。
イシカワは、大学進学、プログラミング科に入学する為に上京するも、学業についていけなくなり映画館やライブに行ったりゲームばかりして講義サボりすぎて出席日数足りなくなり中退。その後、なんとか就職しシステムエンジニアをしていたが長時間労働と上司同僚からのパワハラと賃金の安さも加わって心が折れた。最初は眠れなくなり心療内科に行って抗うつ剤をバリバリと飲みながら仕事をしたが結局は挫折し、実家の戻ることにした。
両親は、「情けない奴だ」と直接イシカワには口には出さなかったが、母は近所の奥様達に、父は農協の飲み会でイシカワの事をバカにしていたようだ。苦労して大学に行かせて中退するし、就職するも2年もしないで退職するし、イシカワも言われても仕方ないと思っていた。しかし、どんなボンクラでも息子は息子。また一緒に暮らせることを、口には出さないが喜んでいるようにも見えた。両親はイシカワを受け入れることにした。
実家は、神奈川県と三浦半島の三浦市より先にある一番先端にある上ヶ丈山村にあった。上ヶ丈山村の事を知るものは少ない。隣の三浦市の住民ですら知らない人がいるくらいだ。この村の存在を知る三浦市の住民からは「三浦半島の盲腸」「自然が作った津波の防波堤」とも言われていた。神奈川県で唯一の村として知られていたが近隣の市の出身者ですら知る者が少ないので、イシカワは東京にいた時に村の説明をするのが面倒く「三浦市出身です」か「横須賀市出身です」と言っていた。
上ヶ丈山村は、面積は35km²。盆地で周囲を上ヶ丈山という山は標高700メートル。東北西を弧を描くようにで囲まれていた。上ヶ丈山は「山ではなく山脈だ」という者もいたが、イシカワには山と山脈の違いがよく分からなかったし興味が無かった。小学校の社会科の授業で先生が何やら言っていたが「大きな山だ」としか思っていなかったが、彼が思春期に突入した時には外部の世界と自分たちを隔離している壁のような象徴に見えていた。「ゲーム・オブ・スローンズ」に出てくる北側から野人達の侵入者を防ぐために作った大きな壁のを様に。もちろん、上ヶ丈山村民が野人の方だが。なので上ヶ丈山が嫌いになっていた。
村の外側は30度の斜面で木々が鬱蒼としている。内側も同じくだ。山肌は岩が時折顔を出していたが、それを隠すかのように鬱蒼としていてペンキで塗ったような原色の緑色の葉っぱでコーティングされている。陸の孤島とはまさにこの村の事だ。
上ヶ丈山の西側の斜面に国道用の二車線の上ヶ丈山トンネルが大きな口を開けていて、道は村の中心街を抜けて漁港へと繋がっていた。山の東側の斜面にもトンネルが大きな口を開いていて電車用の物だ。2つのレールが村の中央にある「上ヶ丈山村駅」へと繋がっていた。もちろん終着駅だ。
南に海があるが砂浜と言えるようなものも無く岩場で海水浴場としては使えない様な場所だった。たまに、釣り目的で来る観光客はいたが微々たるモノで2週間に1回、団体客がくればいいほうだった。海岸には漁業ように使う小さな港があった。漁獲量は微々たるものだった。観光客なんてほとんど来ないような村だった。キシベ村長の提案で観光目的に上ヶ丈山に頂上までのトレッキングコースが作られたが、その道を観光客が歩く所を見たことがなかった。
地場産業は農業、林業、漁業。人口は2500人程度。民家は600軒ほど。東京でいうと杉並区が34km²なので、杉並区より少し大きい。杉並区と同じ程の面積なので土地は沢山余っていた。殆どが田園かアクリル板の温室か畜産小屋。民家も東京に比べて大きかった。若者たちは高校を卒業すると就職や大学や専門学校に進学するために、横浜か川崎か東京へ出て行く者が多いこともあり、村の大半が老人か中年で、若者はというと親の小さな会社や農業や林業や漁業の跡取り、そして都会で痛い目に遭って心が折れて戻ってきたイシカワのような若者だけだった。
幼稚園、小学校、中学校が存在していた。1学年に2クラスで1クラスにつき20人。高校はこの村には無かった。高校に行くには電車で隣の市まで出なくてはいけないかったが。子供、18歳以下の数は600人近く。他の村に比べると子供の比率が多いらしい。友人の話しによれば「セックスくらいしか、この村の娯楽はないからな」と言っていて妙に納得がいった。
村の中央の上ヶ丈駅周辺には商店街。肉屋、魚屋、パン屋、八百屋、服屋(特に老人が行くような店)、クリーニング屋、スーパー、民宿が2家、喫茶店の「メトロポリス」、スナックの「響き」、薬局、獣医、居酒屋の「アカツキ」それに、ガソリンスタンドが2つに図書館に警察署に病院と歯医者に村役所。それに無駄にデカイ村民が全員入るほど大きな公民館と最低限のインフラは揃っていたが若者にとってはツマラナイ村だった。
なので若者は買い物行くときは電車か車で上ヶ丈山トンネルを通り、隣の三浦市か横須賀市か横浜か川崎か東京へ行った。
イシカワの実家は農業を手伝っていた。実家には、両親以外に外国人技能実習生で来ている中国人のリーと、ペットの動物保護団体から譲ってもらた中型の雑種犬の3代目ジョン、母の知り合いから譲ってもらったアメリカンショートヘアのネコで2代目キコがいた。イシカワ家では犬とネコに、前飼っていて死んだ犬猫の名前を継承する習慣があった。イシカワはそれを少し悪趣味な名前の付け方だと思っていた。実家は村の西側に国道沿いにある。大きな敷地でアクリル板でできた温室が7棟、それぞれキャベツ、大根、ほうれん草、枝豆、イチゴを栽培している。一番売れ行きがいいのは母親が作るいちごジャムだった。イシカワが作ったWebサイトで一番の売れ行きだった。村で3番目に売れてるいちごジャムだった。
イシカワは家業を継ぐ気はなかった。今は親の農業を手伝ってお金を貯めて再び東京に戻りたいと思っていた。別にこの村は嫌いじゃなかった。村民達の間では、雰囲気が悪くなかったし、自分が知る限りでは、よく他の村である村八分的なモノもなかったし、同調圧力もなかった。村民同士は適度な距離感で、ご近所づきあいをしていた。もちろんイシカワが知る限りでだが。しかし25歳の青年からすればこの村は退屈だ。一度、東京で就職した時に痛い目に遭い精神的に疲弊したが、それにしても退屈過ぎる。いくら革命的な6G回線普及しVRを使って映画館やライブ会場に行った気になったとしえも物足りなかった。映画館に行くのも電車で横須賀まで40分はかかるし、ライブだって、横浜、川崎、東京まで出るのに電車で1時間半はかかる。何度も、東京や川崎や横浜に面接を受けたがアフターコロナの時代に突入して、数年経つのにコロナパンデミックの余波を引きずっている世相もあって大不況。アジアでは、韓国、台湾、中国、マレーシアがバブル状態だった。ヨーロッパに関して言えばベーシックインカムが導入され経済的な格差が無くなりつつあった。ノンポリのイシカワも日本にベーシックインカムを導入するようにネットの署名活動にサインしたり国会議事堂の前で抗議集会に行き活動をしたが、政治家達はアノ手コノ手を使い非論理的な精神論でベーシックインカムの導入を阻止しようと躍起になっているようにしか思えなかった。きっと政治家達の友達達がベーシックインカム導入を良しとしなかったのだろう。
政治家達は景気の起爆剤となると熱弁してた。東京オリッピックが開催されれば、アジアの近隣国の様にバブル期に突入すると。IOCに掛け合い交渉して東京オリピックは開催予定年から5年経ってから開催されたが、開催期間中の平均気温35度。熱中症で選手が10人倒れ、観客は300人倒れて内25人が死亡した。2020東京オリンピックは史上最悪のオリンピックとして歴史に刻まれる事になった。政治家達は熱中症で死んだ観客達の遺族に「自己責任」と言って責任転嫁を繰り返し補償はしなかった。それに、オリンピックで儲かったのは一部の政治家達のお友達だけだった。
イシカワは再就職も出来ないでいた。なので200万円を貯めたら、再び上京しアルバイトでもいいので仕事を探して実家を出ようと計画していた。ワズカな希望を胸に秘め両親の農業を手伝う日々が続いた。しかし、ハイエンドのスペックのMacBookProを買ったり、サムスンの60インチの12k画質で3D機能の付いたシネマスコープ型ディスプレイテレビを買ったり、プレステ6とXBOXシリーズXとニンテンドーのSwitch2を買ったり、ゲームソフトを買ったりしたお陰で、なかなお金が貯まらかった。それに、ここでの生活も慣れてきたし、再び上京するのも諦めようと思っていた。よく考えれば東京に出た所で何か特別にやりたい事もなかったからだ。ただ、同級生達が出世したり結婚したり子供が生まれたりマイホームを買ったりと見聞きして比較し「自分が情けない」と思っているだけの事の様に思う気がしたからだ。他人と比較したって意味がない。という思いと「このまま実家暮らしなんてゴメンだ」という思いが常に交差していた。
そして両親の農業を手伝ってから3年が過ぎて28歳になった。
イシカワのこの村での唯一の楽しみは金曜の夜のゲーム大会で、友達のアキモト、クリハタ、リーでひたすらゲームをするのだ。この行事は3年前から続いている。
アキモトは、幼稚園時代からの友達だ。彼の実家はイシカワの家の南西の位置ににあり、海の近くに住んでいた。漁師の家の子だ。彼は昔溺れた事があるので漁師を継ぐ気は全く無かったし、手伝ったとしても港で魚の荷降ろしくらいしかしてなかった。かなりの音楽好きで色んなジャンルの音楽を聴いていたが、特に好きだったのがヒップホップだ。彼はラッパーになりたくて高校を卒業後に上京してラッパーを目指していたが、彼のラップは評判が悪く挫折、しかも当時同棲していた女性にフラれ2年前に実家に帰ってきた。今は実家を家業の漁師の荷降ろしを手伝いながら週3回、横須賀にあるレコードショップでバイトしている。そしてその金をレコードにつぎ込んでかなりのレコードコレクションを持っている。図体がデカく太り気味で190センチはありスキンヘッドで下顎にヒゲを蓄えていた、ファッションはラッパーの「ノートリアスBIG」の服装を心がけているようだった。なので初対面の人には特に怖がられていたが、アキモトは見た目に反してかなりの怖がりだし繊細だ。喧嘩なんてしたこと無いし、横須賀で不良に絡まれた時はその場で泣き出すほどだった。それにアキモトは常に周囲の人間に優しく腰が低く接していたので、彼のことを知れば知るほど、村の近所の子供から老人まで彼はマスコットのように可愛がられていた。
クリハタも同じく、家が国道を挟んだ向かい側で農家で畜産。牛、豚、鶏を飼育していた事もあり、イシカワとは幼稚園を通う前から一緒に遊んでいた。彼は小学校の頃から成績優秀、スポーツ万能で美少年で優しかったこともあり、女の子たちの間で人気がありバレンタインデーの日などは1ヶ月分のチョコレートを女子生徒たちが彼に送った。そして、おこぼれをイシカワとアキモトが食べた。彼は高校卒業後、東京の難関大学の農学部に入学し、最先端の農学、畜産学を学び、卒業後は農家を継ぐ為に実家に帰ってきた。彼が大学で学んだ知識を使って、他の農家が栽培していたキャベツや大根やほうれん草、以外にも、この辺では珍しい、ズッキーニやカリフラワーなどオシャレな作物を育てた。とくに彼が大学で学んで培った知識を結集して栽培したトマトは大人気で、ワザワザそのトマトの販売通販用のホームページまで作るほどだった(イシカワのシステムエンジニアの経験からトマトのWebページの制作を手伝った)。彼は、イシカワとアキモトとは違って志があった。良い作物を作ってこの村を活性化させたいと思っていた。なので村の農協組合が依頼して、クリハタが講師で、月に1回、村の農民たちを公民館に呼んで勉強会を行う程だった。イシカワの小さな時から母がよく「ツバサもクリハタ君を見習いなさい」が口癖だった。
リー。彼は中国の「内モンゴル自治区」の貧しい農家の出身で、彼は中国から来た外国人技能実習生だ。この村には外国人技能実習生はこの村に30人いる。中には労働環境が酷すぎて或いはパワハラがセクハラまがいな事をされて逃げ出した者もいた。4年前からイシカワの実家で農業をしている。最初は日本語があまり喋れなかったが今では日常会話が出来るくらいまで話せるようになった。イシカワは彼とスグに仲良しになった。よく一緒にNetflixで映画を観たり、ゲームをしたり、隣町まで車でラーメンを食べに行った。彼は凄く真面目に働いていた。イシカワとは大違いだった。よく、父や母に作物の事を教えてもらって、ネットや覚えたての日本語を使って図書館に通い慣れない日本語と格闘しながら勉強をし、クリハタに会う度に農業の事を質問攻めにしていた。なので、両親は外国人実習期間が終わる前にリーを養子に取って日本国籍を取らせようと検討していた。イシカワもリーを養子に迎える事には賛成だった。彼とは友人だし、彼くらい真面目で信頼できるヤツはいない。それに自分も安心して家を出れるからだ。
イシカワはリーに対して不思議に思っていた事があった。この村にいる外国人技能実習生の殆どが、ベトナム、フィリピン、タイ、インドネシアから来ている。中国人の外国人技能実習生は最近は珍しい。というのもアフターコロナ以降、いち早く立ち直り中国は最も高度経済成長している国だった。なのでイシカワはある時「なんで日本に来たの?中国のほうが経済的に発展してるでしょ?それに、今なら韓国や台湾の方が景気がいいのし技能実習生の待遇もいいて聞いたよ。」と言うと、リー曰く、中国は確かにものすごいスピードで経済発展しているが経済的な格差が大きい。それに韓国も台湾も人気で倍率が高い。それに、彼は日本のアニメが好きだったから、日本に興味があったらしい。
イシカワはリーと同じ屋根の下で親しくなり、リーはクリハタを農業の先生と呼び、それにアキモトはイシカワとクリハタと仲が良かった事も有り4人は自然と毎週、金曜日の夜にビールやレッドブルを飲みながら、イシカワの自慢の12K画質の3Dモニター60インチテレビでゲームをするのが自然とゲーム大会は恒例行事になっていた。
その日、8月の蒸し暑い日にイシカワの部屋で、4人で「コール・オブ・デューティー」の新作をやって熱中している時の事だった。
気づくと窓から光が差し込んできた。日付が変わり土曜日の朝。Swatchの腕時計を見るともう朝の8時だった。このゲーム大会は長く続く。一番ひどい時などは金曜の19時に始まり土曜の23時までぶっ続けでやっていたこともあった。なので別に不思議ではなかった。親も、土日は仕事を休みにしていたので特に文句も言わなかった。
そのままイシカワ達が夢中でゲームにしていた時、急に4人のスマフォが一斉に鳴り始めた。しかも、全く聞覚えのない着信音だった。それはかなり高くうるさく不協和音のような気持ち悪い音だった。
イシカワ達がスマフォの画面を見ると「Jアラート」だった。「Jアラート」他国からミサイルが飛んでくる時に事前に察知して警報を鳴らすもので政府から警報メールが届くシステムだ。マジかよ?誤報だろ。過去にも何度か誤報があったのでまたソレだろうと。
強烈な青白い閃光が窓の外から部屋へ突き刺さるように差し込んできた。
それから窓ガラスが粉々に割れ、地面が揺れた。凄く熱い。サウナより熱い。しかもサウナと違って湿気はなく乾いていた。部屋中の水分や自分たちの水分が蒸発するかとかのように熱かった。このまま焼け死にそうだ。しかも、今まで経験したことのないような揺れだ。棚は倒れ割れた窓ガラスから外を見ると空は真っ赤な炎が猛スピードで走るようにすごい速さで流れていく。イシカワ含め4人共、床に伏せたがあまりの揺れで、床を転げ回りお互いの4人の身体はぶつかりあった。もうダメだ。熱くて死ぬと。
イシカワは1分近く、いやもっと長く感じたが揺れた気がした。揺れと熱さが収まった。イシカワは大丈夫?とみんなに聞いて周りをみた。大丈夫みたいだ。相変わらず熱かったがさっきよりはマシだった。蒸し暑いと言うよりは乾燥した熱さだった。
「おい、アレってもしかして本当に原爆か?」とアキモトが言った。すると凄い轟音がイシカワ達を襲った。耳を両手で塞いだが、身体に響いて細胞が一つ一つが悲鳴をあげる振動するような大きな音だった。イシカワはあまりの事に吐きそうになるのをこらえた。しばらくすると音も消えた。
アキモトが何かを言っているが聞こえない。あの轟音の後遺症せいだろう。少しすると慣れてきた。「大丈夫?」みんな耳が変になっているらしく叫ぶようにして話さないと会話にならなかった。雷と同じで音が遅れてやって来たのだと思った。
イシカワは、東京が核攻撃を受けたに違いないと思った。急に両親が心配になり4人は1階に降りた。すると両親が立っていた。見る限り、母は無傷、父は頬に傷があり血を流していたが大したことは無さそうだ。
両親は叫ぶような声で大丈夫と答えた。のでイシカワは安心した。クリハタとアキモトも家も心配だから見に行くと言うので、手伝う為にも一緒に付いていくことにした。リーには両親を落ち着かせる為に一緒に居てもらう事にした。
家を出ると、閃光が発したであろう東京の方角を見た。標高700メートルはある上ヶ丈山はるか向こうに大きなキノコ雲が立ち上がっていた。山の壁面は先程の熱のせいか燃えている気が何本もあった。
やっぱり、核攻撃を受けたんだ。それに、雲ひとつ無かった真っ青な空だったのに、頭上に分厚い真っ黒な雲が浮いていた。
「グシャ」と背後から大きな音が聞こえた。
イシカワ、アキモト、クリハタは背後に振り向いた。3人の視線の先、10メートル先に、何か黒色と赤色が混じった、噛み終わっり路上に捨てられ誰かに踏まれたようなガムのような形状をしている。そのモノから赤い液体が流れていた。3人はその物に近づいた。ゾッとした。それは人だ。人の身体だった。死体だった。タダの死体じゃない。おそらく、身体の上半身が吹き飛び地面に衝突した衝撃で潰れグシャグシャになり炭化した皮膚から所々、骨と内蔵が恐らく小腸と思わる白い管が飛び出ていて、右目は潰れていたが左目は炭化した瞼から飛び出ていた。左腕の原型を留めていていたがゴムのように皮膚が溶けていた。女性物と思われる腕時計をしいて指先だけは普通の肌色をしていた。3人は我慢できなくなりその場で吐いてしまった。我慢できなかった。すると遠くの方からまたあの「グチャ」と音がした。つい振り向いてしまった。また、アレだ。黒と赤のアメーバーのような物体。
3人は目を合わせた。
「とりあえず、家に避難してからにしないか」とイシカワは言った。
アキモト、クリハタはうなずいた。
イシカワはあまりのショックに早く10メートル先の家に避難したいが、足がプルプル震え、なかなか家までたどり着けない。それは他の2人も同じようで、3人とも放心状態だ。
また、遠くの方で「グチャ」、「グチャ」、「グチャ」、「グチャ」とあらゆる方向から音が聞こえた。なるべく音がする方向を見ないようにしたが音を聞く度に3人はビクッとした。早く家に行かなければ。あれに当たったら自分まで死ぬかもしれない。だが、怖くて前に進めない。
すると、「ガシャン」という大きな金属音が背後から聞こえた。イシカワはつい振り向いてしまった。車だった。国道に車が後輪から落ちたのだろう、車体の後ろ部分が潰れ、倒れて車体が上向けになっていた。車体は後方以外は無傷だが窓ガラスは全て割れていた。イシカワから見て車体は左側を向いている。車体の前方はに若い女性が乗っていた。しかも、怪我をした様子もない。
もしかすると、女性は生きているかも知れない、助けなければ。イシカワは勇気を振り絞り、車へ駆け寄った。すると、イシカワは絶句した。左側の助手席座っていた女性の右半分が皮膚がゴムの用に溶けていて肉と骨が露出した状態だった。運転席の右側は胸より上がキレイに引きちぎられていて、そこから白いとピンクの内臓が飛びてていた。
イシカワは、あまりのショックで何をしたら良いか分からない。急に、この車はどこから飛んできたんだろう?と思った。車のナンバープレートを見た。「杉並ナンバー」だった。東京からここまで飛んできたのか。
「グチャ」、「グチャ」、「グチャ」、「グチャ」、音が鳴り止まない。
イシカワは急に我に返り走って家へ避難した。
「おい、大丈夫か?」クリハタが青ざめた表情で言った。こんな青ざめた表情をした彼をイシカワ見たことは無かった。
イシカワは首を縦に振った。もちろん嘘だ。大丈夫なわけがない。今、何が起こっているのか、どんな状態なのか。パニック状態だ。すると、十秒も経たない内に、遠くで大きな爆発音が何度も聞こえた。また核ミサイルかと思ったが、先程ののような青白い閃光と振動はでは無かった。
クリハタは「ガソリンスタンドでも爆発したのか?」と言ったがわからない。
それから、あの「グチャ」、「グチャ」、「グチャ」、「グチャ」という音は30分近く続いた。
イシカワは恐る恐る割れた窓ガラスから外を見ると灰が降り注いでいた。まるで雪の様に積もっていたが灰色だった。それはニオイも無かった。灰だった。それからしばらくすると雨が振った。普通の雨ではない土砂降りの黒い色の雨が降りだした。
「近づくなよ。アレは黒い雨だ」とクリハタはイシカワに言った。
黒い雨くらい専門家ではないイシカワですら聞いたことがある。黒い雨とは原爆投下後に起こる現象で、大量の放射能を含んでいて、雨に触れると危険だだという事を。
すると、外から犬の鳴き声が聞こえた。
ジョンを忘れていた。ジョンは父が裏庭に作った頑丈な犬小屋に居た。ジョンは人が通る度に吠えるので裏庭に犬小屋を作ったのだ。
イシカワはどうしていいか分からなかった。ジョンとは10年の仲だ放っといてはおけない。家族同然だ。だが、黒い雨が触れたら自分の命が危ない。どうすればいいんだ。
「お父さん!」と母の大きな声が聞こえった。イシカワは声の方向を向くと、裏口の開けっ放しになったドアの先、外にレインコートを着込んだ父がジョンを抱き抱えている。父は捨て身でジョンを助けに行ったのだ。そんな父を見たことが無かった。いつもジョンを「バカ犬」と母や私に愚痴っていたからだ。たとえ父がジョンの散歩に連れて行っても10分そこらでスグに戻ってくるのでジョンが父と散歩を終えると、いつもジョンが不機嫌そうだった。
父はジョンを抱き上げると急いで裏口から家に入ってきた。ジョンは白と黒の毛並みだったが、真っ黒になっていた。ジョンをお風呂場に連れていき身体中を洗った。
父があんなに勇敢な行動をするなんて、と少し以外に思う一方、いくらレインコートを着ていたとはいえ、父は大丈夫だろうかと心配になった。
ジョンもさっきの出来事が相当、怖かったらしく、一切吠えることもなくただ怯えた様子だった。
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