読める僕のおはなし・結

「なるほどな、じっと見てるうちにその子のことを好きになってたと」


 夕食後、兄さんに捕まって調を受けていた。さすがは本職と言うべきか、あれよあれよとすべてを吐かされてしまった。


 僕があえなく完落ちしたところで、兄さんはなぜか難しい顔をして腕を組んだ。


 兄さんは、夕食の時にさらにお酒を飲んで今はそうとう酔っ払っているはずだ。好きな子がいるなんてバレたら、ボロボロになるまでからかわれることを覚悟していたのに。


「よりによって【不詳】かあ。しかももうひとり現れたって? まあ、同じ能力を持つもの同士惹かれ合うものだし、もうそれ、お前の入る隙間なんてないぞ。さっさと諦めろ、シオン」


 兄さんは僕と目が合うと表情を陽気なものに変えた。まるで茶化すように、ヘラヘラと笑いながら僕の背中を叩く。想像していた通りのリアクションではあるけど、その中身は。


 正直、僕のことを応援してくれるものだと思っていたからびっくりした。


「どうしてそんなこと言うんだよ……」


「だってさ、【不詳】ってめちゃくちゃ珍しいんだぞ。同じ能力を持つものと出会っちゃったら、彼女も運命感じちゃうんじゃないか? きっとダメだよそれ。お前がいくら頑張ったって、転校生とやらには敵わない」


 僕は勘が良くないけど、読まずとも態度で瞬時に察知した。どうしてかわからないけど、兄さんは僕が失恋することを願っている。


「僕は、諦めるつもりなんかない」


 兄さんは再び真顔になった。少しだけ逡巡する様子を見せて、なんとも重そうに語り出した。


「……アニキの同級生にいたんだよな。卒業間際に退学したけど」


「退学? どうして?」


「事件起こしたんだよ。訓練棟の部屋に火をつけて、担当教官を殺しかけたんだ。イジメられてたことへの報復だったんじゃないかとかなんとか聞いてるけど、詳しくはわからん。だからその子もどうなるかわからんぞ。あんま深入りするな」


 報復と聞いて、背筋がぞくっとした。


 でも、と僕はかぶりを振る。


――確かにあの時、彼女の心は黒かったけれど。


 


「……彼女はそんなことしないよ」


「信じたいのはわかるが、軽く読んで、ちょっと話しただけだろ」


「……わかるよ」


 僕が揺るがないと見るや、兄さんはわざとらしくため息をついた。こんな態度を取られるのは初めてだった。戸惑っているのを悟られないように、必死で真剣な顔を保った。


「やめとけ。いざという時に盾になって、自分も一緒に針のむしろに座る覚悟があるなら話は別だが、そこまでしたってお前が報われるかどうかはわからん。せっかくいろんなものを克服して、今は楽しく生きられてるんだ。わざわざ火中の栗を拾うこともない。可愛い子は他にもいるだろ。思い直せ」


 あくまでも優しく、まるで駄々っ子を諭すように言われたけど、僕はもう泣いているだけの子供じゃない。


 他人の心は思い通りにはならないんだから、恋が報われないかもしれないなんてことはわかりきっている。でもそんなのは、どんな人が相手だって同じことだ。


 そんなことよりも、会ったこともない草壁さんのことを能力のことと想像だけで悪しように言われたのが気に入らなかった。


 だって彼女は彼女で、他の人がどうしたなんて関係あるものか。


 それに能力によって人を差別するななんて当然のことなのに、それなりに尊敬していた兄さんがそんなくだらない偏見を持っていたことに、心底失望した。


「僕には何にもわからないとでも?」


 僕の質問に兄さんは答えるつもりもなさそうだ。むかついたから読んでやろうと思ったけど、ツルツルと逃げられる。


 触れずに読める僕だけど、テレパシーの技術自体は未熟だ。格上の能力者、兄さんにはまだ敵わない。悔しかった。


 沈黙を破るように電話が鳴った。知らない番号からだった。


「……まあ、忠告はしたからな」


 兄さんがそっと部屋から出ていく。ドアが閉まるのを確認してから、苛立っていた心を落ち着かせるために口の中を飲み込んで、受話ボタンを押した。


『あの、もしもし……く、草壁色葉です。翠川くん……だよね?』


 ……自分の電話から彼女の声が聞こえる。飛び上がるほど嬉しいことのはずなのに、どこか強張った声色にこちらの背筋も固くなる。


 なんとなく怒っているようにも思えて、一気に緊張が高まる。いくらテレパシストでも、電話越しに思念を読むことはできない。


 下駄箱に手紙を放り込むなんて、気持ち悪いことをしたのは自覚していたので、慎重に言葉を選んだ。


「うん、僕。あの、変な手紙入れてごめん。電話でも話せたらいいなって思ったんだけど……迷惑だったかなって」


『そんな!! ありがとう。なんか今日は席も離されたし、雨降りだし、いろいろ散々……私も話したかったから嬉しい……ってわかってる!! ああ、ごめんね。えっと、あの、その、もし翠川くんさえよかったらなんだけど……』


 嬉しいという言葉が、頭の中に甘く響きわたる。心が温かくなる。なんといえばいいのかわからないけれど、柔らかな、ひだまりみたいな色になる。


――大丈夫、彼女は人を傷つけたりはしない。


 僕は、感じたものを信じている。


 使と思っている、彼女のことを愛している。


 僕はまだまだへなちょこだけど、彼女を少しでも幸せにできたらと思う。そのためには、ペラペラかもしれないけど盾にだってなるし、針のむしろにだって喜んで座ってみせる。火中の栗が弾けたって怯まない。


 幸いなことに、痛いこと、苦しいことにじっと耐えるのには慣れている。別に報われなくてもいい……とカッコよく締めたいところだけど、今はまだ諦めたくない。負けたくもない。


 草壁さんの隣にいたい。少しでも、近いところにいたい。

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