染める私のおはなし・1

 私の名前は草壁色葉、十七歳。東翔大学附属高等学校超能力科の二年。身長は百五十五センチ、体重は……最近計ってないけど、五十キロくらいだといいな。


 私は十七年前の七月二日、底抜けに明るくておしゃべりな母・みどりと、そんな母の陰でじっと大人しくしている心優しい父・藍介の間に生まれた。ちょっと噛み合わないこともあるけど、それでも仲のいい両親から、めいっぱいの愛情を受け育ったひとり娘だ。


 そんな私は小学二年生の時、突然超能力に目覚めてしまう。しかもそれがこの国でひとりだけの変な能力だったからさあ大変。しかし両親は非能力者で、超能力のことをよく知らなかった。ゆえにしばらく放置され、好き放題に能力を使って生きることになった。


『こんなに可愛いのに、さらに魔法まで使えるなんて!! 本当に色葉ちゃんは素敵な子だわ!!』


 かつて魔法少女が大活躍する漫画やアニメにハマりにハマっていたらしい母は、娘が不思議な能力に目覚めたことを大変喜んでいた。確かに私の能力はぱっと見は魔法みたいだし、母が心躍らせた気持ちもわかるけど、おかしいと思わなかったのがすごいと思う。


 父はこの時点ではまだ蚊帳の外だった。魔法が使えるというのは女の子だけの秘密というのがお約束だから、らしい。


 お察しの通り、母は少し……へ、変わっている。


 私は母にお願いされる通りに、または自分の思うように。色々なモノの色を染め変えていった。まずは赤いランドセルを密かに憧れていた水色に。それから母がタンスの肥やしにしていた服の色を、テレビで見た流行りの色に次々変えた。めちゃくちゃ喜ばれた。


 この辺りでさすがに父に不審がられたので、母が男子禁制の掟を破り能力のことを話した。父は驚きこそすれ、「まあ、魔法ならしょうがないよな」と話を締めた。まあ、父もちょっと変わった人だ。


 そんなある日、母に家の壁の色を染められるか聞かれて、私は少し考え、「できそう」と答えた。で、うまく行った。シルバーグレーだった家はサーモンピンクの可愛いおうちに変わった。


 仕事から帰ってきた父は我が家の変貌ぶりに、黄色いニワトリのおもちゃみたいな変な声をあげていた。当時の私は面白くて笑っちゃったけど、一家の大黒柱としては当然の反応だと思う。


 しかし、このことが転機となった。塗装工事をした形跡もないのに、家の外壁の色が突然変わったことを不審に思った近所のおばちゃんに事情を聞かれた母は、娘がどうやら魔法使いのようだと正直に話した。


 そして、目を丸くしたおばちゃんにこう言われる。


「草壁さん、それって超能力でしょ。役所に届けを出さなきゃいけないはずよ」


「ええっ、そうなのお!?」


 母はちょっと……いやかなりぶっ飛んだところもあるけれど、生真面目な性質の持ち主。これは大変なことだと大急ぎで役所に行き、窓口で係の人に教えてもらいながら届けを出したそうだ。


――まあお察しの通り、そこからがちょっと大変だった。


 その日のうちに超能力者管理機構の人――柚木さんというおじさんだ――が家に押しかけてきた。そこで能力を実演するように言われたので、管理機構の人のネクタイを好きだという色に染めてみせた。おじさんがピンクを好きだなんて可愛くて意外だなあ、なんて思った。


 でも、私の力を目の当たりにした柚木さんの顔は、ピンクどころか真っ青になっていた。柚木さんは震える声で、今まで染めたものを覚えている限り全て持ってくるように言った。


 記憶を辿りながら、家族総出で家中からかき集めた。リビングのテーブルに並べるだけでは足りず、片隅にうず高く積まれたモノモノモノ。引越しでもするのか? というほどの量だった。


「色葉ちゃん、これで全部だったかしら?」


「ごめん、お母さんの宝石も染めちゃった……」


「宝石もですか……」


 テレビ番組で見た宝石に心奪われた私は、母の鏡台に入っていた宝石を似たような色に染め替えて密かに楽しんでいたのだ。だいたい思い通りにできたけど、アレキサンドライトの変色性だけはどうしても再現できなくて残念に思っていた。


 この事態に、持ち主であるお母さんは手を叩いて笑っていたけど、他所のおじさんであるはずの柚木さんの顔はもはや真っ白になっていた。


「あああっ!? お父さんからもらった婚約指輪が!!」


「ごめんなさい……」


 しかし、笑っていた母も無色のはずのダイヤが血のような赤に変わっていたのを見て悲鳴をあげた。私は元の石が何かは気にすることもなく、ピジョンブラッドルビーのつもりで染めたものだった。


 しかし本物の赤いダイヤはめちゃくちゃ珍しいので、もれなくとんでもない値段がつくらしい。性質がどうなっているのかはわからないけども、なんやかんや周囲を混乱に陥れかねないので今後は宝石を染めるのはやめろとキツく言い渡された。


「申し訳ありませんが、娘さんをしばらく預からせていただきます」


 それから私は自分で染めたものの数々と共に車に積み込まれ、(さすがに家は載せられなかったので、柚木さんが細かく写真を撮っていた)国立なんとか研究所に連れて行かれた。もちろん、この能力を詳しく調べるためにだ。


 五泊六日のひとりお泊まり。その間、最愛の娘と引き離された母は泣き暮らしていたらしいけど、私はそんな親心を知るよしもなく、研究所ステイを心の底から楽しんでいた。


 ここでは思うように能力を使っていい、と言われたので、手始めに自分用に割り当てられた部屋の壁や調度を、白とピンク、水色あたりの色で可愛らしく染め替えてみせた。古い病院みたいに薄暗かったのに、一気にお姫様の部屋みたいに華やかになったので大満足。まだ家に自分の部屋は持っていなかったので、めちゃくちゃ嬉しかった。


 それからはおじさんたちが着ている白衣を染めるのが楽しくて、検査のたびに大人たちが難しい顔をして首を傾げるのが面白かった。出されるご飯だってすごく美味しいし、三時だけではなくて、十時にも、なんと夜にもおやつが出た。そのうえ少しくらい夜更かししても誰にも怒られなかったし、学校もお休み、宿題もしなくてよかった。


 もちろんその何回も脳波の検査やらなんやらがあったけど、そんなものは瑣末な問題だ。だって、こんな待遇を受けて喜ばない子供がいるだろうか。


 三日を過ぎる頃には、もう家に帰りたくなくなっていた。なんとも薄情な娘だと思うけど、思えばこれが人生で一番贅沢な時間だったかもしれないなので仕方ない。


 そうして、柚木さんにさらわれてから六日後に私と母は涙の再会を果たした。でも、私が流した涙は『もっと研究所にいたかった』という意味だったことは墓場まで持っていかなきゃなと思う。きっとこの経験がトラウマになってるに違いないと信じてる母にとっては、あまりにも酷すぎる真実だと思うから。


 さて、検査の結果は、私の能力は超能力であると推測されるものの、詳しい機序は不明。ESPでもPKでもない、【UNK・不詳】とラベリングされ、とりあえず『染色』という呼称がつけられた。言葉本来の意味には微妙に当てはまってないけど、私と母がすでに『染める』と呼んでいたことが大きかったようだ。


 あとは私が色を変えてしまったモノを分析した結果、なんとその性質には全く変化がなかったらしい。それなのにしっかり色が変わって見えることが科学的に証明できないとかなんとか。


 しかし何かしらの変化は起こっているはずなので、念の為に、能力をむやみやたらと使わせるな的な念書に父がサインした。


 ただ、まだ子供だった私は大人たちが何を懸念しているのかなんて知る由もなく。『まあ、ちょっとなら大丈夫ってことだよね』という解釈をしてしまったのだけど。

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