第7話 ふたりは、友達
なんか、思ってたのと全然違った。でも、ガッカリ、というよりは守ってあげたくなったというか……母性というやつだろうか? 私にもそんな気持ちがあったとは驚き桃の木山椒の木である。
なぜ彼は私にこんな話をしているのだろう? 女の子が苦手だとさっき言っていたではないか。まさか女子としてカウントすらされていない? だとしたらショックの上塗りである。
「ところで、何で私に?」
「そうなんだ。君のことを読んでたら、周りが見えなくなってしまった……って言うか」
周りが見えないなんて、これまたキュンとさせられるセリフ……と見せかけて、容疑者がバッチリ犯行を自供してしまっている。お巡りさんこっちです。
「ど、どういうこと? ていうか、やっぱ読んでたんですね……?」
思わず敬語になってしまったわ。やっぱり今朝、空の色について尋ねてきたのは私の心を読んでいたからだったのだ。翠川くんはうっかり吐いてしまったことに気がついたのか真っ赤な顔になってしまった。
「ごめん、ほんの、ほんの少しだけ。上澄みだけというか、本で言うなら表紙を見ただけというか、本当にそれだけ! 信じて……」
まるでこっそり書いていた日記を覗かれた時みたいで恥ずかしい。まあ私にはあいにく文才がないので、実際にその手の文章をしたためたことはないけども。
でも、これは立派なプライバシーの侵害だ。テレパシストは相手を無闇に読んではいけませんと社会倫理の以下略。みんなちゃんと授業を聞け、そして実践しろ。
「それと、どうしてここにいるの?」
「あの、草壁さんともっと話をしてみたくて、その、実は昼休みの始まりからずっとあとをつけてた……ごめん……」
「先生に用事を言いつけられたっていうのは?」
「嘘です。ごめんなさい」
なんだか、付き合ってもないのに別れ話でもしてるみたいな変な気分だった。こっちは勝手に心を覗かれたあげく、ストーカーみたいなことをされた被害者だけど、深く頭を下げる彼を見ていたらだんだん可哀想になってきた。
「まあ、別に読まれて困ることもないし、正直に言ってくれたから許す」
「ああっ、ごめんね。ありがとう。やっぱり優しいね」
優しいというよりも、そう言うほかなかっただけだ。イケメン無罪なんてふざけたことを言うつもりはないけど、どう考えても色々と不器用そうな翠川くんに、私はすっかり絆されている。
「そう……で、なんで私のことを読んだの?」
「その、能力が変わってることを知って気になったから。それでちょっとだけ見せてもらったら、心の色がすごく綺麗だと思ったんだ。誰かを見て、そんなことを思ったのが初めてで……そうだ、『染色』ってどんなものでも色を変えられるの? 思い通り?」
翠川くんは急に早口になると、私に大きく迫ってきた。いつもは遠くに見るだけだった翡翠色の瞳が、今はすぐ目の前にある。
いくら彼のことはタイプじゃないといっても、実は男子に免疫があるわけでもない。こんな近くで顔を合わせたら、挙動不審がうつってしまいそうだ。
「う、うん。いちおう何でも染められる。物でも、生き物でも。だいたい思い通りにできる。ただ、いっぺんに何色も、っていうのは無理だけど」
今度は私がしどろもどろと答えると、翠川くんは目を輝かせた。
「ありがとう。初めて心を見た時から、ずっと君のこと知りたかったんだ。もちろん読めばわかるけど、君のことはちゃんと君に聞いて教えてもらわなきゃって思ってるうちに、能力がコントロールできるようになったんだよ。だからずっとお礼を言いたかったんだ。ありがとう」
「いやいや。その話だと、私はただ自分の席に座ってたってだけなのでは」
「ううん。そんなことないよ。今日の数学の時間、草壁さんが自分から名乗り出たのがすごくカッコよくて感動したんだ。だから僕もこっそり見てないで今日こそは名乗り出ようって、そう思った。だから」
ゆっくりと、私に向かって黒手袋に包まれた手が差し出される。眼差しは強くてまっすぐなのに、なぜか手はおびえているみたいに小さく震えていた。
「あの、草壁さん、お願いします、僕と、まずは友達になってくれませんか」
「はい!?」
ぺこりと頭を下げられた。友達? 私と? それにまずは、ということはその次はなあに? 頭の中にハテナマークが飛び交って手を取れずにいる私に、彼はさらに畳み掛けてくる。
「あっそうか、きっと読まれるかもって不安なんだよね。その、これからは絶対に読んだりしないから。約束するから。だからお願いします」
正直、私は今、ついさっきまで何とも思っていなかった彼を前にして必死で平静を装っている。
言いたいこと、聞きたいことは山ほどある。けれどそれを打ち消して余りあるくらい、なんだか心の中が熱かった。
この学校に来て初めて、誰かに認めてもらえたことがこんなにも嬉しいなんて。
誰かと友達になるって、こんなにもドキドキするものだっけ。涙がこぼれそうになるものだっけ。久しぶりすぎて忘れてしまっている。
「じゃ、じゃあ、よろしくね」
弱々しい印象とは真逆の力強さにさらにドキッとする。私の手を包むほどに大きくて、手袋越しでも感じる手の温かさがびっくりするほど心にしみた。
名前のわからない熱いものが溢れてくる。視界の彩度がだんだん上がる。あまりにも眩しくて、たまらなくなって目を閉じた。
――私の心の中に、色が満ちている。
それは深く、燃えるような真紅だ。この身を流れる血潮までもが全て同じ色に染まっている。
あまりにも熱すぎてもう抑えきれなかった。まぶたを開くと、溢れ出るように色が飛び出す。
染まる、染まっていく。
「うわあ!? すごい!!これ、草壁さんがやったの!?」
翠川くんが、私の手を握ったままで大声を上げた。辺りを見回しながら、目も口もまんまるに開いている姿に笑いが込み上げてくる。頬を撫でる風も、ものすごくくすぐったかった。
私たちの周りにパラパラと降ってくるのは、本来の色とは違うイチョウの葉。それだけではなくそよ風がゆする枝葉は、全て炎のような色をしていた。
そう、まだ緑色を残していたあたりの木々が――ついでにイチョウの黄葉までもが――今の私の心を写したような真っ赤っかに染まってしまっていた。
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