染める私のおはなし・2
「色葉ちゃん、お願い。私のランドセルの色も変えてくれない? ピンクは飽きちゃったんだけど、新しいのを買ってもらえないの」
ある日、そう言ったのは当時仲の良かった友達……
自分の能力のことを打ち明けたら、葉月からこう持ちかけられたのだ。初めて母以外の人から『お願い』されたのに、私の心は弾んだ。
「いいよ。何色にする?」
「やった!! あのね!!」
葉月はランドセルの中から雑誌の切り抜きを取り出した。モデルの女の子が色とりどりのランドセルを背負っている。これと指さされた色を強く思い浮かべながら、ランドセルに手をかざす。
何をどうするみたいなことはあんまり考えない。ただ、『こうしたい』と強く念じるだけ。すると頭の中に色が満ちて、その通りの色に染まるのだ。
……そうして、ピンクからミントグリーンにお色直ししたランドセルを手に取ると、葉月は嬉しそうに目を輝かせた。
「すごいすごい!! 写真とおんなじだね!! うれしい!! ねえ色葉ちゃん、これって、どのくらいもつの?」
「私が『元に戻れ』って思わなければずっと」
「すごおい!! 魔法使いみたい!!」
散々はしゃいだ葉月は、お母さんに見せる! と言ってそのまま一目散に帰宅した。
私はお礼にと三十分もつことで有名な棒付きキャンディをもらったので、その日のおやつとして大切にいただいた。友達の喜ぶ顔を思い出しながら口の中で転がすアメはいつにも増しておいしかった。めでたしめでたし――
――とはならず、この件は地味な騒ぎとなった。誰しもが知っての通り、ランドセルは子供が持つにはいささか高価なカバンで、おいそれと買い替えられるモノでもない。
今なら親御さんの気持ちもなんとなくわかるけど、子供のランドセルが自分たちの預かり知らぬところで別の色のものに変わっていたら、我が子が怪しい人の誘いに乗ってしまった――要するに何かの事件に巻き込まれたのではないかと考えるのは当然だ。
魔法が使える友達に、棒付きキャンディ一本を渡してやってもらった……なんて言い分は真実だとしても通るわけがなく、葉月のご両親は変質者の仕業に違いないと警察に駆け込んでしまった。
やがて事実が明らかになると、父が私の代わりに警察と管理機構に怒られることになった。葉月のご両親は、私の能力のことを知って目が点になっていたけど、先に我が家に確認しておけばよかったと謝ってくれた。
互いに親から怒られたことで、気まずくなったのも一瞬。私たちはまだ仲のいい友達のままで、それからも葉月から『お願い』をされて、いろんなものを染めてあげた。私はその度におやつ代が浮いて助かったので、持ちつ持たれつって感じでうまくやっていた。
「葉月はほんとミントグリーン好きだね」
他の色の時もあったけど、大体がミントグリーンだった。甘くて爽やかな薄緑は、可愛くて誰にでも好かれる葉月にぴったりの色だった。まるで互いに惹かれあっているかのように。
「そうだね。名前に葉っぱが入るからかな。色葉はそんなことない?」
「私は緑が一番ではないかも」
もらったキャンディを口の中で転がしながら答える。今日は謎の南国フルーツ味。甘さと酸っぱさが、くるくると入れ替わったのはよく覚えているけど、いったい何味だったのかは今でもよわからない。
「そっか。まあ、葉っぱにもいろんな色があるからなあ。みんな違うけどみんないいんだ」
「あ、なんかちょっといい話っぽい」
「へへへ」
そう、葉っぱにもいろんな色がある。種類によってもだけど、季節の移り変わりでも色が変わっていく。ずっと同じ色をしているわけではない。
それとおんなじように、色葉と葉月は名前は似てても全然違った。どんなに仲が良くっても、超能力者と非能力者である限りは、いずれ人生の分かれ道に立たされる。私はこのあとわりとすぐに、そのことを身をもって知ることになる。
中学二年生の秋。家に柚木さんから電話がかかってきた。単なる様子伺いの連絡はたまにあるけど、今回は違っていた。私が提出した進路調査票の件で、学校から管理機構に問い合わせがあったらしい。
「え、希望してる高校に行けないってどういうことですか?」
「超能力者は指定校に行く決まりだから、普通の高校には行けないよ。一応最寄りは東翔大附属だけど、色葉さんの家からだと通学に二時間以上かかっちゃう。だから僕は寄宿舎のある望海学園を勧めるかな。どこの学校を選んでも、簡単な学力検査はあるけど、入試はないから楽だよ。よかったね」
「いや、全然よくないです」
いつものように朗らかながらも畳み掛けるように言った柚木さんを、私はピシャリとはねつけた。動揺を悟られなくないと頑張ったけど、まるで血が凍ったみたいに冷たくなったから、そこから声は震えてたと思う。
もちろん指定校の仕組みを知ってはいた。だけど私は普通の超能力者ではない。管理機構の人も私を見るたび『例外』『規格外』『想定外』を連発するから、その規定には当てはまらないと勝手に考えていたのだ。
こんな能力持ちだし、色彩について学びたいなと思うようになった私は、進路調査の第一希望欄にデザイン科のある高校を書いて出していた。葉月も、部活に魅力を感じるからと同じ高校の普通科を希望していた。
私たちの学力的に少し高望みではあったけど、そのくらいの方が挑みがいがあるよねと笑いあっていた。受験をお互いに頑張って、一緒に学校に行こうと約束していたのに。
しかし、法律で決められていることだからと言われてしまったらどうしようもなかった。両親とじっくり話し合った結果、今の学校に行くことを決めた。
柚木さんは長距離通学は心身ともに負担がかかるから勧めないとはっきり言ったけど、彼の言う寮のある学校はうちから新幹線の距離だ。友達や家族とも気軽に会えなくなることを思うと、どうしても決断できなかった。
「あのね葉月、私、高校は別のとこに行かなきゃいけないらしい。超能力者はそこで訓練受ける決まりになってるらしくて」
「そっか。まあ、高校が別々になるなんて普通のことでしょ。そんなんで友情は壊れないよ」
葉月は笑ったけど、ずっしりと重くなった気持ちが軽くなることはなかった。塾に通い始め、勉強を必死で頑張っている葉月に「自分は受験しなくていい」とは言えなかったからだ。
ちょっと調べたらバレちゃうことだけど、自分だけ楽ができるということへの引け目がものすごかった。葉月は私にそれ以上何も聞いてこなかった。思えばこの時から、私と彼女の間には少し溝ができていたのかもしれない。
そして翌春、中学を卒業した私たちはそれぞれの道へと歩き出した。葉月は猛勉強の末、第一希望にしていた高校へ無事進み、私は簡単な学力検査だけで東翔大附属高の超能力科へ進んだ。
柚木さんの言うとおり、長距離通学は想像以上に大変で、体力的に少し辛かった。なにより、私は自分が落ちこぼれの変な能力者で、周りからはどう見られるのかを思い知らされたのが精神的にもかなり堪えた。
研究所のおじさんたちだけが変な反応をするだけだと思っていた私は、生徒だけではなく先生にまで冷たくされて、すっかり打ちのめされてしまったのだ。
さて、葉月とは付き合いがある……と言いたいところだけども。
高校に進学してすぐの頃は遊びに誘われたりもしたけれど、私は慣れない長距離通学や超能力の訓練で身体が、それに能力のせいで疎外されることに心が疲れ切っていて、いつも断ってしまうばかりだった。
『ゴメン。次、また誘って』と返してるうちに、次は無くなった。やがて、たまに雑談のメッセージを送っても返事が来なくなった。電話は、怖くてかけられなかった。どんなにしんどくても、あの時伸ばされていた手を取っていたらという思いが、今もときどき胸を引っ掻く。
顔を埋めていた枕が、懐かしいミントグリーンに変わっていた。葉月のことを久しぶりに思い出してたら、いつのまにか色が満ちて溢れてしまったらしい。あの時のままの色。
葉っぱの色は季節の移ろいとともに変わる。それに、あの時の謎のキャンディみたいに、きっと人生の味だって甘さと酸っぱさはくるくる入れ替わる。人と出会うことが必然というなら、別れだってそうなのかもしれないから。
色を変えてみせた時の葉月の笑顔は、今、私が何よりも大切にしている想い――自分の力は自分や人を幸せにするために使いたいと強く思うきっかけのひとつになった。そのおかげで今の私がある。つらくても腐らずにいられる。落ちずに済んでいる。
だから、私は葉月のことが今でも大切で、彼女の幸せを今でも心から願っているのだ。
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