第4話 昼休みの過ごし方

 正直に自分の所業を白状した私にクラスは大きくざわついて、その後は授業どころではなくなってしまった。


「なぜ能力を使ってこんな騒ぎを起こすに至ったか説明しなさい」


 先生の問いに、私は拾ったものを出してありのままを話した。AとBは言い逃れようとしたけど、先生はすぐさま二人ににノートを見せろと迫った。するとAのノートに破った跡がバッチリ残っていて、それが紙飛行機の紙の端と一致したのだ。


 先生は『他の生徒が授業を受ける権利を侵害した』と、AとBを一喝した。私に対しては眉をひそめながら、「黙って仕返しせずに正直に申告しろ」と言った。


 市田先生のことを『若いのに頭が固くて神経質で、授業をつつがなく終えることしか考えてない人』と思っていた。


 でも、優れた能力を持つ子やお気に入りの子の肩を持つ先生も多い中で、生徒のことを能力のこと抜きで公平に見ようとしてくれる人もいるのだということがわかった。こんな先生もいると知って、すこし救われた気がした。


 淡々と午前の授業をこなしたら、ひとりで昼休みを過ごす。母が作ってくれたお弁当を食べて、それから昼寝をする。朝が早いので、ここで一度寝ておかないと身がもたない。


 旧実習棟の裏、大イチョウの木の下にひっそり佇む古びたベンチが私の秘密基地。生徒は全くと言っていいほど通りがからないので、耳障りな嘲りや謗りが一切聞こえてこないし、ベンチで寝転がっても大丈夫。学校中をさまよってやっと見つけたお気に入りの場所だ。


 食べ終わったお弁当箱を包み直しながら、ふと、今座っているベンチに目を落とした。きっと、元はコバルトブルーあたりだったんだろうと思うけど。


「よく見たら、君はなんか私みたいだね」


 骨組みはまだしっかりしているのに、座面や背もたれは長いあいだ風雨に耐えたからかすっかり色が褪せ、まだらに白い粉をかけたみたいになってしまっている。


 周りに生えるイチョウの黄色が鮮やかだから、なおのこと濁ったように見えてしまうのだろう。人知れず静かに消えていこうとしているみたいで、なんだか悲しくなった。


 そうだ、染めて綺麗にしちゃおうかな。実習外での能力行使はいちおう校則で禁じられてるけど、そんなの誰も守っちゃいない。何より誰も幸せになれない力の使い方をしたままで、今日を終わりたくなかった。


 さっそく何色にしようかと、目を閉じて考えた。さまざまな色が浮かぶけど、今日の私の心に強く残っているのは。実は教科書の白より、空の青より、翡翠色――ほんの少し青みのある緑色は、王子様、翠川くんの瞳の色だ。


 するとすっかり忘れかけていた朝の出来事が、頭の中に鮮やかによみがえった。彼はどうして私に笑いかけるのだろう。空の色を尋ねてきたのだろう。あの笑顔を思い出すと、不思議なことに身体があたたかくなる。


『草壁さん、おはよう』


 そうだ、私は彼に笑顔を向けてもらえたことが嬉しかったのかもしれない。真意はわからないし、勝手に読まれてるかもしれないから、心の底から信じることはできないけれど。


 そうして気がつくと、色褪せたベンチはあざやかな翡翠色に染まってしまっていた。私は彼のことをただただ怪しんでいるだけなのに、まるで恋しているみたいで恥ずかしい。


 でも、綺麗な出来栄えに満足した私は、いつものように昼寝をしようとベンチに横になり、目を閉じた。


――その時、こちらに向かって足音が迫ってきた。起き上がる間もなく、私を覗き込んだ人物と目が合う。飛び込んできたのは、鮮やかな翡翠色。


「草壁さん! や、やっぱり具合悪いの? 大丈夫?」


 ああ、今日はなんて日なのだろうと思った。まさかとは思ったけど、やってきたのは王子様――翠川くんだった。慌てて跳ね起きる。


「わ、悪くない! それより君はなんでこんなとこに」


 覗き見だなんて悪趣味だと叫びたくなるのを我慢して尋ねると、王子様は視線をウロウロさせながら口を開く。


「え……えっと。ちょっと先生に頼まれたことがあって。ついでに、イチョウの木でも見ようかなあ……とかなんとか。黄色くて綺麗だなって。あの、もしかして、いつもここでひとりなの?」


「うん……友達いないからね」


 ざわつく私の心を表したかのように、イチョウの枝が風で大きく揺れた。私たちの間に秋の冷えた空気が渡って、黄色い葉が秋の日差しにきらめきながらパラパラ降ってくる。いつもなら心動かされる光景だけど、今は見とれている余裕すらない。


「ああっ、そ、そっか……変なこと聞いてごめん」


 さすがの王子様も、顔を曇らせてしまうとすこし輝きが鈍くなるらしい。いっそひとりでいることを大声で笑ってくれたらよかったのに。そうしたら悪趣味だと罵って追い払ったり、逃げたりできる口実になるのに。


 ああもう、どの先生か知らないけど、どうして彼に用事なんか言いつけたのだろう。それにイチョウの木だってこんな敷地の外れにわざわざ来なくても、他にいくらでもある。


 君はどうしてわざわざ私に構って、今もそんな悲しそうな目で私を見るの?


 聞きたいのに、喉が冷えて固まってしまったみたいに、言葉が出てこない。



「あの、だ、誰にも言わないから。約束するから!!」


 戸惑うしかない私にそれだけを言い残した王子様は、地面に重なるイチョウの葉を巻きあげてしまいそうな勢いで走り去ってしまった。


 私も立ち上がったけれど、まるで足が地面に縫い付けられてしまったみたいに、しばらくその場から動けなかった。




 ……今日は本当なんなんだろうな。


『考える人』というタイトルをつけられてしまいそうなポーズで、私はトイレに座っていた。昼休みの最後は頑張って捻り出すと決めているからだ。


 嫌がらせに関しては、ただムカついているだけだけど、王子様の私に対する振る舞いの数々が意味不明すぎて頭が痛い。それにあそこに彼が現れたせいで昼寝もできなかったから、午後の授業を乗り切れるか心配だ。


 王子のことを考えたからなのか、便器まで翡翠色に染めてしまったのであわてて元に戻す。さっきから便器を染めたり戻したりを何度も繰り返していて、出るものも出てきてくれない。別に私は便秘でもなんでもないのに、心も腸もなんだかすっきりとしない。


 しばらく唸っていたけれど、もうすぐ予鈴が鳴る。大きい方を出すことを諦めて水を流し、個室の鍵に手をかけた瞬間。


「ああああっ!?」


 そう叫ぶしかないほど突然に、ものすごい勢いで天井から水が降ってきた。考えすぎてのぼせた頭は冷えたけど、頭から池に突っ込んだのかってくらいずぶ濡れになってしまった。


 私はじっと白い天井を見つめた。まずは雨漏りを疑ったけど、外はカラッとした秋晴れ。ならば配管の故障か。いや、校舎は割と最近建て替えられたばかりでまだ新しい。


 個室から出てみても、トイレには私の他には誰もいない。そもそも私が入ってから今まで人の気配すらなかった。考え事はしてたけど、さすがに気づかないなんてことはないと思う。


 でも思えば何も不思議なことはない。この校舎にいる生徒は全員が超能力者、そしてその半分弱が、手を触れずとも物体を動かすことのできる念力の使い手だ。


 能力の効果範囲があるはずだし、何よりもこういうことをするヤツは相手の反応を見たいはず。きっとまだ近くにいる――そう確信した私は、犯人を確保すべく廊下に飛び出した。

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