Day20 これにて幕引き、舞台袖
真緒は誰かに手を取られて踊っていた。踊っていたというより振り回されているといった方が正しい。しかし、引っ張られているだけのように感じるのにしっかり踊っている。
ただ足が熱い。下を見ても真っ赤なカーペットが敷かれているだけのはずなのに、熱した鉄板の上をはねているようだ。
――何で裸足なんだ?
足元を見て気が付いたが真緒の足は何も履いていなかった。
顔を上げるとそこには顔の見えない人がいた。顔が見えないのになんだかきれいだと思った。
――誰だ?
腕を引っ張られて、体を引っ張られる。ステップの踏み方なんてわからないから時々足を引きずっている気がする。
時折、体のどこかが痛む。ハッとして痛む場所を見れば何かにつかまれていた。
「っ」
白い骨の手だ。また違うところを掴まれた。赤い手だった。
しかし誰かに振り回されているせいですぐに手は離れていく。
手は自分を掴むとどこかに引きずり込もうとしてるようだった。
足元の赤い絨毯は柔らかいと同時にもろいようで一度踏んだ場所からはがれて崩れていく。絨毯の崩れた場所も赤いが何かに濡れているようだ。何かが煮えるようにぼこぼこと沸き立っている。
――この熱さはあの液体から?
恐怖にかられて握られている手を強く握り返す。目の前の人物は笑ったようだ。
いつのまにか聞こえるようになった音楽に合わせてステップを踏む。目が回るほどくるくる回る。
くるり、くるくる
音楽は終盤に差し掛かり近かった体は離れ最後には手をつないでるのみ。誰かはお辞儀をして、手を離した。
「は」
突然のことにバランスを崩し、踏み外す。絨毯の外、煮えたぎる何かに真っ逆さまに落ちていく。
赤い液面からは幾本ものの手が真緒を引きずり込もうと伸びる。ダンスを踊っていたパートナーは絨毯の淵から顔を出して、笑いながら手を振っていた。
「は」
――
「はぁあぁああっ」
真緒は体にかけられた布団を跳ね飛ばして起き上がった。
体が全身ぐっしょりと濡れていた。急いで確認するが赤い液体ではなかった。ただの脂汗だ。
ほっと胸をなでおろしながらベッドに倒れこむ。
寝ぼけた頭が冷静になって悪夢の影も消えていく。代わりに現状を把握し今日の行動を整理しようとして、眠る前のことを思い出してまた青ざめた。
今一度起き上がると、下半身を確認した。
ある。そして上と下でつながっている。上半身と下半身があって何もなくなってはいない。多分血もしっかりめぐっている。
もう一度ベッドに倒れこんだ。
見覚えのある天井が見える。ここ最近で見慣れた天井、いわゆる魔王城の真緒にあてられた部屋の天井だ。
――生きてる。
真緒が覚えている限りでは、真緒の体は真っ二つになっていたはずだ。自分で真っ二つの体を確認したわけではないが助けようとした人物――魔王にそう言われたのだ。
真っ二つが何かの冗談にしても真緒が致命傷となりうる攻撃から魔王をかばった以上何かしらのけがはあるはずだ。それも致命傷が。
だが大きなけがはなさそうだ。倒れこんだ時に切られた背中が痛むこともなかった。
痛みがあるとすれば体の所々が痛いくらいだろうか。
「……ずいぶん面白い起床だね」
今まで気が付かなかったがベッドのわきに誰かいた。
真緒は驚いて三度目、飛び起きようとしたが今度はだるくて動かなかった。首だけを声の方向に向ける。
魔王が椅子に座っていた。読んでいた本を閉じて膝の上に置いている。
「おはよう」
「お、はよう」
当たり前のようにあいさつをされて、あの都市でのことは夢だったのかと安堵しようとした。
「完全に怪我は治ったみたいだね」
「けが」
「そう。怪我というか、正直真っ二つの致命傷だったから、治ったとしてもすごい時間がかかると思ったんだけど」
「夢では、ない」
「何が?」
純粋に不思議そうにしている魔王を見て真緒は何も言えなくなった。
「……何日たった?」
「ほぼ一日かな」
「はぁ!?」
怪我をして治ったことの不可思議さを隅に置いたとして、あの騒動から一日しかたっていない。
「そう、一日で君はあの致命傷を直して見せた」
「……俺が?」
混乱で真緒の頭は処理に時間がかかっていた。
「あー、俺があの傷を治したってことか?自分で?」
「うん。正確に言うなら肉片を集めて組み合わせてあげたところもあるから君だけの力かっていうと違う気がしなくもないかな」
魔王が顔の前で指を組み合わせて握りこむ。パズルを組み合わせるようにして肉片を組み合わせたらしい。
「……なんで生きてるんだ?」
ずっと疑問に思っていた、最も根本的な問いを真緒が尋ねる。
「そっか、そこからか」
魔王は少し考え込む。椅子から立ち上がって本をおいて、何か板を持って戻ってきた。
「結論から言えば君とワタシは今ある路によってつながっている。“路”ていうのは物体的にあるものじゃなくて魔力とか生命力、存在なんかを移動するみたいな道のこと」
魔王が、何というかかわいらしいといえばかわいらしいけどどこか不気味さのある絵を描く。二つのものをつなぐように線を描いた。つながれたものは真緒と魔王ということらしい。
「ワタシが負けたのは、何もワタシの実力不足ってわけじゃなくてね。君には話したことがあるけどワタシはどうにか魔王をやめるという願いを持っていたわけだ。どういうわけか、これまではそんなことを思っても魔王であるのは変わらなかったんだけどね、今回の戦闘でそれに関する何かが爆発した」
丸を書いて方々から小さな罅を書き入れていく。いつしかその罅はたまって完全に円を破裂させる。
「じゃあ、今回の事件はタイミングが悪かったてことか」
「そんな簡単なことかなぁ」
真緒の反応に魔王は少し納得いってないようだ。
「今はもうお前は魔王じゃないってことか?」
「残念ながらそういうわけじゃない。そう簡単なことならよかったんだけどね」
魔王は板の円をと円の中を示す。
「その時の個人的な感覚なんだけど、殻が割れたせいで中身があふれたって感じだった。殻は魔王の定義で、中身は魔王の力ね。だから殻はワタシに帰属するけど中身だけはどこかに零れ落ちていった感じかな」
「なるほ、ど?」
結果としては彼は魔王のまんまだけど力だけはなくなったってことか。
「魔王の体調は大丈夫なのか?」
意気揚々と説明を続けていた魔王の手が止まる。
「今、なんて?」
「体調は大丈夫なのか?」
いましがたの言葉を反芻する真緒。真緒の記憶では気を失う前に見た魔王も相当の傷を負っていたはずだ。それに加えて魔王の力が無くなっていたというのだから心配位するだろう。
「その前」
「……なるほど」
話を聞く体制に入っていたため、ここからさかのぼると正直自信がない。
「なんで、肝心なところを、飛ばすんだ」
肝心なところを飛ばしたといわれて思考を巡らせるが、どうにも思い当たるところがない真緒は困ってしまう。
「魔王」
魔王が自分のことを呼び始めた。
「そうだな」
「そうじゃないんだよ」
そうじゃないといわれて真緒はそれこそ混乱してしまう。
「はぁ、本当にわかんないのか」
潔く首を縦に振る。機嫌を損ねないためにはと思ってもこれ以上は思い当たらない。
「……魔王っていうのは種族名に値するんだよ」
魔王の言葉を聞いて、真緒は自分が彼のことを直前で『魔王』と呼んだことを思い出した。ここまで来てやっと真緒も彼が何を言いたいのかわかってきた。
真緒の様子に気付いた魔王はにこにこしている。
「えーっと、体調は大丈夫なのか?シン」
正直真緒は恥ずかしくなった。あの時は無我夢中だったせいで恥ずかしいなんて思ってもいなかったが今思い返すと本当にこの名前でいいのかとか迷惑じゃないのかとかいろいろな不安がよぎる。しかし、目の前の魔王――シンの様子を見れば特に気にする必要もないようではある。
「そうそう、その凡庸な名前だよ」
「……自分の名前に凡庸は言わない方がいいと思う」
本当に気に入っているのかわからなくなった。
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