Day18 タイムオーバー
人質に剣を突き付ける女は魔王を憎々しげに睨みつける。
「こんなはずじゃ……おかしいでしょう……」
「こっちとしては人質を全員返してくれればこんなことする必要もないんだよ。それか、お前たちの身代わりがいなくなるまで続けてみる?」
「黙れ!」
女の様相には他の勇者も驚いているようだった。
「わかった、じゃあ」
魔王の手にはいつのまにか剣が握られていた。直美は次の攻撃におびえ剣を落としてしまいそうになる。
「身代わりに瞬間的なダメージを移すことが出来るんだろうけど、物理的にダメージを与えて形を変えた場合どうなるんだろうね?例えば手足を切り落とすダメ時と同時に、切り落としたはずの手を引き離すとか……」
「ひっ」
魔王の気迫に直美の剣はついに手から離れた。
――これで決着、というわけにもいかないか。
勇者連中の最初の勢いはそがれ、今ではどうやってこの場所をどうやってやり過ごすかを考えているものがほとんどだった。この状況は相手側の戦意喪失と考えてもいいだろうが、観客席の一部――貴族連中はそれを許さないだろう。
――これじゃあユウシャサマも見世物にされているようなものだな。
人質の安全の確保を優先するため檻に近づいていく魔王。
「……?」
途中魔王は歩みを止めた。そして空を見上げた。
「っ!」
上空から何かが落下してきた。
――生体反応が一瞬で現れた?この闘技場に何かしら探知の阻害を行う仕掛けがあったのか?いや、慎重に周辺の探知を繰り返していたんだからその可能性は低い、はず。
上空から降ってきたのは人間だった。鎧をまとった騎士の風貌をした男。
「たしか、聖騎士様だっけ?」
魔王もこの男の顔は覚えている。とある教会に所属する騎士だ。
「そちらは、魔王だな」
お互いが何者であるかはっきりした、敵だ。すぐに突撃することなく間合いをはかる。
男は大きな盾を片手に携えてもう片方には剣を持つ。
「なるほど、増援が人間側の切り札か」
「……残念ながら、状況を把握できているわけだはないが、私は彼らからの救援を受けてここに来たわけではない。ただ、その言い分から彼らには今救援が必要ということだろうか」
――……計画の内ではない?確かに事前の調査では周辺に別動隊がないことは確認している。じゃあ本当にただの通りすがり?
「……ケンカを売ってきたのは人間からだ」
魔王は引っかかる疑問を隠しながら余裕を見せた。
「しかし、この惨状を見て見ぬふりはできない」
騎士は一部赤く染まった観客席を見渡す。
「これも、神のお導きである」
魔王も騎士も臨戦態勢をとった。瞬間、二人がぶつかった。
先ほどの戦闘とは比べ物になら無い音。衝撃波が周りすらも吹き飛ばそうと荒れ狂う。
騎士は魔王の攻撃を大楯で防ぎながら自身も剣で攻撃を繰り出す。普通の人間なら支えるのもやっとであろう盾を片手で持ちながら時には盾で殴り掛かる。
魔王の方が身軽に立ち回り盾をかいくぐりながら一撃、剣がかすめる。
しかし、何の外傷も残らない。
「チッ」
「?」
騎士の方も傷が全くつかないことに疑問を持ったようだ。
「一般人を身代わりにするんだから、これじゃあ救援とは呼べないのかな?」
魔王は挑発として騎士に問いかけた。
「……もし何かしらの仕掛けがあるのなら、解除願いたい」
周りを見渡す騎士は声を張り上げて問う。泣き崩れていた少女がびくりと反応するとわずかにうなずいた。
――本当に身代わりを解除した?いや、それにしても……
「バカ真面目す、ぎ、ないっ」
魔王が言い終わる前に攻撃が迫る。とっさによけるが攻撃は続く。
剣戟が再開される。
相手の騎士も確かに強力ではあるが、魔王からすれば負けるほどではないはずだ。向こうも魔王のことを知っているのならその脅威を知らないとも思えない。
確かに勇者の身代わりは面倒極まりなかったが騎士の進言により解除された。能力を一つ奪われているがそれがそこまでの落差をつけるわけではない。
――あの能力はどうやれば戻ってくるのだろう。
さすがに一生返ってこないというのも癪なので今のうちに攻撃を加えれば返ってくるだろうかと、魔王が満の方を見るがすぐに盾によってさえぎられる。
――……この騎士が何かしらの切り札を持っている?いや、予感なんかに引っ張られている方がおかしいのかな。
いまだにくすぶる感覚に腕を鈍らせる魔王。
――……?
魔王は最後に残っている違和感をたどっていく。なぜだかそれは最近のことでもなく、今日よりも前につながっていく。
――なんで今そんなことを思い出す?
思考は止まらず過去のことが思い出される。
――真緒と出会ってから?彼と会ってからワタシは違和感を持っている?
思考が走る中でも体は動く。よけて、いなして、切って、切られて、殴られる。
――違う、もっと前からだ。これは、長い間ずっと潜んでいたんだ。
少しずつ魔王の体のダメージが増えていく。
――そう、違和感。
蓄積された傷に体が鈍くなる。いつもならそんなことはない。傷が増えようと、この程度では負けるはずがない。
「あっ」
しかし、魔王は思考の中で致命的なことに気付いてしまった。
――そう、ワタシが魔王に違和感を持った瞬間からだ。
びちゃ
切られたからだから血が飛び散って、へばりつく。こんな傷程度すぐに直せるはずなのにいえる気配がない。思ったことはある程度何でもできたはずの魔王の能力は一瞬で誰にも知られず砕け散っていた。
ひざを折って座り込み首を垂れる。
――……魔王であることを避けようとした瞬間からワタシは弱くなっていたのか?
「なぜ手を抜いた?」
騎士の怪訝そうな声に顔を上げる。
――それでもワタシは魔王だったろう。この瞬間までほんの僅かな罅があっただけだ。どうして今?
「きみ、が、何か、したんじゃない?お仲間が、隠れて、いるとか?」
途切れ途切れの言葉が魔王の口から血ととともに落ちていく。
「……弁解のようにしか聞こえないだろうが、隠れた仲間もいなければ、隠れて術を使ったわけではない」
騎士は律儀に、誠実に答えた。
――自分がどうしてこうなったかは分かった気がしたけど、タイミングが分からない。
この状況では誰かの介入を疑うものである。
しかし、どんな事情があろうと魔王は今の敗北に違和感がなかった。どちらかといえば納得した気持ちの方が勝っていた。
――もしかしたらこれも、“魔王”という呪縛から逃れる方法の一つなのかな。
差し出すような首に剣が迫る。
振り下ろされる剣の音の後、何かがしたたり落ちる音。
赤い血が降り注いだ。
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