Day17 ここから先は、魔王の時間

 真緒と別れて闘技場の内部に転移した魔王。転移と言ってもそう長い距離ではなく、真緒に追いつけない、ついていけないと思わせるだけの演出でしかなかった。

 闘技場の中心までの短い道のりだが魔王は考えを巡らせる。

――さて、周りに何かしらの罠の気配もない。本当に勇者の戦力だけど魔王を削りきる気なのか?

――よほどの自信だが、そんな能力あるか?強力な能力を引き当てたとしてもこの短期間で制御できるとも思えない。

 真緒を含めた異世界人が召喚されてからざっと一月ほどが経過している。しかし、いくら異世界人が英雄体質という破格の境遇であったとしても、魔王に対して確実に勝てるような強力な能力を一月ほどで制御できるとは通常考えられない。

――それか成長促進型の能力か。それならだいぶ現実味が増すな。

ただそれでも、まだ魔王を黙らせるには物足りない。

――付与、補助特化の能力と基礎値の高い能力。そしてずば抜けた連携か?

 勇者が勇者と呼ばれて、それが勇者を最強たらしめるのだとすれば、魔王だって魔王である以上最強と言えるだろう。そんな平等で、不平等なところも運命ならではだ。

――……やっぱりほかの要素も考慮に入れるべきだな。

 魔王側が手に入れられたのは勇者の人数と性別くらいだ。人数は六人と報告されており、誰かさんの報告とは異なっていたが。

――周辺にこれといった大きな反応はなかった。なら内部かと思ったが、この先の闘技場に中心に六人分の反応。後方に密集して、これは魔族の反応。

 意識を目的地に集中させると感じられる大まかな状況。全員が無事かは確認してみないとわからないが人質はいまだ生きているようだ。

 状況を確認してもこれと言って決定的に魔王を脅かすものはないように感じ、魔王は首をひねった。

――まぁ、ただの感でしかないのは本当だしな。

 先ほどは真緒にあそこまで心配されたが、予感なんてものは本当にただの感でしかないのだ。ただ、少し当たりやすいというだけで。

 どれほど思考を巡らせても己の中の違和感を解消することはできない。前方の方が明るくなってきて時間切れを知らせる。考え込むのをやめて前方の景色に集中すれば開けた場所に六人の人影がくっきり見えた。

 開けた場所をぐるりと囲うような観客席から大きな声が上がる。それが歓声であろうか、罵声であろうが魔王には関係なかった。彼らは一方多岐に餌が飛び込んできた蹂躙ショーを期待しているのだろうか。

 どっちにしても、ここからは先は、魔王の時間だ。


「わぁお、ずいぶんと手厚い歓迎じゃないか」


 広場に姿を現した魔王に観客席は沸き立つ。魔王に罵倒を飛ばす人間もいれば、勇者と呼ばれる六人に向かって歓声を送る声もある。わずかだが直接目の当たりにした魔王の姿に恐怖の声をあげる者もいるようだ。

 召喚された勇者は六人。好戦的で戦闘狂の気がある青年、京也。正義感の強い好青年、輝。そして後ろから冷静に状況を見ている青年、満。勝気な少女、麗華。清楚な見た目をした少女、直美。うつむきがちな小柄な少女、リリア。

 正確に一月前に召喚された異世界人は七人なのだが、もう一人のことはこの場に集ったほとんどの人間が記憶していないので割愛する。

 彼ら六人はこの一月を仲間として過ごし訓練に励んだ。それにより連携もうまく取れるようになったし、何より自身の能力の向上による優越感は隠せない。

 そんな勇者たちの後ろには人質が捕らわれた檻がある。


「君が、魔王か?」


 一歩前に出た輝が剣の切っ先を魔王に向けながら問う。


「そう。話をする気があるのなら初対面で剣を向けるのはどうなの?そうじゃないならおしゃべりなんかせずに切りかかってきてもいいんだよ?」


 笑みを浮かべながら魔王は指先を六人に向ける。魔王の行動に怒り、恐怖など様々な感情によって臨戦態勢をとる六人。


「ハッ」

「待て、京也!」

「もう!」


 魔王を笑い飛ばし突撃してくる青年。それを一人が止めようとするが、仕方なしに追従するようにもうひとりが前に出てきた。

 左右から魔王に切りかかるが簡単に受け止められる。二人ともそこまでは予想道理だったらしく特に驚く風でもない。


「京也、麗華!」

 名前を呼ばれた二人はすぐさま飛びのく。真正面、最初に魔王に剣を向けていた青年に光が集まる。


「はぁっ!」


 魔王が手を横に振ると輝が放った光線は一瞬でかき消された。


「!」


 驚いてる勇者に対して魔王は手を伸ばす。

パンッ

 魔王は上下からものを押しつぶすように掌を合わせた。


「きゃぁぁぁ」


 観客席の方から悲鳴があがった。そちらを見れば何かが赤く染まっているのが見える。魔王の視力からは押しつぶされたようにひしゃげた人間がしっかりと見えた。

――身代わり?確かにワタシは目の前の勇者の方をつぶした。

 勇者の方を確認すれば何人かが顔を青ざめさせる。しかし外的な損傷は無傷だ。


「貴様っ!よくも罪のない人を!」

「君たちが何かしらの術を使わなければ彼らは死ななかったんじゃない?ワタシはこれでもしっかり一騎打ちに応じてるんだけどな」


 魔王は六対一だろうがそれを許容して戦いに挑んでいる。そのうえで他の人間を身代わりに選んだのは彼らの方だ。


「う、ううぅ、うわぁぁ」


 一人の少女が崩れ落ちて泣き出してしまう。ごめんなさい、ごめんなさいと謝罪の言葉を繰り返している。

――なるほどあれが呪術師かな?

――でも、術師が分かったところでダメージが通るかどうか。身代わりが発動する条件が何かだな。

 魔王がもう一度手を伸ばす。その光景に観客席の方から悲鳴が上がり、我先に逃げ出そうと混乱が広がっていく。


「鎮まれ、鎮まらんか!」


 上の方から憤りの声が聞こえてくる。観客席に控えていた兵士たちが人々を押さえつけている。

――貴族連中もここにいるのか?なら犠牲者は選択することが出来る可能性がある。そして観客席にいる多くが餌にするための一般人か。

 周りを確認しながら、今度は横に腕を薙ぐ。


「きゃ」

「う」


 今度はわずかな衝撃が勇者たちにはあったようだが、外傷は残らない。そして前回と同じように客席から悲鳴が上がる。


「うん」


 魔王は次に最初に攻撃を仕掛けてきた男の背後に回る。男は何の反応もできないまま腕を取られて、ねじられた。


「くっそ」


 観客席から悲鳴。

――術などによる間接的なダメージだけでなく直接的、物理的なダメージも押し付けられるか。

 そのまま男を上へ放り投げた。


「がっ」


 男の落下を見届けると次は違う場所から悲鳴が上がる。

――落下は加害か自傷かどちらに入るか微妙だな。同じ人間に連続でダメージがいかなかったのはランダムだからなのか。それとも一回しか標的にはできないのか。


「もう、やめてぇ」

「リリア!絶対に能力を解くんじゃねぇぞ!」


 悲鳴に耐えられなくなったリリアに対して絶賛攻撃を受けている京也は怒号を飛ばす。

――ストックが切れるまで攻撃を続けるか、直接人質を助けるかだけど。

――人質が行方不明者の人数より少ない。全員が生存していない可能性は考えていたけど、あれで全員かどうか。

 魔王は先ほどよりもゆっくりした動作で横に腕を薙ぐ。攻撃とみなされなければ勇者たちに接触はできるため、まずは彼らを拘束して人質のもとへ行く。


「おや?」


 しかし、魔王の思惑はうまくいかず勇者たちに干渉できなかった。

 魔王が手を観察している背後から人影が迫る。しかし魔王はそれをわずかな動きでかわした。


「能力を封じたのか」


 仕掛けた男を見ると次には腕を薙いでいた。

ガシャン

 闘技場の壁の一部が崩れる。崩れた壁に巻き込まれて何人かが広場へ落ちそうになる。それを見て満は驚き、勢いもあり体勢を崩す。

――能力を、奪った、か。


「なれない力は使うもんじゃないよ」


 魔王は満を殴り飛ばす。やはりダメージは入らないが、移動はするらしい。

――もう一人は攻撃してこないのか。光線を放った奴に対して何かしらの術を使っていたようだから後方支援かな。

――能力も、バランスも悪くないはずなのに圧倒的に経験が足りない。なんでこんなに急いで仕掛けてきた?


「止まりなさい!」


 声の出どころは人質に剣を突き付けた最後の一人だった。

――前言撤回。最後の一人も攻撃的だったと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る