Day16 魔王のジカイ

「ここまで決意や意思表明してくれたところ悪いのだけど、なんだか今日は悪い予感がするんだ」


 しっかりとした一歩で門の中へ入った真緒に魔王が忠告した。

 正直そんなふわっとしたものを忠告と受け取っていいのかどうか微妙なところではあるが、それを聞いた真緒としては茫然としてしまう。


「は!?なん、なんだそれ」

「単純に予感だよ。でも、当たることは多い」


 魔王は周りを見渡して門を二人目が通ったことによる変化がないかを観察しながら答えた。真緒にとっては予感なんてと一蹴してしまいたいところがあるが、魔王の能力を把握していないため予感にすら何かしらの根拠があるのではと勘ぐってしまう。

そんな真緒をおいて魔王は遠くに見える大きな建物へと足を向けた。あの建物が闘技場なのかとあたりをつけながら真緒も続く。


「そういえばなんで闘技場に直接飛ばなかったんだ?」


 真緒たちが転移したのはスタールポルカの近くの森だった。


「敵陣に直接飛ぶなんて危険極まりないだろう」

「そっか……」

「あといったことのある、知ってる場所の方が転移しやすい」

「……」


 魔王と話をしながらふと疑問が浮かぶ。


「こんなにゆっくりしてて大丈夫なのか?」

「何かしら催促があるのなら向こうから接触してくるか、何かしらのアクションを起こしてくるだろう。情報をよこしてくれるならそれはそれでありがたい」


 勇者との決闘と銘打たれている以上最も必要な情報は勇者の能力だが、さすがに重要機密として秘匿されていたため情報がほとんどない。

 そんな中で敵地に足を踏み入れたとなると、真緒は今の危険な状況をようやく実感した。


「……なんでついてきたんだい?」

「いやだから」


 真緒の怖がる様子にまたもうは呆れているのかと思って魔王の方を見るとどこか真剣な顔をしていた。


「君は自分のせいでワタシがここまで来たって思ってるんだろう?」

「……あぁ」

「どうしてそう思った?」


 真緒は夜の庭での出来事を思い出した。魔王を同じ人間のように感じた瞬間。そしてあの何を考えているかわからない表情。彼をそうさせた直前の真緒の言葉。


「“魔王”の話をしたときお前はなんだか、よくわからないけどなんだかこう、機嫌が悪そうだった」

「……」

「だから俺は何か言っちゃいけないことを言ったのかと思って……」


 魔王はその時を思い出しているのか遠くを見つめる。


「……ワタシが君と最初に会った時、なんていったか覚えてるかい?」

「あぁ、えっと。“ワタシが魔王だ”?」

「自己紹介を聞き返したように見えた?」


 魔王の相変わらずの態度に真緒はどこか安堵しながらふてくされる。


「ワタシは世界平和を目指すって、そんな感じのことを言ったんだよ」

「世界平和」


 あまりにも今の状況と似つかわしくない言葉を真緒が繰り返す。そうだ、最初に会った時も真緒は似たような感想を抱いていた。


「魔王が必要じゃないほど、世界を平和にしたいんだ」


――魔王が必要じゃないほど?

――それは自分の存在すら否定していることになるのではないか?


「そう、魔王なんて存在は否定したいのさ」


 笑みを浮かべながら、真緒の考えを読み取るような返答をする魔王。


「お前は……」


 思い返してみれば魔王のあの冷たさを実感したのはいつも彼が『魔王』であることを真緒が述べた時だった気がする。

――魔王であれば、魔王ならば。

 真緒は自分が言った言葉を反芻する。


「運命力って言ったのを覚えているかい?結局のところ魔王という存在も運命力によって捻じ曲げられた存在ってわけだ。しかも超自然的で生まれながらの運命力」


 運命力の話をしていた時、魔王はそれを呪いのようだと言っていた。


「存在の定義の外力、だっけ?」

「そう定義されて生まれるから、それ以外の意味なんてない。確かにこの力もそれなりに好き勝手出来ることも“魔王”であるが故なんだろうけどさ、ふとした時にどうしようもなくその役割が嫌になる。単純に誰かにすがられて乞われるのとは違う感じ。素の自分があったとして同じように動くか、はたまた全く異なることをするのかなんて考える必要もないところがむかつく。自分の選択ですら、自分の選択ではなくなる」


 これはきっと魔王が長年抱えてきた自己の中の矛盾。それを仕方がないと感じると同時に、仕方がないことすら決められたことだったと繰り返す矛盾。


「そこでワタシは考えたわけだ。“魔王”をやめることが出来ないなら、魔王が必要ないような状況になればいいってね」

「……だから世界平和?いや、でも平和になったところで統治者は必要だろ」

「知らないのかい?外敵がいなくなれば次は革命だ」

「それはまた敵が出来ているだけじゃないか?」

「でも、魔族は魔王を必要としなくなる」


 屁理屈なような気がするが、魔王は自信満々に言い切った。


「まぁ、其れが成功しないならほかの方法を考える必要がある。でも魔王をやめる方法が思いつかないくらい途方もないなら、魔王が必要なくなるための思いつく限りのことをしてからでもいいだろう」


――それだけ自分の意志で『魔王』に抗おうとしているのにどうして今回の挑発にのったのか?

――勝てる自信があるから?


「俺のせいで。俺が、お前に……」


――魔王であれと訴えたから?


「うぬぼれるなよ」


 俯く真緒に魔王の冷たい声が浴びせられる。


「ワタシが選んだことだよ。よしんば君の意見に動かされたとしても、最後に決定したのはワタシだよ。“魔王”じゃなくてワタシだ。そうでないとこんな危険なところにくる意味はないだろう?」


 魔王が真緒に時折見せた楽しそうな表情は魔王の素だったのか、それともあれも『魔王』なのか。あの夜の笑っていた魔王に、冷たい表情わした魔王。それらを完全に区別することはきっと魔王にも、ましてや真緒にもできやしない。きっと魔王はそれを理解しているからこれ以上何も言えない。どこまでが『魔王』でどこまでが魔王かだなんて真緒には聞けなかった。


「少なからず真緒、君には絆されていたんだろうね。異世界人と仲良くすることなんてほとんどないから。多くが人間側に魔王を倒すものとして呼ばれるばかりでね。だから……ワタシがワタシであれたと感じたのかな?情けない君ではあるがその点は、ありがとう」

「ひとこと余計じゃないか。……なんか、今生の別れみたいだ」


 振り返って魔王がにっこりと笑う。話しながら歩いていていつの間にか大きな建物――闘技場の前にまで来ていたらしい。静かな町に対して、建物の中からは小さくだが人々の声が聞こえてくるようだ。


「今生の別れだからね!」

「は?」


 両手を広げながら晴れやかに笑う魔王に真緒は困惑した。


「言っただろう?何か嫌な予感がするって」

「それは、街に入った最初に言ったことで」

「そう、だからこれから先は危険なわけだ。この道中で何かしらの罠があると思ったんだがそういうわけでもない。歩きながら周りを探知しても特に危険はなさそうだったから帰り道の安全くらいは保障できるだろう」

「帰り道が安全なら」

「君は安全にこの町から出られる」

――“君は”?お前はどうするんだ?

「ここから先はワタシだけで行く。君が付いてくるのはここまでだ」

「ただの予感だろう?」

「ただの予感だよ、当たるかどうかは別としてね」

「なら」

「ここから先、君を連れていて良いことなんてないだろう?もし視界の端に入って、“あぁ、あぁの人間のことを守らなければ!”なんてことになるのはごめんだ。君だってほぼ確実に死ぬ可能性がある場所に赴くより、生きることのできる可能性がある方を選ぶべきだろう。あっ、もし帰り道で死んだとしても恨まないでくれよ。責任のない命に対して安全確認をしてやっただけでも十分と考えるべきだ」

「……死ぬのか?」

「……さぁ、どうだろう」


 真緒にとってはいつものつかみどころ無い魔王の様子なのにとても嫌な予感がするのだ。魔王の予感が感染したようだ。


「……魔王が死ねば、魔族は、ほかの連中はどうするんだ」


 こんな時まで魔王に他の奴らの心配をさせるなんて、真緒も僅かな躊躇いがあったがなりふり構わなかった。


「はぁ、どうして死ぬ前提で話を進めるの。それに万が一死んでも保険があるって言っただろう。大丈夫、確かに人間との関係において少しの後退はあるが敗北はしない」


 好き勝手にしているように見えて『魔王』なのだから後先考えていないわけではないと述べる姿が、真緒にはどこか優しくも残酷に見える。


「それに、魔王が死んだところですぐに新しい魔王が生まれるさ」

「……は?」


――魔王はお前だろう?

 一瞬、魔王が言っている意味が理解できなかった。でもきっとそれは目の前にいる魔王が死んだところで新しい“魔王”はすぐに生まれるという意味で。

――でもそれはお前じゃないだろう。

 でも彼には魔王という名称しかないのだ。


「運命が勝手に魔王を決めて生かすのなら、勝手に死んだとしても尻ぬぐい位してもらわないと、割に合わない」


 闘技場の中に入っていく魔王に追いつこうとするが、真緒の足は動かなかった。


「ここから先はさすがに危険だ、ついてこないように」


 はっきりとした拒絶の言葉が前を行く魔王から聞こえる。


「最後に何て言おうか考えていたんだけどね、これだけは言うべきかなって」


 もう一度、今度こそ最後に魔王が振り返る。


「じゃあね、真緒。良い異世界生活を、楽しんで」


 次の瞬間には魔法のようにふっと魔王の姿は消えていた。

 闘技場内部から聞こえてくるかすかな声が、何かをあざ笑っているようだ。

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