Day11 騒動の前の

 真緒が転移してきて数日経った。初日以降も同様に訓練を続けている。しかし、相手は最初の時にあったメイドのアレーニェではなく鎧を着た兵士などだ。その中には一目で真緒の世界では見ないであろうわかりやすい魔族、ぱっと見は人間と区別のつかない魔族がいた。一番に真緒を驚かせたのは単純な人間も混じっていたことだ。

 純粋な人間はこの場所では珍しいようで真緒の世話をするようにと紹介された少女はアレーニェと同じようなメイド服を纏っており、活発だが圧の強くない優しそうな少女だった。この世界に来て圧の強い美人しか目にしてこなかった真緒としてはほっとしたと同時に、普通の男児としての心がくすぐられてドギマギしてしまった。


「真緒さん!」


 今日もなんの成果があるかはわからないながらルーティーンとしている訓練を行おうと訓練場に向かっている最中後ろから呼び止められた。ブロンドのショートカットの少女――彼女が真緒の世話を任された純粋な人間のジャンヌだった。


「おはようございます」


 真緒が足を止めたことで足早に来たジャンヌが隣に並ぶ。


「お、はよう、ございます」


 純粋な緊張から言葉がつっかえてしまって、真緒自身かっこがつかないと自覚して頬に熱がさすが、ジャンヌは気にせずにもう一度優しい笑顔を浮かべるとゆっくりと歩き出した。真緒もそれに続く形で再び歩き始め、並んで歩く。


「きょうは、ゆっくりなんですね」


 手持ち無沙汰で手をいじったりキョロキョロ周りを見渡したりと不審だった真緒は意を決して話題を切り出す。

 給仕であるジャンヌはいつもはもっと早い時間から行動を始めているようでこの時間に真緒と一緒になることはほとんどないのだ。


「へへ、ちょっと寝坊しちゃったんですよね」


 ジャンヌは照れたように笑いながら頭を触る。確かに彼女の髪はそこまで目立たないがいつもより少しだけ乱れていて慌ててた様子が浮かぶ。

 2人で歩いているとすれ違う文字どうり色々な顔にジャンヌは挨拶を返す。時々、隣にいる真緒にも挨拶をする魔族も居た。

 ここ数日で訓練に少しだけ参加するようになったためかジャンヌほどではないが少しずつ城の住人に馴染んできたと真緒は思う。

 しかし、それと同時に全く成果を出せない自分にもやもやとした劣等感を感じていた。初日以降、魔王にあっていないがいつ彼に追い出されるかわかったものではない。もし追い出されたとしてもと思って訓練を続けているが正直そこまでの成長を感じない。訓練に参加していると言っても兵士たちにとっては取るに足らない相手であるのは明白でいつもコテンパンにやられていた。

 ジャンヌとぎこちない会話を交わしながら真緒は訓練所へ向けて歩いていた。その後ろから何かどよめきがやってくる。

 ジャンヌと真緒は後ろを振り返るとちょうど人だかりが割れ魔王がその中心をこちらに歩いてくるところだった。

 魔王を目にすると魔族たちは膝をついたり、頭を下げたりと各々の礼をする。ジャンヌも腰を折頭を下げる。


「ちょうどよかった、ジャンヌ、君も来い」


 真緒は身構えたが魔王は彼に用があったわけではないようで、ついでとしてジャンヌを呼んだ。


「はい」


 ジャンヌは今一度深く礼をすると彼らの横を通り抜けていく魔王の後についていく。他にも何人かの魔族が魔王の後に続いていた。


「ちょっと、待てくれ!」


 特に興味もないように横を通り過ぎて行こうとした魔王を真緒が呼び止める。その声に魔王が振り向くと同時に後ろについてきていた威圧感のある魔物たちの視線が真緒に刺さる。


「何だ」

 魔族の視線に気圧される真緒のことなんてどうでも良いとばかりに無機質な声が魔王から帰ってくる。


「何が、あったんだ」


 魔族の視線を気にしながら微かな声が真緒から漏れる。なにか間違った言葉を続ければ周りの魔族に直ぐにでも殺されそうだと思いながらも、何か異常なことが起きていることを真緒は感じて尋ねた。

 魔王から関係ないと言われてしまえば真緒にはそれ以上首を突っ込むことができないとはわかっていても、ジャンヌも騒動側にいるのなら今聞かなければきっとそれを知ることはできない。この世界に来てわからないだらけだったがこの時だけはなぜか真緒はそれを受け入れなかった。魔王から前にナゼナニ君などと揶揄われたことを思い出す。


「……いいよ、ついてくるといい」


 魔王のしばしの思慮の後、真緒の予想とは異なる言葉が返ってきた。


「え」


 呆気に取られた真緒にこれ以上配慮する気はないらしく魔王はまた歩み出す。それに続いて魔族たちも興味をなくしたように真緒から魔王へと視線を移しついていく。

真緒は直ぐに正気を取り戻すと行列に遅れないようにと足早に後を追う。

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