Day10 訓練、特訓、結果

 乾いた笑いをこぼしていた真緒を今度は怪訝そうにしながら魔王咳払いをして仕切り直す。


「正直、君から情報を得ることができないとわかった以上」


 中途半端なところで言葉を切って真緒を上から下へ観察する。

 その視線に真緒はぎくりと身を固める。先ほどまでの少し距離の縮まったと感んじられる時間があったとしても、真緒の立場は利用価値で計られている事は変わらない。


「……何か能力があるんだっけ?自分の能力くらいは知っているだろう」

「……」


 特殊能力なんてないからこそ追放されたのだという真実を今ここで話していいものか真緒は迷っていた。

――魔族の領地でも放り出されるか?いや、人間はこいつらにとって敵ならここで放逐することはない?


「はぁ……確か“自分に何ができるのかの解明の手伝い”だっけ?」


 まさか魔王の方から助け舟を出されるとは思わなかったが、真緒は必死に頷いた。


「明確さがなさすぎてそれこそどうするべきかって思うけど……あぁ」


 良い案でも思いついたのだろうが、魔王の浮かべている顔はどこか悪意があるように見えた。


「とりあえず、異世界人の特性を利用していこう」


――


 発言に疑問を発する前に部屋から出て行く魔王に仕方なくついていく真緒。自分のペースでしか動かない人物であることは少しの付き合いで理解し始めてきた。

行き着いた場所は外に面した廊下に接するひらけた場所。真緒は直感的に訓練場を連想した。

――ここで特訓でもして何かを試せってことか。


「なぁ、異世界人の」

「アレーニェ」


 周りを見渡してこれからの行動に当たりをつけながら魔王に聞けなかったことを聞こうと口を開いた真緒だが、魔王の呼びかけに遮られる。しかし、魔王によって呼ばれた名前は真緒には聞き覚えのないものだった。


「はい」


 意図を問おうとした直後、真緒の背後――真緒達が来た方向から女性の声が聞えた。

 真緒が後ろを振り返るとクラシカルなメイド服を着た女性が立っていた。


「い、つのまに」

「部屋を出た時からいただろう」


 部屋を出た時なら廊下を通ったはずなのに、反響するはずの廊下でも真緒には足音なんて聞こえなかった。


「異世界人の特性について知りたいんだろう?」


 真緒の反応なんて無視して進んでいく話に真緒は頷くしか無かった。


「異世界人は何かを成した時に効率よく経験を得る。そして効率よく経験が何かしらの状態として反映される」


――効率よく経験を得て、経験を効率よくステータスに反映することができる。それこそ、ゲームみたいじゃないか。


「一部ではこういった異世界人のお得な法則を、“英雄体質”とよんでる」

「……英雄」


 真緒の胸中は期待、ワクワク感で満たされていた。ゲームのようなシステムのある世界ならば自分にもできることが多いのではないか、と胸を膨らませる。


「まぁ、戦闘系の技能でないのならあんまり意味はないんだけど、強くなる事は君も嬉しいでしょう」


 真緒は大きく頷いた。


「という事で、そこにいるアレーニャに君の相手をお願いしようかと」


 先ほどのメイドを魔王が指で指す。


「あんた、魔王はやらないのか?」

「あのね、これでも色々忙しいの……今は特にね」


 最後の方は声が小さくて真緒には聞き取れなかったが魔王という肩書きは予想通り忙しいらしい。


「アレーニェ、死なない程度にいや怪我しない程度に……動けなくならない程度に相手をしてくれ」


 魔王はなんだか物騒な言葉を残しながらさっていく。

――この場所で特訓をするということは、やはりここは訓練場で良かったのか。

 真緒が呑気な事を考えながらアレーニャと呼ばれた女性に向き直ろうとした。

ヒィィン

 何かが通り過ぎる高い音がした。真緒は頬に熱を感じて触れるとぬるつく何かが手につく。手を目の前に持ってくるとそれが赤い液体であると確信した。


「はっ?」

「お聞きするのですが、魔王様のお話から普通の人間強度ということでよろしかったでしょうか?魔王様からは動けなくならない程度にと言われております。今一度確認しますが、どの程度で動けなくなるかお教え願えますか?」


 特に変わらぬ無表情のメイドが告げた。


――


「はい」


 仰向けに倒れ込んでいる真緒の眼前に薄いガラス板のような物が差し出される。声だけでそれを差し出したのが誰なのか真緒は察して、その人物を睨む。しかし、予想通りその人物は真緒の反応なんてどこ吹く風で板ガラスを振って早く受け取れと催促してくる。


「これで君の状態を確認できる」


 魔王が差し出したガラス板について簡素な説明を加える。真緒は手を伸ばしてそれをどうにか受け取った。

 仰向けに寝転んだまま触れても特に何も起きない板を月にかざす。この訓練場に来た当初は太陽が空にあったはずなのにいつの間にか月へと役割を手渡していた。


「何も、起こらない、ん、だが?」


 途切れ途切れにやっとのこと真緒は言葉を告げた。仰向けで寝転んだまま動こうとしない――動けない真緒の体は細かな傷や痣が浮かんでいた。魔王の命令通りメイドは真緒を動けなくならない程度に痛めつけた。正確に言ってしまえば動けなくはないのだろうけどこの状態で普通の人は動きたいとも、動けるとも思わないだろう。


「少し力を込めるんだ。物体が応える程度に」


 少し抽象的な話だったが自棄になってる真緒は言われた通り触れている指先に力を込めて触れた。

 するとそこまで力を込めていない筈なのに板の表面に罅が入ったと思ったらそれらは板の中で最初とは異なった法則で並びだし、文字を形作った。


「っ」

「一応他の人には見えないようにしてあるはずだから安心するといい」


 まじまじと板を眺める真緒に魔王が捕捉する。


「で、何か変わった?」

「え」

「最初に見た時から、何か変わった?」

「えっと」


 板を眺めるだけで何も言わない真緒に対して痺れを切らした魔王が質問するが、やはり煮え切らない答えに魔王はため息をつく。


「多分、変わってない。というか……正直、見方がわからない」


 そう言いながら真緒は魔王に自分のステータスの表示されている板を渡そうと手を伸ばす。しかし魔王は直ぐには受け取らず驚いた顔をしてその板を眺めていた。


「君、それをワタシに見せても良いのか?」

「あっ、いや、うん、もう良いかなぁって」


 疲れたような笑みを浮かべる真緒。仰向けの真緒からは上下反転して見える真緒の顔には何処か嫌悪感が滲み出ているが、真緒には気が付く余裕はなかった。


「“許可する”って言葉にしろ」

「え」

「ほら」

「きょ、かする」


 その言葉を聞いて魔王は板を受け取る。他人に自分のステータスを見せるための儀式みたいなものか、真緒は板を見る魔王を見ながら漠然と考えた。


「そうだね、何かしら特殊な技能が増えた様子はない。他の細かいところに関しては前の状態がどうか知らないから変化についてはわからないけど評価は平均的な人間と同じくらいだね」


 意味を理解する魔王が読んでも平凡という評価が返ってくる内容であった。


「……はぁ、期待するだけ無駄だったて訳か」

「まぁ、今回はどう見ても一方的に攻撃されただけみたいだし……状況が限定的すぎて断定はできないだろう」


 魔王の慰めのような言葉に真緒は乾いた笑いをかす。正直言って色々ありすぎて今日は疲れてしまったのだと思う事にした。

 その後先ほどの部屋に真緒は戻った。一応客間のようなものらしくそこで寝泊まりする事になった。

 こうして真緒の体感一日は終わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る