Day8 自己紹介と情報開示

「待て、人数は五人だ。隠れて見えていなかったなんてことがない限りは……」


 確信を持って告げられた言葉の最後についた補足には自信のなさが現れていて、魔王は怪訝な顔をする。

 真緒としては少しでも自身の価値を証明して身の絶対的な安全を確保しなければいけない。それなのに今のところ全くもって相手にとっての利点を示せていないのだ。少しでも自信尾ある情報を押していくしかないだろう。


「5人。連中も痺れを切らしたかな」


 魔王の呟きを聞きながらふと以前にした質問を思い出した。


「そういえば前にもどうして俺以外にも召喚されているのかわかったのかて聞いたけど……」


 そろりと疑問を口にしながら魔王の方を伺う。


「今そんなこと気になるの?」


 魔王にとっては今も話を簡単に済ませてしまいたいという状況は変わらないというのに、真緒の脱線しすぎる質問に呆れた顔をする。


「……もしお前だけを召喚しているのならそんな簡単に捨てないだろうと思ったからだよ。スタールポルカでは異世界の召喚術が確立されてそれなりの頻度で行われているとしても消費する資源としては安くない。召喚が行われてからそんなに時間が経っていない状況で唯一の成果を見限るのは流石に損害が大きすぎるだろう?」

「召喚が行われたタイミングがわかるのか……」


――それがなければ俺を見つけることもなかったんだから当たり前か。

 魔王の言い分に納得した真緒だった。


「そう、それで複数の召喚が行われてたって気付いたんだ」

「ん?」


 先ほどの推理なんて無視したような結果の分かりきった方法。真緒は咄嗟に魔王を睨むが死を出してこちらを小馬鹿にしたような魔王を見てより一層怒りが募る。


「お前……」


 諦めの境地にあったとしてもやはりむかつくもので、真緒の声色に怒りが滲むがやはり魔王にはどこ吹く風である。


「ワタシも困ってるんだよ。お前が毎度毎度それた質問ばかりする。お互いそんな仲良しこよしがしたいわけじゃないだろう?」

「あのなぁ、あっ」


 言い返そうとした真緒の言葉が突然止まる。


「何か?」


 今一度くってかかってくると思っていた魔王は不思議そうにする。


「そう言えば、お互い名前すら名乗ってないと思って」

「名前?」


 そう、魔王とそれなりに――この世界に来て一番話していることは確実なくらいに対話をしておいてお互い自己紹介すらしていないのだ。


「それとも名前を教えちゃいけない風習とか理由とかあるのか?」


 魔族をモンスターの類と認識している真緒は名前によって封印されたりする怪物を思い浮かべた。


「いや、そんなことはないけど」

「じゃ、今更だけど、俺は成美真緒。成美が名字で真緒が名前だ」


 この見下す態度も少しは距離を縮めれば変わるかもしれないと思って友好的に魔王に笑いかけるが、魔王はそれをどうでも良さげに見ていた。


「ふーん」

「……いや、お前は?」

「何が?」

「名前だよ!」


 自己紹介とは互いに名前を名乗るものだと認識していた成美にとって一向に名乗らない魔王の態度に形作っていた笑顔が引きつり最後には語気が荒くなる。


「魔王」

「は?」

「魔王」

「……もしかして、魔族には名前とかないのか?」


――先ほどの会話から名前については認識していたようなんだが。


「いや、同種族で複数個体がいるのなら個別に名称――名前を与えた方が合理的だから名前はあるよ」

「じゃあ、お前の名前は」

「魔王」

「……魔王って名前の魔王?」

「間違ってはいないけど、それ以前の問題として魔王はワタシ一個体しかいないんだよ」

「……魔王は一個体だけだから、魔王?」

「そう」


 魔王の言いたいことは何となく理解できたがそれでも真緒の中ではなぜかそれに釈然としなかった。魔王の方も何だか機嫌が悪くなったようだ。


「それに、魔王に名前をつけてだれが呼ぶんだい。彼らが望んでいるのは魔王だよ。だから魔王でいい」


 “彼らが望んでいるのは魔王”という言葉に真緒は首を傾げた。


「魔王は魔族の支配者なんだよな。王様みたいな」


 名称に含まれるように魔族の王であるから魔王。望まれての魔王というからにはよほどいい王様ということだろうか。


「魔族の、もしかしたらこの世界の何物よりも強いかもね、魔王は」


 どこか自身のことではない、離れたところにある“魔王”について話しているような感覚を覚えてしまう物言いに余計真緒は混乱した。


「魔王が何者よりも強いのは統治者として生まれたから。魔族の中では強いやつが偉いから。だから統治者として作られたやつは強いのさ」

「作られた?」


 魔王の成り方について真緒はそこまで詳しくないが作るものであると認識はあまり無かった。


「命があってそうあれと望まれた故の運命力がある」


 運命力――存在の定義の外力。先ほど魔王から聞いた言葉であり、未だによく分からないと思っていたもの。


「だから魔族を統治する責務がある。それが魔王であり、ワタシがそれ以外ではない理由だよ」


 魔王はどこか皮肉げに笑ってみせた。

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