Day7 情報交換開始

「さて、こんなくだらないことに時間を使ってないで話を進めようじゃないか」


 魔王はテーブルに置いてある本を軽く叩いて示す。


「一応基礎的な知識の書籍を持ってきてはみたがその様子では文字が読めるかも怪しい、そして読むのにも時間がかかりそうだし、理解にも時間がかかる恐れがある」


 散々な物言いに真緒は怒りに震える。


「そこに立っていても始まらない、座るといい」


 長い話になりそうだからね、と魔王が不満そうに漏らすが、真緒は周りを見渡して首を捻る。


「座るって、どこに」


 椅子は魔王が座っているものが一脚あるのみで、ベッドに腰掛けるにはお互い距離が空きすぎてしまう気がする。


「どこって」


 魔王の指先が地面、床を指す。


「敷物が敷いてあるんだからいいだろう」


 確かに床にはしっかりと整えられた柔らかい敷物が敷いてあるが、自分は椅子に座っているくせに客人――と呼べるかは未だ定かではない――を床に直に座らせるとはどういうことだと真緒は何度目かの怒りを覚える。しかし、ここまで来るとこの魔王というのは名前の通りに尊大で意地が悪いやつなのだと理解した真緒は努めて腹を立てることのないようにと自分を律する。真緒は自分が大人な対応をすることでこの怒りを収めていると納得することにした。

 真緒が床に座ると魔王はペラペラとページを捲っていた手を止めて真緒に向き直る。


「さて、じゃあ仕方がないから順を追って説明しよう」


 魔王が話始めるのを真緒は待っていたが一向に次の言葉は出てこなかった。


「あの」

「何で黙っているの?」


 魔王が不思議そうに真緒が思っていたことと同様のことを話す。


「何でって、おまえが順を追って話すって言ったんだろう」

「順を追っても何もおまえが何を知らないかもワタシは知らないのに?」


 まぁ全てのことを知らないんだろうけどね、と相変わらず余計な一言がついてくるなと真緒は魔王を睨むが魔王は全く気にして居ない。


「出来事を順を追って思い出して、疑問に思ったことを口にしてごらん」


 また手持ち無沙汰になった魔王が本のページを意味もなくめくる。

――順に、思い出す。


「ここはどこだ?」

「大雑把すぎる」


 真緒がこの世界に来て最初に思ったことを口にするが、魔王はバッサリとその質問を切り捨てる。


「あんた……」


 真緒の頬が引き攣る。言われたことをやったのにこうまで何の躊躇もなく否定の意見をもらうことにふと面倒な先輩のいるバイト先を思い出した。


「……この世界はなんなんだ?」

「この世界はこの世界だよ。この世界の性質に答えるには長い話が必要になるし、お前が何を聞きたいのかは未だ明確じゃない」


 魔王の回答に目眩がした。

――何で自分は魔王に質問内容の採点をされてるんだ?

 そろそろ真緒の怒りにの感情が自身で律することができなくなってきた頃、魔王が続けて口を開く。


「お前の召喚された場所をいうのなら“スターポルカ公国”という国だ。小さな都市国家ではあるけど魔族の領地と近いことも会って異世界人を勇者として召喚している」


 魔王のまともな返答に真緒は呆けてしまうが、この機を逃してはいけないと質問続ける。


「勇者としてって言うのは?」

「何も召喚された人間は異世界人に分類されるだけで勇者になっているわけじゃない。勇者として勝手に召喚した連中が仕立て上げてこそ勇者になるんだよ」


 魔王は話ながら内容に不満げな顔をする。


「じゃあ、俺は……」


 真緒はただ呼び出されて放り出されたのだから勇者でもないということになる。


「……勇者になったとして何か変わるのか」

「補正がつく事がある。正確にいうのなら運命力かな」


 魔王の言葉を口の中で反芻する真緒だがよく理解できず顔を顰める。


「存在の定義の外力みたいな?そう大したものでもなかったり、大したものだったり」


 より分からなくなって首を傾げる真緒。


「君たちの後付けの勇者なんてものは自己暗示にしかなら無いとワタシは思ってるけどね。生まれた時に押しつけられた運命なんてものは呪いみたいなものってことだよ」


 忌々しそうに呟く魔王の瞳には嫌悪の感情が浮かんでいた。


「まぁ、今のお前が勇者になりたいって言わない限りは関係ない話だから忘れてもいいよ」


 にこりと真緒に笑いかける魔王の目はかけらも笑っておらず、勇者になりたいなんて戯言は許さないと言外に語っていた。


「それで、異世界人は何人で能力は?」

「えっと」


 真緒はここに来た直後――暗がりで照らされた場所に集まった人たちのことを思い出す。


「確か……五人くら、い、かな?」


 語尾は少しずつ小さくなっていく。


「数もまともに数えられない?」

「仕方ないだろう!混乱してたし、なんかいつの間にかいろいろ進んでてよく見てないに決まってるだろう」


 真緒自身、自分の事を考えるので精一杯だったため何人の人がいたか、そこまで自信がないのだ。


「……連中の特筆すべき能力は」


 魔王の目にはもう期待なんてなかった。質問の体をしているだけでこの言葉は答えを得られるとは思っていない。

 能力に関して言えばあの水晶にしっかり映し出されていたはずだが個人情報の保護でも考えたのか真緒には他の異世界人の内容は見えなかった。真緒からすればそんな良心があるのなら自分を放逐する行いを改めて欲しいものだった。

 何も言わない真緒の様子を見て魔王は何の情報も得られないと確信したらしい。一層大きなため息をついた。

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