Day6 眠りの霧

 布の擦れる音。出所はベッドの上でもぞもぞと動いているかたまり。動く音に加えて小さな唸り声が聞こえる。

 しばらくすると動きも唸り声も止まり掛けられていた布団が勢いよく捲れ上がり寝台に横になっていた人物が起き上がっているのが見える。


「なんで俺は寝ているんだ」


 呆然と真緒の口から疑問がこぼれ落ちた。真緒の胸中にはそれ以外にもここはどこなのかなど様々な疑問が渦巻いていたが、この世界に来て短い――正確には気絶している間にどれくらいの時間が経ったかわからないので短いか長いかは判断できない――時間での連続の目覚めの感覚に呆れが優った。

 真緒は特に痛む箇所が加算されたわけではないことを確認しながら頭を抱えて起こった出来事を思い出す。

――確かあのゲート?みたいなのに足を踏み入れたんだ。それで濃い霧に包まれて……

 そこから記憶がない。正確には一瞬にして体に力が入らなくなり地面に体を打ちつけたところまでだ。

 咄嗟に真緒はあの魔王に騙されたと直感して体の奥からカッと熱が湧き上がったのを感じた。

――騙された?

 あそこまで話合いをしておいてと真緒は思うが、現実問題の立場関係は魔王の方が遥かに上だ。対等な関係じゃない以上弄ばれたと憤ったところで何も仕返しはできない。

――ガチャッ

 怒りに震える真緒の耳に扉が開く音が聞こえた。瞬間、音の方に振り返るとそこには魔王立っていた。


「おま」

「お前、本当に異世界から来た人間であってるんだよな?」


 真緒が怒鳴りつける直前、魔王の呆れた声に遮られた。その発言の意味をすぐには理解できず呆気にとられた後真緒は顔を真っ赤にする。


「こんな卑怯真似しておいて!今度はなんだ!」


 興奮する真緒は身を乗り出してベッドから落ちる。

 何かを手に持っていた魔王はそれをテーブルの上に置いて落ちた真緒を見ながらため息を吐く。


「どうしてだろう、おまえを見てるとため息の回数が増えた気がする」


 テーブルのそばの椅子に腰掛ける魔王。追い討ちの発言に真緒は立ち上がって魔王に詰め寄った。

 椅子に座っている魔王からは詰め寄ってきた真緒を見上げることになるがその瞳には全く恐れも困惑もない。ただ冷たい感情が浮かんでいる。


「この場所に足を踏み入れた途端倒れたんだ、それは覚えてる」

「倒れた後に殺されるでもなく、牢に入れるでもなく寝台に寝かされていたのに?」


 真緒が言葉に詰まる。確かに倒れた場所に放置されるでもなく安全そうな場所に寝かされていたのだ、真緒を害そうとしてるかどうかと聞かれれば違うのではと考えるだろう。


「はぁ」


 何度目かの魔王のため息を聞いて真緒の肩が跳ねる。


「本来この世界に転移する際に過酷な環境に対しての耐性を獲得するはずなんだ。この霧に対しての耐性もその一つとしてあるはずなんだけど」


 魔王が真緒を上から下に、また下から上に一周眺める。


「あの霧は、何だったんだよ」


 視線に居心地が悪くなり魔王から離れながら尋ねる。


「人間をこの付近に寄せ付けないための高濃度の魔力による霧。魔力の霧と言っても単純な魔力とは性質が異なっていて魔族とかなら適応できる毒の霧って感じかな」

「……魔力」


 この世界が自身の異なる世界と知っていながらも今一度耳慣れない言葉を使われて復唱する。


「正確には粒子とか力場とか色々あるんだけどまぁ、まとめて魔力。それでこの霧は  魔族以外には、一定の魔法とかでも退けられるけどその技術は高等なものだからのぞくとして、接触できるのが異世界人――勇者の耐性という訳だ」


 真緒もその耐性というのを持っていると思われたから普通に案内されたが現状から真緒にその態勢がないことが判明したわけである。


「まぁ、逆に非耐性として効きやすくなる性質もあるって話だからそこを確かめなかったワタシも、うん、特に悪くないな」


 勇者として召喚された人間がこの霧に耐性がないとは思わないだろう、と悪びれる風もなく続ける魔王に真緒は腹が立った。

――本当にゲームの世界みたいなステータスがあるのか?

 魔王の選ぶ言葉の端々に元の世界のゲームで使われる単語と似通ったものが多いため、真緒は言っていることはすんなりと理解はできた。


「待て、今も霧の中なんだろう?俺は大丈夫なのか?」


 周りを見渡しても霧が充満しているようには見えないがここがその城――全容は霧によって見えてないので本当に城なのかはわからないが――の中なら真緒の生命は今も脅かされていることになる。


「霧は都市の外縁に濃く存在するだけだから問題ないよ。オレが転移先に選んだのが正門でもなくただの外縁だったから霧が濃くて一瞬で当てられただけ」


 現状の身の安全を保証されたことでほっと胸を撫で下ろす真緒。


「いや何で一番霧の濃い場所を通らせたんだ。正門ていうのがあるのならそこを使えばよかっただろう」

「あのね、ワタシは魔王で君はよくわからない人間。誰かに見られたらよからぬ話をされるとは思わない?」


 魔王にも事情があるのだと謝ろうとした真緒は次の言葉でもう一度腹を立てることになる。


「それに、あそこの方が正門よりこの場所に近かったから」


 良い笑顔の魔王を真緒は睨みつけることしかできなかった。

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