Day5 続・生存交渉
魔王の口からは発された言葉は、“魔王”という名称から想像されるイメージにそぐわなかった。
世界平和。一般的な平和を享受していただいて真緒からするとどこが現実味がないがきっといいことなのだろうという漠然としたイメージだけは持っていた。
魔の抜けた顔を数秒晒しながらようやく現状が理解できてきた真緒は開けていた口を閉じて何を言おうか思案する。
しかし、彼の口からは何も出てこない。“魔王について行くかどうか”という最初の質問に対する答えを先ほどの魔王の言葉からは決めかねていた。
――何を言っているんだ、こいつは。世界平和?こいつは魔王だろう?いやそれよりも、それがなんで俺を助ける?
言葉の齟齬や揚げ足取りなんてされないように言葉を重ねて質問したのに、これでは真緒にとってあまり意味がない。
「あんたは、俺を利用したいのか?」
真緒の言葉に魔王の眉が上がり剣呑な雰囲気を醸し出す。
「質問は一つだと言ったはずだが?」
魔王の鋭い視線に怯む真緒。少しの間視線を彷徨わせた後、覚悟を決めるように息を呑んで口を開く。
「俺は、ここにきてすぐに放り出された。だから、何ができるのかわからない」
正確にいうのなら自身の状態についてあの水晶に映し出された内容なら微かに記憶している。あの場にいた人々の反応からして有用な技術はないと推測できる。しかし、微かに記憶に残っている内容では人の才能なんて判断できないだろうと真緒は自分に言い聞かせた。だからこそ先ほどの真緒の発言は嘘ではない。
「じゃあ、置いて行こうか?」
魔王の方は真緒の反応に苛立ちを見せていた。
「待て!着いていく。でも俺に何ができるのか、それを解明する手伝いをしてほしい」
「随分と図々しいな」
助けてもらった挙句に手伝いをしろとは確かに虫が良すぎる話だ。しかし真緒にとってはそうするしかないと同時に賭けをする唯一の価値がそこにあった。
「俺を助けてまで協力させる必要があった。そうだろう?」
「でも、お前は捨てられた。あの甘い蜜が大好きな連中が有用な能力を捨てると思うか?」
鼻を鳴らして吐き捨てる魔王。真緒の事情はとうに察している様子だった。
「……都市のはずれに人を探しにきたってことは捨てられる可能性のあるやつを探しにきたんじゃないか?俺みたいな」
真緒の言葉に魔王は呆けた表情をしながら首を傾げ、少し黙る。
「どちらかと言うとお前を助けた方が副産物なんだ」
都市の方を見遣る顔には笑みが浮かんでいた。
「厄介な能力でもいたら、始末しておこうかと」
真緒はぞわりと背中を通り抜ける悪寒に後退りした。真緒にも何かしらの目に留まる能力があったとして、今の状況のように魔王が足止めされることがなかったとしたら?先ほどの状況では能力がないことを悔やんでいたのに、この一瞬だけは自身の無能さを褒めたくなってしまう真緒だった。
――いや、今はどうやってこの状況を切り抜けるかだ。魔王の態度から本当に何も役に立たないと思われればまた捨てられる可能性の方が高い。そんなのはごめんだ。
口を開かない真緒に痺れをきたした魔王の方が口を開く。
「他の連中の能力は?」
「え?」
「見たんだろう?自分の能力。捨てられている以上は連中の中で何かしらの鑑定方法、そして役に立つかの基準があったはずだ」
「待て、なんで俺以外にもよばれた人がいるってわかるんだ?」
「なるべく質問は減らしたいんだが」
魔王は歩き出した。
「ちょっ、待て!」
真緒の呼び止めに魔王の足が止まることはない。
「お前は先ほど“着いていく”と言ったのを忘れたか?立場を決めるのは向かいながらでいいだろう」
真緒に背を向けている魔王がひらひらと手を振る。
「どこに向かうんだよ!」
観念した真緒が置いてかれないようにと魔王の背を追う。
「魔王城」
――
魔王の後を歩いていた真緒は魔王が足を止めた場所を見て怪訝に思った。
その場所には何もない。森を出たおかげで先ほどよりも周りに文字通り何もない風景が広がっている。あるのは草地のみ。
「ここが魔王城?」
「そう見える?」
バカにしたような笑みを浮かべる魔王に対して真緒は苦虫を噛み潰した顔をする。
魔王の指先が空中に何かを描くようにすべる。
「何もない、広いところに移動したかったんだ。どんなものであれ無駄なものはない方が楽だからね」
指先のたどった軌跡が光を帯びる。光の模様が完成すると今度は空間が渦のように歪む。
最初にここにきた時以来の不思議な技術に真緒は状況も忘れ見入ってしまう。
歪みの渦の中心には霧に包まれた場所が映し出されている。
「行こう。ここから先が目的地だ」
魔王が渦の中心を指し示す。渦に向かって真緒は一歩踏み出した。
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