Day4 生存交渉

 岩にもたれかかって座る2人の人物。

 真緒は隣に座っている自称魔王を横目で見た。上等な服が汚れることも、長い髪を地面に擦ることも気にせずに真緒と同様に地面に座り込んだ魔王は鼻歌を歌いながら随分と上機嫌である。


「で、何を聞きたいんだ」


 突然盗み見をしていたはずの視線が赤い瞳を正面から捉え肩が跳ねる。


「……あんたは何なんだ」

「だから、言っただろう。魔王」


 呆れた魔王の声に真緒は眉を顰めた。


「魔王です、なんて言われて納得できるわけもないし、結局あんたが何をしたいのかわからないだろう!」


 声を荒げる真緒に対して魔王は首を傾げる。


「魔王について何も聞いてないの?」

「何も聞いてないんだよ!」


 ようやく話ができる何かに出会って真緒の感情は怒りの方向に爆発した。くってかかる真緒に対して魔王はまた考え込むそぶりをして、ぶつぶつと独り言を呟いている。

 目の前の自称魔王は確かにただならぬオーラを纏っている。だからと言って魔王なんてよくわからないものに納得できるはずもないし、魔王なんてラスボスのイメージのある奴がこんなところにいるとも考え難い。

――待て、でもコイツが俺を襲ったあのデカいやつをどうにかしてくれたのか?

 周りを見渡しても大きな生き物の影は見当たらない。真緒は意識が朦朧としていたため、自分を襲った生き物の全容ははっきりと見えていなかった。しかし、気絶する直前に魔王の後ろにいた影は大きいものであった以上この周辺に隠れられる場所はない。


「あの魔物なら追い払ったよ」

「っ」

「お前分かりやすいね」


 真緒の方を見ることもせず未だに考え事は続いているようで指先が空中を彷徨っている。


「魔物?俺は、それに、殺されたのか?」


 指先が止まり横目で真緒の方を見遣る。


「死んでない、今生きているんだから。それとも蘇生の方がお好みだったか?」


 魔王が目を細める。鋭い視線に気圧された。

 真緒は襲われた時の傷を思い出して総毛立つ。


「逃したことについての文句は聞かない。あの魔物はこの森で強い部類に入るから人間の侵攻を止めるのにそれなりに役立ってくれている」

「人間の侵攻?」


 直後に魔王のため息が聞こえた。


「説明するべきことが多すぎる。仕方がないけど場所を変えるか」


 魔王は立ち上がって砂を払う。真緒はそれを呆然と見ていた。


「ま、待ってくれ」


 真緒が少し腰を上げて手を伸ばし、魔王を呼び止める。


「選んでる権利なんてないんじゃない?さっきの魔物にだって何もできなかっただろう。ここに置いて行かれてどうするの」


 真緒に発言の是非も許さない強い語気。立ち上がった魔王と未だ座っている真緒では必然的に見下ろされることになるが、物理的な位置関係など関係なく。今目の前の人物が魔王であると自己紹介をしたのなら信じただろう。


「っだとしても、魔王がここにいるって情報をあの街に持ち込むこともできるだろう」


 正直に言えば街に逃げ込む前に、目の前の魔王に殺される可能性があることは真緒にもわかっていた。真緒を軽々しく瀕死にしたあの魔物を無傷で追い払ったと魔王は言ったのだ、実力の差は歴然である。それを理解してもなおこのような提案を真緒が行ったのは何かしらの勝算があってか、それともただの自暴自棄か。

 真緒の提案に魔王が考え込んだ後、ため息をついた。


「うん、街にワタシのことを告げ口したところで正直特に問題はない。でも今回はお前の意思を尊重してやろう」


 魔王の言葉に真緒は安堵して伸ばしていた手を下ろす。


「一つだけ」

「は?」

「一つだけ質問に答えよう。それでついてくるか否かについて決めろ」


 立てた人差し指を振りながら、魔王の表情はにんまりと笑みを浮かべた。

――こいつ、おちょくってるのか?いや、質問を一つ?何を聞けばいい。

 今度は真緒が黙って考え込んだ。

――どこに行くのか?なんで助けたのか?なんだ、何を聞けばいいんだ。

 覚悟を決めて魔王を正面から見据える。


「なんで俺を助けた?あんたの目的はなんだ?俺と話をして何がしたい?」

「何だか質問が多かった気がしたけど、要するに君を助けて何がしたいか、ワタシの目的を聞きたいんだ?」


 真緒は無言で頷く。


「……ワタシはね、世界平和をなそうとしてるんだ」


 言葉には似つかない酷薄な笑みで言った。

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