Day2 森林での邂逅

 都を追い出された後、行くあてもなく門の前で文句を言おうにも武力行使に出られればこちらの方が酷い目にあうと思い離れた。しかし都市を離れてしばらく歩くと、森などの大自然しか見当たらない。舗装された道もなく最初は都市から離れる方向に歩き出したが今や方向がどちらかすらわからない。

 いつの間にか森に入ってしまったのか、未だ高い位置にあった太陽ですら遮られてあたりは薄暗くなってきた。薄暗さに寒さを感じて腕をさする。残念ながら大学の後のバイトの帰り道の服装は森の散策には向いて居ない。

 ガサガサと何かが物音をさせるたびにびくりと体を揺らす真緒。真緒は生粋と言っていいのかわからないが一般的な都会で生まれ育っているため森の生物にどんな物がいるか、どのように対処すべきかなんて知識を持っているはずもない。想像できる恐ろしい動物とは蛇や熊などでそれらに対してすら有効的な対処法を知っているわけでもない。会ったら最悪死亡であることしか考えられない。

 そんなないない尽くしの中一際近くで物音がする。咄嗟に音のした方向へ体を向け、腰が引けているながらも臨戦体制を取る。茂みから出てきたのは角の生えた兎だった。

――一角獣、か?

 ゲームの知識から導き出した名称を頭の中で思い浮かべる。真緒の知ってる限りこのような兎は現実世界にいなかった気がするため、やはりここが自身のいた世界とは別の世界であることを突きつける。

 真緒が勝手に連想される事柄で悲観的になっていることをよそに、兎のような生物は一瞬だけ真緒を警戒するかのように見た後、目の前を横切って消えていった。

 真緒は兎の動きを目で追いながら消えていった方向をしばらく眺め何事もないことを確認すると安堵した。今一度歩き出そうとするがどこからきたのかすら方向が曖昧になってしまい周りを観察している途中、何かが視界の端を横切った。

――?

 見えたものを視線で追おうとした。

 しかし、目的のものを見つける前に視界がブレる。


「ガッ」


 何かに吹き飛ばされた。近くにあった岩に叩きつけられやっと身体は止まる。叩きつけられた直後、体勢を立て直すなんてことはできずにそのまま岩を背に崩れ落ちた。衝撃だけでも真緒の体は瀕死だったが、何かしら鋭いもので切り裂かれたような傷がより真緒を瀕死に追い込む。傷から流れる血は命の拍動が外へと流れ出るようにどくどくと、とめどなく溢れていく。

――なん、あ?

 何が起こったか疑問に思うこともできずただただ真緒は体の痛みを感じながら、のたうち回るための力すらなく、ぼやける視界の中眼球だけを動かして目の前にいるものを探そうとする。

 真緒を襲ったものの正体は大きな熊だった。正確には広げられた腕と胴体の間には皮膜があり飛行能力のありそうな熊、これも真緒の世界では見られない生物だ。熊の手には鋭い爪が生えており、切り傷の正体はこの爪だろう。

 首を上げることすらできず、視線すら向けることが出来なくなり、地面を見ることしかできない真緒。地面に落ちる大きな何が近づいてくる影を逃げることもできずに見ている。

――何なんだよ。

――訳もわからないうちに、よくわからない土地に呼び出されて、よくわからないうちに追放されて。

――能力のない俺をなんで呼んだんだよ。

――バイトの時だってそうだ。なんで俺だった?何か言っていい人気取るくらいならその前に助けてくれよ。なんで今日だったんだよ。時間が違えばこんなところにくることはなかったんじゃないか?

――くそっ


「わ、けわかんねぇ」


「何が?」


 絞り出した言葉に返答があるとは思わなかった。いや、これは返答ととっていいのだろうか。元々ほとんど見えていなかった視界は限界を知らせるように暗くなっていく。意識も朦朧してきた。

――誰かいるのか?助けてくれるのか?それともこいつはあのでかいのの主か?


「ごっふ」


 限界の体を無理矢理起こして最後にその顔を見てやろうと目を開く。こんな時にだけ火事場の馬鹿力が発揮する。しかし傷は塞がってくれるわけもなく、内臓でも傷ついているのか、真緒の口から血があふれ出す。

 そこに立っている人物を視界が映す。ずんぐりとした影を背に真緒を笑っている人。

 こんな瀕死の人間を笑うなんてきっと性格が悪いとか、こいつが黒幕だとか考える暇もなく、目を奪われた。

 ぼやけているはずの視界はしっかりとその人物の嘲笑まで捉えることができた。銀色の髪、白い肌、黒に金で装飾された衣装、真っ赤な瞳、中性的な顔、そこに浮かぶ嘲笑。自身を攻撃した影が何だったのかはわからないのに、なぜかそれだけははっきりと見えて、目に焼きついた。

 ふっとまた体に力が入らなくなる。前回よりも重く痛みのある闇に意識が落ちていく。バランスを崩したからだが地面に重い音を立てて衝突する前にただ一つのものに目を奪われた。

――輝いて見えた。

 黒い衣服を身に纏っていたのになぜだろう、一等輝く光を見た気がした。

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