始まりの町、赤い舞踊――始まりの都市編
Day1 異世界召喚
暗い夜道を転々とした街灯が照らし出す。そんな中を青年は歩いていた。背を丸めて歩く姿は暗がりの中消え入りそうな雰囲気を纏っている。
「……はぁ」
青年――成美真緒は先ほどのバイトでの出来事を思い出してため息を吐いた。理不尽な客に高圧的な先輩、災難が去った後に同情を顔に滲ませてわずかな言葉をかけて去っていく同僚。その全てに成美は不快感を抱き疲労を感じる。先程まで歩いていた道は賑やかで自身と同年代のような大学生が大きな声をあげていた。
成美真緒、ごく一般的な大学生。友人もこれと言って多いわけでもなく、どちらかといえば少ない方。学業成績も特記すべきことはなく特技も趣味も、これといって誰かに話すほどのものは特に無し。両親から仕送りをもらいながら一人暮らしをしており、生活を楽にするために日夜バイトをしている、普通の暮らしの大学生。
端的に言ってしまえば一般的な大学生像より少しネガティブに寄った大学生かもしれない。それが成美真緒だった。
彼自身も周りから下されるであろうそんな評価を理解していた。彼は自身の評価を理解して、自身の能力に対しても諦めていた。特筆すべきことはない。人間関係においても、彼自身についても。
それでも人間というものは、どこかしらに自分だけのものを希望するだろう。彼自身だって、時がくればその希望を見出すことになる。
「っ!?」
ポツポツと愚痴をこぼしながら地面を見ていた真緒の目にパッと光がさす。まぶしさに目を一瞬閉じるがすぐに周りを確認しようとどうにか目を開ける。
開いた真緒の目に飛び込んできたのは地面が光っていという事実だった。
「何だこれ!」
地面を見回すと、真緒を囲うように足元に円形の模様が浮かび上がり光っている。まるでゲームに出てくる魔法陣のようだった。
咄嗟によくわからないものから離れようと真緒は足を動かそうとするが、足は地面に張り付いたように動かせなかった。
「何なんだよっ!」
じわりと目に何かが滲む。今日だけのことだと思っていた。客の理不尽も先輩の態度も、今日は不幸が重なっただけなのだと。明日にはいつも通りの学業、バイト、生活が待ってるはずで。
ふっと体の力が抜け目の前が真っ暗になる。
――
室内で大きな音が硬く反響している。覚えている時点からどれだけ時間が経ったのだろう、身体は久々に動かすように痛みを訴えた。
体を起こして周りを見渡す。薄暗い祭壇を思わせる場所。真緒以外にも周りに数名の人間が座り込んでいる。
――これはもしや、巷でよく聞く?
真緒の胸の中に不安と期待が半々くらいでないまぜになる。
偉そうな男性とその少し後ろをこれまた着飾った女性が付き従うようにして暗がりから前に出てきた。
「よくぞ来てくださった勇者様方!」
男性の方が鷹揚に手を広げて満面の笑みを浮かべる。
「儂がこのスタールポルカの長である」
より胸を張るように背筋を伸ばす男性を多くの人が呆然とした顔で見つめる。
「突然のことで皆様驚いていらしゃることでしょう。ですが、皆様には才能あふれる
勇者としてこの世界を救っていただきたく召喚の儀を行わせていただきました」
後ろに控えていた女性の一言で周りがざわつく。よく周りを観察すれば真緒を含め六人の若者が床に描かれた何かしらの模様の中に佇んでいた。
「あの、ここはどこなんですか?それに勇者とかって何言ってるかよくわからんないんですけど」
活発そうな青年が前に進み出る。その顔には困惑があったが負けん気がのぞく。
「あぁそうですよね、色々ご説明しましょう。しかし、その前に」
女性が片手を挙げると後ろに控えていた人が水晶を持って出てくる。
「この水晶に手を翳してくださればあなた方がどうしてこの国に呼ばれたかお分かりになるでしょう」
あれよあれよといつの間にか周りを大勢の人に囲まれて順々に水晶に手を翳していく。水晶が光るたびにどよめく人々に緊張が高まる。
ついに真緒の番になった。にこにこと微笑む人々に促され水晶に手を伸ばす。
微かな光を水晶が放った。
――
「ふざけるな!」
放り出された真緒は目の前の兵士にくってかかるが体格差のある相手に上から睨まれて怯む。歓迎ムードから一変、真緒は場外へと追い出されていた。
先ほどの召喚された場所であったことを思い出す。
真緒が水晶を用いて何かを確認した瞬間周りのにこやかな人々の顔に影がさした。先に水晶を試していた人々がチラリと水晶を見て「ハズレ」や「低い」などの呟きが聞こえたことから事態を察し、頬が引き攣る。好奇と憐れみ、失望の視線に息がつまる。真緒が何かを喋ろうと口をはくはくさせていると女性が話を始める。
「これでお分かりになったでしょう。皆様は選ばれた人々であり、偉業をなす能力をお持ちです。他の人々とは違う」
最後の言葉の際チラリと女は真緒の方を見た。しかしすぐに女の視線はすぐに他のものへ向けられた。
「しかし今はお疲れでしょう。お部屋を用意しています、そちらでゆっくりおやすみください」
女の言葉を合図に人々が勇者達を囲み案内を始める。真緒の周りにも人がやってくるが案内を行うための人というにはどうにも厳つい見た目をしている。無理矢理押さえ込まれながらひっそりとどこかへと連れて行かれる。
案内されたのは城内ではなく城外、そして都市を取り囲む塀に設けられた門の外へと放り出されたのである。
兵士たちは真緒の言葉に取り合うこともなく、何の言葉も発さずに塀の中へと戻っていく。門には門番が構えており近づくことすらできない。
「クソっ」
地面を睨む。視界に映るのは暗がりのアスファルトではなく舗装されていない地面。
「何なんだよ本当に」
この世界にくる直前と同様の気持ち。でも今の状況は比べ物にならないくらい深刻で絶望的だ。
少しだけあった希望的観測すらも打ち砕かれて真緒は俯いて唇を噛むしかなかった。
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