第26話

ホームに立って新幹線の到着を待っていた時、自分がこれから先の人生で緑川さんに出会うことはもう2度と無いんだろうなとふと思った。そこにはあの緑川さんからのメッセージを見つけた時と同じような、根拠のない確信があった。そしてそれと全く同じことを緑川さんも感じていたに違いなかった。だからこそ彼女は僕にずっと手を振り続けたのだ。僕の姿が小さくなって視界から消えてしまうまで、ずっと。


そう考えたら何だか寂しくなって来て、僕は建物と屋根の隙間から見える澄んだ青空を見つめた。きっとみんな、どこか遠くの町で同じ空を見つめているのだ。


もしもう2度と巡り会うことがないのだとしても、彼女と10年ぶりに再会した今回の出来事を僕はこの先決して忘れたりはしないだろうとその時思った。この2日間で緑川さんは、僕という人間を根本から変えてしまったのだ。そしてそれはとても重要な変化だったに違いないのだ。どこがどう変わったのか、言葉では上手く説明できないのだけれど。


新幹線の座席に座ってひと息ついた時、僕はあれっと思って思わず頭を抱えてしまった。

これって正に、緑川さんが卒業文集に書いていたことそのままじゃないかと僕は気付いたのだ。


「人生を最も大きく変える出来事は、大切な人との出会いである、か。」と僕はつぶやいた。


やっぱり18才の緑川さんは、人生を本当に深く考えて生きていたのだ。28才の今の僕なんかより、ずっと。そう考えたら自然に微笑みが生まれて、僕は座席に寄りかかって軽く目を閉じた。すると両方のまぶたの上には、窓から暖かな日差しが降り注いだ。少し眠らなければと僕は思った。明日からはまたいつものように、仕事で忙しい日々が始まるはずだから。


中央道で起きた10台に及ぶ玉突き事故の様子がテレビで流れ始めたのは、ちょうどその頃だった。でも僕はそんな事は知る由もなく、ただ午後の柔らかな日差しの中で、心地の良い眠りに引き込まれて行ったのだった。

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天才少女緑川さん 渚 孝人 @basketpianoman

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