第5話、君は過去からのエールを信じるか?

 青かった空はすっかり茜色となり、うるさかった道路も心なしか少し落ち着いたように感じる。

 俺はあの時の、琴葉の言葉を、脳でリピートしていた。別に琴葉が嫌いだとか女性として見れないだとかいう訳ではない。琴葉が告白しようとした直前、自分のことがわからなくなってしまったんだ。俺は多少は怖気ついていたのかもしれない。俺は琴葉との変化を嫌ってしまったのかもしれない。

 未来のメールとかは関係なく今日のうちにこの悩みをなんとかしなければならないという思いが脳内に駆け巡る。





「琴葉」

「何?」

 俺は琴葉に声をかけるとその場で止まった。歩道橋の真ん中、車の行き交う音が騒がしい。中途半端な声は消えてしまいそうだ。

 ……決着の覚悟ができた。自分の意思で選択した答えを、その答えを出した自分を信じる時が来た。俺はぶつかるのみだと意気込む。

 俺は深く息を吸い、短く吐いて告げる。

「俺、色々考えたんだ。俺と琴葉とこれからどんな関係を続けたいか。」

「……」

「数年が経って将来を選択する日が来て、そしていつかお前と別れる日が来る。今のままなら、そうなってしまうというのは俺だってわかっていたんだ。」 

 そうわかっていた。このままの関係を続けた未来もわかっていたんだ。

 わかっていて、琴葉の告白を止めた。琴葉とは友人関係のままでいたかったという俺の甘えから止めさせた。俺は選択に目を背けて迷っていた。

「だけど、もう迷わない。琴葉、告白させてくれ。」

「え?」

 琴葉は俯いていたその顔を上げる。彼女の目元はほんのりと目元が赤くなっていた。

 俺はその後の言葉を口に……。

「おい待てよぉ!そこのお兄さん。」

 気づけば反対側の道からスーツの上に赤フードを着た背の高い大学生くらいの男性が突っ立っていた。手には刃渡りが市販よりも少し大きい万能ナイフらしき刃物をこちらにチラつかせていた。

「そこの女は俺が先に好きだったんだぜ。後出しはよくないだろう、お兄さんよぉ。」

 男の顔はニヤついていた。








「オレ、実はそこの彼女のファンなんだよね。インスタ、いつも見てるよ、宮コトリさん。」

「ッ?‼︎なんでそれを⁉︎」

 それは琴葉が使っていた、インスタのアカウント名だった。前に確認したから間違いない。

「さっきも投稿してたじゃん。……見たよぉ〜そこの男と仲良く並んじゃってる写真をぉさあ!!!」

 男は急に怒鳴った。琴葉は全身にビクリとさせていた。

「お前には関係ないだろ!」

 俺は男に対抗するように怒鳴った。額に汗が流れる。

「あん?なんだよ。元はといえばお前がオレの女に手を出したのが悪いんだろうがよぉおおお。」

「琴葉はお前の女じゃない。俺の彼女だ‼︎」

「……ッ‼︎てめぇ、ぶっ殺してやる。」

 突然、男はナイフを両手に持ちかえて俺に突進してくる。

「尚登ッ!危ないッ!」

 琴葉は足がすくんで動けないようで、叫ぶのが精一杯みたいだ。

 俺は男のナイフ持っている手を掴み、ナイフの軌道を俺の身体からずらした。そして、男の両手を掴んだまま、俺は勢いよく頭を後ろに晒して、

「フゥンぬ。」

 ガツンと男の顔面に頭突きしてやった。

「あガァ‼︎」

 男は思いがけずにもらった一撃に悶えていた。万能ナイフを持った手で顔面を押さえている。今の一撃にかなりこたえたらしい。

「いってぇぇぇぇ。」

「琴葉!走るぞ‼︎」

「!」

 俺は琴葉の手を握って走り出した。歩道橋の階段が煩わしく思える。人混みからこちらに手を振る女性を見つける。

「琴葉!尚登君!こっち‼︎」

「お、お姉ちゃんッ‼︎」

 どうやら、あの女性は琴葉の姉らしい。名前は……、今はどうでもいいか。

 俺たちは琴葉姉に従って品川駅の出発間近の電車に乗った。






 乗り換えを何度かしてやっとうちの最寄り駅についた。その間、琴葉姉さんがいたせいか、琴葉と歩道橋での話の続きはせずにただガタンゴトンと揺られていた。琴葉姉さんからは歩道橋の男について質問責めにされたが、俺にもよくわからないのスタンスで難なく答えていった。琴葉姉さんは終始涙声で話していたので、少々困ってしまったのだが、仕方ないだろうと思い、そこは割り切った。



 

「じゃあ、駅に着いたし、アタシは先帰るね。」

 数分前の涙声はなんだったのかと思うほどケロリとした面持ちで琴葉姉さんはそう言った。

「え?お姉ちゃん一緒に帰らないの?」

「アタシがいると、二人が困りそうだしさ。琴葉、頑張ってね。それじゃあ。」

 琴葉姉さんは颯爽と去っていった。




 

 俺たちは無言で向かい合う。

「聞いてくれ、琴葉。」

「うん。」

 そして、俺は琴葉とあと一歩という距離まで近づき、俺は琴葉の透明な茶色をまっすぐに見て、俺は琴葉の耳にはっきりと語るような声を伝えた。

「俺は琴葉のことが好きだ。恋人になってくれ。」

 付き合ってくれなんてまどろっこしい言葉は使わない。俺の思いは直球だ。ブレーキなんかに屈しない。

「……………いいの?こんな私を選んでいいの?」

「俺はそれでいいと思ったんだ。」

「尚登にとって幼馴染で女友達でそこそこ仲のいいくらいしかアドバンテージがない私を選んでいいの?」

「あぁ、構わない。」

「私、尚登のことが好きすぎるあまり重い彼女になっちゃうかもしれないけどいいの?」

「全部余すことなく受け止めてやる。」

「なんだよ。なんだよぉ〜。私今日一日中尚登に告白にしようと機会を伺ってたのにさ、ことごとく告白のタイミングを潰されてきたってのにさ。こんなの……こん、なのぉ……」

 琴葉は再び泣き出してしまった。ポロポロと大粒の涙がきれいに落ちていく。

「不満か?」

「ふ、不満なわけ、ない(ぐすん)、ゔれしいに(ぐすん)、ぎまっでいるッ!」

「おいおい落ち着けよ、深呼吸でもして心を落ち着けって琴葉。」

「…………(くすん)。私も、私も尚登のこと、異性として好きでした。……尚登のことが大好きでじだぁぁぁ。」

 琴葉が抱きついてくるので、俺はそっとこの腕で恋人を包み込んだ。琴葉は俺の胸に顔を埋めて嬉し涙を流しているのだろうか。琴葉がすりすりしてくる。なんだか恥ずかしいな。

「琴葉ありがとう、こんな俺を選んでくれて。そしてごめんな、こんなに告白をお預けにしちゃって。」

「ゆ、許さないんだからね。責任とってくれないと許さないんだからねぇぇ!」

「なんの責任だよ、全く。」

 俺の口から微笑が漏れる。今まで堰き止めていたダムが決壊して心が落ち着いていくような感覚だ。こんなにうれしいことがあるのかってくらい嬉しい気持ちでいっぱいだ。

 ひと通り落ち着いたのか、琴葉は俺の胸から顔を離し、一歩下がって俺を見る。

「ふつつか者ですが、これからもよろしくお願いします。」

 琴葉は律儀にも頭を下げた。

「まだまだ未熟者ですが、こちらこそよろしくお願いします。」

 俺もまた、琴葉に頭を下げる。

 気が早い気がするが、今は良しとしよう。

 お互いが顔を上げると、ちょうど琴葉と目が合う。そして、俺たちはなんだか自分達が柄でもないことをやっていることにおかしく思って笑い合った。




******





「という感じで告白は上手くいったよ。」 

 俺は後日、従兄弟の大学生、大窪律とレストランでランチをとっていた。

「ほへー。それはおめでとさん。こらちとら、今日も含めて報酬の飯代4回分奢ってくれるだからいいんだけどさ。水族館を出るタイミングでお前が告ればオレ出番不必要だったんじゃね?わざわざトイレ行くふりをしてオレに電話しなくてもよかったのに。」

「あれはあれで俺からは告りづらかったんだよ。なんだ、その、急にあんなこと言われて焦っただけというか、気が動転していて本音を告げられそうになかったから止めたというか………」

「つまり、お前。ヘタレッたんだな。」

 俺はバンとテーブルを叩いて立ち上がる。

「ヘタレとはなんだ。ヘタレとは!」

「おいおい怒るなって。事実だろ、急に選択を迫られ、事前に決めていた答えに自信が持てなくなって仕方なく自分の土俵に持ち込むために一旦彼女の告白を止めた。そして、オレという障害物を乗り換え、自分は彼女さんに恋愛感情を抱いていることに自信を持ち、お前は彼女に告れてyesをもらえたと。もっともオレが出る幕もなく、お前はあの歩道橋で決意は固めてたみたいだけどね。報酬の件があったから、わざわざあそこで一芝居打たせてもらったけど、実のところオレは今回のデートに必要なかったんじゃないかと思うのだよ、麻倉尚登君や。」

「なぜそこでフルネームなんだ。」

「いやいや、これは事実確認だよ尚登君。お前がヘタレったかどうかの事実確認。………認めるかい?」

「認めねぇーよ。」

「そうかい。まぁどうでもいいんだけど。」

 律は水の入ったコップを一杯あおり、テーブルに置く。

「それより、お前の恋人さんとはよろしくヤッてんのかい?」

「ヤッてるって言ったってまだ付き合って一週間だぞ。まだキスくらいしかしてないからな!!」

「それはよかった。キスができないから一芝居打ってくれなんて言われずに済みそうだよ。」

「まったく、人をなんだと思っているんだか。さあ食べただろう、出るぞ。」

「おいおい、年上に敬意はないのかね?」

「俺をからかってくる年上には敬意は払えないんですよ、昔から。」

「そうかい。それは残念。」

 俺はさっさと食事二人分の会計を済ませた。

 すると、律が俺のそばに近づいてこう質問してきた。

「…………尚登、一つ聞いていいか?」

「……なんだ?」

「未来からのメールってヤツ。あれいつからヤラセだって気づいたんだ?」

「あれは半分信じてたよ。半分は疑ってたけど。」

「ほへー。よくあんなメールを半分でも信じれたねぇ。何も確証がないのになぜ?」

「俺は恋に盲目なんだよ。思い人が関わっていることにも、ね。」

 チリンとレストランのドアを開いた。

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