第4話、あなたは嘘を信じるか?

 あれはこの水族館騒動が起こる一カ月半前のこと。アタシ、雨宮涼音は我が妹、雨宮琴葉が相談したいことがあると言われて一人暮らしのマイワンルームに招き入れた日まで遡る。



「だから、尚登に告白したくてもできないんだって。」

「ほぉ〜。それでアタシに画期的な名案を考えてほしいというわけか。」

「そう、そうなの。お姉ちゃんお願い、私の告白を手伝って!」

「だが断る。」

「お願いします‼︎お姉様ぁぁぁ‼︎‼︎」

 我が妹はついに土下座までし始めた。胡座を掻いているアタシに向かってまっすぐ頭を下ろしている。おふざけではない、真面目な土下座だ。

 正直なところ、琴葉の悩みにとても困った。要するに琴葉が告白できるようにアドバイスをくれということを琴葉は言っているが、そもそも琴葉が勇気を出して言えばそれで解決なわけだ。わざわざアタシに相談することでもないし、恋愛のスタートラインすら超えていないわけだ。言わば、すごろくで最初の人がサイコロを振らずに手に持ったまま、動かないようなそんな感じだ。どんな形でもいいから告っちゃえばいいのにというのが、アタシの意見だ。

 だが、琴葉はその告白ができないから困っているのであって…………。

 どうするかなぁ〜。

「あ!」

「?」

 琴葉が頭を上げる。

「そうだ、そうだよ。尚登君から告白させちゃえばいいんだよ。」

「え?待ってどういうこと?」

「尚登君が琴葉に告白すれば強制的に琴葉は尚登君に告白せざるを得なくなるじゃん。」

「確かに……。でもどうやって尚登から告らせるの?」

「フッフッフッフゥ〜ン。心配するな。この雨宮涼音にちゃんとした名案があるのだ。」

「?お姉ちゃんそれは一体?」

 アタシは立ち上がり、仁王立ちで琴葉を見下ろす。そして、ビシッと言った。

「ズバリ、尚登君を騙すんだよ!」






 作戦の概要はこうだ。

1.まず、琴葉が尚登君の情報を集める。

2.琴葉が集めた情報を元に尚登君が告りそうなシチュエーションとその計画を考える。

3.考えた計画を元にアタシは大学のサークル仲間に協力を仰いで計画を煮詰める。

4.実行する。


 とてもシンプルな作戦だ。名付けて「騙して告らせ大作戦」とでも言おうか。この計画はスムーズに進行していった。

 まず、琴葉が尚登君の家に行ったとき、彼の持っているパンツは全部シマ模様であることと彼が最近SF小説、特に過去改変ものやタイムスリップものにハマっていることを情報として掴んできた。

 そこで、未来からのメッセージが届いたシチュで尚登君を騙そうと考えた。二人きりのデートの時、未来からのメールが尚登君に届き、尚登君から告らなければ琴葉が死ぬという嘘を信じさせる。そして、尚登君から琴葉に思いを強制的に吐かせ、琴葉も告白させる状況に陥らせる。少し強引で失敗する可能性の高い賭けだが、この話をしたアタシのサークル仲間はこの計画に喜んで協力してくれた。協力してくれたのは、新聞サークルの皆さん。新聞サークルとしては是非とも成功させてあわよくばキャンパスの記事にしたいそうだ。アタシとしては、嬉しい申し出だ。ありがたく利用させて頂く。


 




 こうして、着々と集めた情報と計画を繋ぎ合わせてついに尚登君を騙せるくらいにまで計画は成熟した。リハーサルも何度かやったから、特に問題ないだろう。デート当日は六人のストーカー集団となって尚登君を追い詰め、琴葉に告らせる、そして琴葉も告らせる、完璧な計画だと自負している。

 ちなみに琴葉からは必要経費の半分を負担してもらっている。そして、成功報酬として、琴葉がこれまで貯めていた内の二万円をくれるそうだ。琴葉がお金を出すまでこの計画は重要性が増してきている。アタシ達は成功報酬を夢見てデート当日を迎えた。琴葉にGPSをつけてリアルタイムで二人ほ位置を確認する。そして、タイミングを見計らって二人の前にアタシ達はストーカーとして登場する。アタシ達は見事にこの重大ミッションを果たしたのだが……,





******

 





「琴葉、帰る前に少しお手洗い行ってくる。ちょっとここで待ってて。」 

 水族館を出た後、尚登は私にそう言い残してショッピングセンターへ入っていった。

 私は尚登の姿が見えなくなったタイミングでお姉ちゃんに電話をかける。

 電話はすぐに繋がった

「もしもしお姉ちゃん。」

「琴葉、ごめん。作戦失敗しちゃった。」

「ううん、いいよ。元々私が勇気出して告ればこんなまどろっこしいことなんてせずに済んだんだしさ。お姉ちゃんたちの作戦は完璧だったと思うよ。尚登も上手く騙されてたみたいだしさ。それにさ……」

「琴葉。……無理に話さなくてもいいんだよ。」

「ッ!」

「今日はアタシも家に帰るからさ、その時でいいよ。失敗談を全部聞いてあげる。」

「…………うん。ありがと。切るね。」

「またあとで。」

 電話を切った後もお姉ちゃんの声が脳内で再生している。いつになく優しいお姉ちゃんの声を聞いたせいか、視界が少し揺らいでいた。



*****



 電話を切りみんなの方へと視線を向ける。

「琴葉から電話があったよ。今日はありがとうだってさ。一応、アタシ達は告白をさせたってことでみんなOKかな。成功報酬を払おうと思っているだけどさ。」

「そうですわ……コホン。そうですね。尚登さんから琴葉に対する本心は伝えられた。結果はどうであれ、成功なのでは?」

「だけど、あれは成功とは言えないのでは?」

「告ってもいないのにフラれた感満載じゃん。」

「琴葉さんから成功報酬を頂くのが忍びなく思えてきました。」

「実はおれも。」

各々が作戦の結果を見て意見を述べる。成功とは言い難いが、成功ラインは超えた。そんな曖昧なものに成り下がったこの作戦を各々が評価している。アタシ達にできることはここまでだという雰囲気が漂う。アタシは協力してくれた皆に声をかける。

「今日はアタシの作戦に協力してくれてありがとう。今日は解散で、お礼は明日準備するから。詳しいことはまた大学で、じゃあ。」

「お疲れ」「乙」「お疲れです」「お疲れ様〜」「打ち上げ楽しみにしてます」 

 ……彼らへの成功報酬はアタシが払うことになりそうだなと思った。



 彼らと別れ、あの二人を追いかけた。ここまで琴葉に協力してあげたのだから、なんとか二人にカップルになってほしい。何かアタシにできることがあるのではないか。そんな淡い期待を胸にアタシは琴葉につけたGPSを頼りに二人より先回りして二人の姿を探した。

 二人は遠回りして道路を歩道橋で渡っていた。そして、二人に近づく赤フードの男性に気づく。そして、その男がポケットから万能ナイフを取り出しているのが見えた。

「琴葉!」

 アタシは遠い歩道橋へと走り出した。

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