第2話、あなたは直感を信じるか?

 かっこよく琴葉との待ち合わせをするためにハチ公前にいた訳だが、お目当ての水族館は品川にある。よって、電車を乗りついで例の水族館まで来たのだが……。

(つけて来ているな。)

 ハチ公前から俺たちをつけて来ているだろうストーカーがいるのに俺は気づく。一人、いや二人か。背後を見れば、黒いパーカー手前の男性と奥の歩きスマホをしている黒コートの女性がこちらを見ている気がする。怪しさ全開だが、不用意に彼らをストーカーと決めつけるのは良くないと俺の良心が語りかける。ここは琴葉を守りつつ、黒パーカーのストーカーたちに気を配るスタイルでいこう。

「尚登。ねえ、尚登ったら。」

「……ん?なんだ。」

 いけないいけない、あのメールの内容が現実味を帯びてきたためか、どうしても琴葉が死ぬんじゃないかという不安で考え込んでしまった。せっかくの二人きりのお出かけなんだから、ある程度気を抜かなければ……。

「せっかくだからさ、水族館を背景に写真撮ろうよ。記念にさ。」

「ああ、いいんじゃないか。早速取ろう。」

「そうこなくては!」

琴葉はスマホを片手に自撮りをしようと腕を伸ばす。

「はい、チーズ。…………うんOK!バッチリだよ。さっそくインスタに投稿しちゃおう。」

「あまりリアルタイムでインスタ投稿するとストーカーされちゃうぞ。」

「大丈夫だよ。私のフォロワー数なんて百も超えてないんだし、そんな人いないよ。それにいざとなったら、尚登が助けてくれるんでしょ。」

「あんまり頼られても困るぞ。俺、人間なんて倒したことなんかねぇんだから。」

「そこは漢の根性でなんとかするんだよ。」

「そんな横暴だ……」

 俺はさりげなく辺りを見回す。さっきのストーカーらしき人物二人は消えていた。

「ねえねえ。それより早く入ろうよ。」

「……ああ、そうだな。」





「わぁ、可愛い。見てみて尚登。チンアナゴだよ。」

「琴葉、チンアナゴって可愛いか?なんというかミステリアスな生き物だと思うんだけど?」

「ち、ち、ち〜。わかってないな、尚登は!この表面の模様がチンアナゴの魅了なんだよ。生態系とか縄みたいな身体の仕組みとかじゃなくてさ。」

「そういうものか?」

「そういうものなの。ほら次行くよ。」

「はいはい。」

 琴葉に扇動されるがまま、次々に水槽を見ていく。この調子なら琴葉から告白されるなんてことはまだ先だろうと思っていた矢先、

「……実はさぁ、水族館に誘った理由って尚登と二人っきりで話したかったからなんだよね。」

 突然、爆弾を落とされた。

 緊急事態だ。琴葉の話の流れ的にこれは告白される流れか⁉︎至急阻止しなくては。そう思った俺は露骨に話題を逸らした。

「そ、そうだな。俺も琴葉と話したい気分なんだ。あ、そうだ。昨日のエンタ見た?あれ久々に見たけどさ、やっぱ面白いよねー。」

「へ?う、うんそうだね。」

 よし話題を逸らせた。この調子で告白の流れにさせないようにしよう。



 珊瑚礁を見たり、熱帯魚を見たりして俺たちは水族館を満喫していた。

 その間、俺は琴葉に告白の話をさせないように話を逸らし続けることに成功した。琴葉は終始不満げな表情を見せていたが、あえて気づかないふりをした。

 これは琴葉のため、立派な大義のためだ。我慢してほしい。そう俺は何度も願っただろうかわからなくなった頃、

「あっごめん尚登。ちょっとトイレタイム。」

「わかった。俺もトイレ行こうかな。このトイレの出入口付近で待ち合わせにしようか。」

「そうだね。そうしよう。」





 用を足して戻ってくると、まだ琴葉はトイレから出てきてなかった。

仕方ない、近くのお土産屋さんでも見てこようかな。そんな軽い気持ちで商品を見に行こうとした時、スマホが鳴った。

「あっやべ!忘れてた!」

 俺は急いでトイレ前から離れた場所へと移動し、電話に応答した。

「もしもし。…………ごめん。忘れてたわ。…………いや帰らないでよ。報酬は倍にするからさ。……………わかったよ、じゃあそれで。……うん、じゃあよろしく。」プチッ





“まもなく、2階のTHEスタジアムにてイルカのショーを行います。イルカたちの華麗なるダイナミックなパフォーマンスをぜひご覧ください”

 そんな館内放送が流れた頃、俺はトイレ前に戻ってみる。案の定、琴葉がいた。だが、琴葉は黒いパーカーを着た大学生らしき二人組に何やら絡まれているらしい。近づいてみると二人と言い争っている琴葉の声が聞こえた。

「やめてください。いま彼氏とデート中なんです。ナンパしないでください。」

「いやいやナンパなんかじゃないよ。ただ君が可愛いからちょっとカフェ代を奢らせてほしいなと思っただけだよ。」

「そうそう。ちょっと君とお話したいんだよ、僕たちは。彼氏なんかほっといてさ。一緒にお茶しない?」

「ふざけないでください。あなた達には興味ないんですからね。人として失礼ですよ。」

「いやいやお姉さん。その冗談きついよ。ちょっと君のことを知りたいだけなんだよ。ふざけてなんかないって。」

「そうそう。こんな性格のいい大学生、滅多にいないからさ。ちょっとだけでも時間を……。」

 拒否する琴葉の腕を掴んで言い寄る大学生二人、明らかにナンパだ。琴葉がこれ以上ゴキブリを潰したような顔をする前に止めなくては。何よりメールの件に関わっていそうな気がする。

 俺はズカズカと大学生達に近づき、琴葉を掴んでいる手を無理矢理離した。

「おいやめろ。困っているだろ。」

「ッ!尚登!」

「チッ。……ねえ君、人が話している最中なんだけど邪魔しないでくれる。」

「そうだそうだ。僕らと彼女との会話に割り込まないでくれます?」

「そんなの関係ない。俺の連れだからな。それより、お前たちの方こそ勝手に連れをナンパするんじゃない。ここには遊びに来ているんだ。お前たちが邪魔なんだよ。こんな奴らは放っておいて行こう、琴葉。」

「うん。」

 俺は琴葉の腕を引っ張ってその場を早歩きで逃げた。

「っておい待ちやがれ。」

「逃げるのかよ。まじか。」

 


 世の中、ナンパから逃げるが勝ちなのだ。



 

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