わたしの手上で踊れサンバ!

藤前 阿須

第1話、あなたは未来からのメールを信じるか?

 俺こと麻倉尚登は昨日、幼馴染の雨宮琴葉から水族館に行く約束をした。なんでも友人から明日、突然急用ができたらしく、代わりに使ってくれと譲り受けたそうだ。なんとも下手な展開だが、久しぶりに琴葉と遊べる機会が巡り合わせてきたのだ。これを利用しない手はないだろう。





 俺と琴葉は同じ高校に入ってから、あまり二人で遊んだことはない。琴葉と遊びに行く時は大抵他の友達と一緒に行く場合が多かった。俺の家で遊ぶことがあっても他の女友達と一緒に来ることがほとんどだった。いたとしても1時間程度、琴葉とゲームするくらいだ。だからこうして二人で遊びに行くのを、新鮮に感じる。

 俺は一応、琴葉のことは仲のいい友達程度に思っている。幼馴染だからといって、別に男女の仲とか片想いの相手だとかそういう関係でもないし、あくまで女友達としての親友くらいの認識をしている。琴葉と変に仲が拗れるのは最悪だし、幼馴染で仲がそこそこいいこの関係がいつまでも続けばいいと思ってさえいる。要するに琴葉とは気心の知れた幼馴染兼親友であり続けたいと考えているのだ。まあ単に関係を壊したくないというのが本音だが………。

 そんなこんなあって、俺は渋谷のハチ公前にいる。何故か?それは俺がこういうのをやってみたいと琴葉に提案したからだ。琴葉もノリノリで賛同してくれた。やっぱりハチ公前で待ち合わせというのはロマンがあるな!





 琴葉との待ち合わせ15分前、俺は午後の渋谷駅周辺を観察していた。お昼を食べてから集合と決めたのは俺だが、早めに来すぎたせいで待つ間はとても暇だ。少し張り切りすぎてお昼早めの待ち合わせ早めに行動した過去の俺に後悔する。今とても退屈だ。

そんな俺の元に一通のメールが届いた。それは全く見知らぬアドレスで差出人名が麻倉尚登と書かれたメールだった。つまるところ、俺宛のメールの差出人は俺の名前を無断で使った誰かからのメールだった。ややこしいな。

「なんだこれ?」

 謎のメールを開くと、ずらずらと文章が書かれていた。



差出人:麻倉尚登

ーこんにちは、五年前の麻倉尚登。私はあなたの時代から10年後の、未来の麻倉尚登だ。正確に言うなれば、未来の麻倉尚登の指示を受けてこのメールを送っているものだ。だが、これから伝える内容はほとんど未来の麻倉尚登本人が考えて私に送らせた内容だ。本人の言葉として考えてもらってもいい。

 さて、繰り返すようで悪いが、私たちは未来からこのメールを送っている。だから、今日君が朝9:21に起きたことも昨日の夕食はカレーだったことも今日のパンツの柄がシマシマ模様だということも知っている。信じるかどうかはあなたに委ねるが、こちらとしてはこのメールが未来から来たのだと信じてほしい。

 ここから本題だが、君にお願いがある。雨宮琴葉との水族館に観光の最中、君から雨宮琴葉に告白をしてほしい。

 順を追って話そう。まず、このメールを受け取った数時間後に君は間違いなく雨宮琴葉から告白される。そしてその後、雨宮琴葉は彼女を尾行していたストーカーに殺されそうになる。仮にストーカーを退けたとしても、突然降ってきた魚によって殺される、階段から落ちて殺される、大学生二人組にホテルに連れ込まれて殺される、等の琴葉はさまざまなシュチュエーションで殺されてしまうのだ。つまり、雨宮琴葉は麻倉尚登に告白して殺されるという運命は一連の流れとして固定されてしまっている。簡単に言えば、雨宮琴葉が5年前の君に告白すれば、彼女は確実に殺される。そういう定めなんだ。

 そして、固定された運命を変えるために必君から彼女に告白することが必要だ。今日、このデートをもって君は雨宮琴葉に告白するんだ。これまでいくつものパターンを試してきた中で見つけたこの運命の回避法だ。別に彼女になってくれと言う嘘をつけと言っているのではない。君が雨宮琴葉とこれからどういう関係でいきたいのか伝えるだけでいい。それだけで運命は変わる。青春を謳歌する君には残酷なことだと思うが、どうか運命を変えるために頑張ってほしい。5年間、琴葉の死の事象を変えようと躍起になった私達の努力と悲しみの上でのお願いだ。なんとしてでも琴葉を救ってほしい。再度言おう、「今日、麻倉尚登が雨宮琴葉に告白すれば雨宮琴葉は殺さない。」この言葉の意味をしっかり理解してほしい。健闘を祈る。ー




 そこまで読んでスマホの画面を閉じる。

 なんだか読んだだけで疲れた。この長ったらしい文章を読んだからではない。とても意味不明な未来からのメールが来たという事実に対して疲れただけだ。いきなり未来からのメールだと言われて信じれるはずがないだろうに。

 というか普通、未来からのメールだって信じさせるためにパンツの柄を暴露するか?高校生にもなってまだ、シマシマパンツを履いているなんてこと、まだ琴葉にしかバレてないばずだぞ。これは一大事だ!……いや待て、パンツの柄を暴露されたからってどうして俺はこんなに狼狽えているんだ?しっかりしろ、俺。心配するとしたら、琴葉にストーカーしている人がいることに注目すべきだろう。だが、誰がストーカーかなんてわかりもしないし、心配するだけ今は無駄なように感じる。

 そもそも、このメールが未来から来たと仮定して、本当に琴葉が死ぬのか?死んでからでは遅いが、琴葉が告白したら、死ぬってというのはありえないような気がする……。そもそも俺が告白したからって何か変わるのか?何も変わらない気がするが、このメールを信じなければもしかしたら……。

 そこまで考えて、思考を止めた。考えたところで俺にできることは高が知れている。今日の琴葉を全力で守る、それだけだと気づいたからだ。






「尚登、お待たせ。」

「おう、来たか。おはよう。」

「おはよう。」

 琴葉が人混みだらけの渋谷駅からやってきた。

今日の琴葉の私服もまぁまぁ可愛かった。普段、休日に遊びに行くような服装だ。特段普段と変わらない服装で安堵する。

「じゃあ、さっそく行くか。」

「うん。」

 俺は一抹の不安を隅に置き、琴葉と水族館へと向かったのだった。



    

 









 その後ろを尾行している黒い影がいることを知らずに。



 

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