メイドの証言 第二話

 放課後 白銀寮 従業員休憩室

 美食に慣れた生徒達の舌と胃袋を満足させるため、超一流のシェフを擁するキッチンの端に、メイド専用の休憩室がある。

 中で数名のメイド達が休憩をとっていた。

 肩章に221と刺繍されているから、彼女たちが昨晩、不審者と戦ったんだろう。

「あの……」

「あら?確か、水瀬さんでしたね」

 声をかけてきたのは、一番奥で紅茶を飲んでいたメイドだった。

 長いポニーテールに優しそうな目元が印象的な、やや背の高い女性だ。

「は、はい」

「221班長の池内です。敬礼はいいわ。大尉からさっき連絡をもらっているの。それで?」

「あの、昨日の不審者についてですけど、どんな相手でした?」

「高等部の2年の木戸さんと顔立ちといい、体つきといい、よく似ていたのは事実よ?」

 隣にいたメイドが割り込むように話した。

「実際、歩哨に立っていた117班の娘も、最初は木戸さんだと思ったっていう位。あの娘達は高等部中心で担当しているからね。よく知っているのよ」

「でも、違った」

「ええ。網膜の他あらゆるバイオチェック(生体認証)にもね」

「ヘン、ですね」

「そう。だからね?こっちも出ていって、誰何したけど反応がない。間近で視認したけど、外見は生徒さんだった。でも、バイオチェツクに反応しないんじゃあ、いろんな意味で普通じゃないでしょう?歩調からしても屍鬼じゃないのはすぐにわかった。だから、ああこれは吸血鬼化しちゃったなって、そう思ったの」

「き!?」

「最初、警告与えてから威嚇発砲で取り押さえようとしたんだけどねぇ」

「止まらなかった?」

「普通、威嚇発砲でも止まらなかったら、射殺されても文句言えないでしょう?」

「まぁ、普通はそうですね」

「だから足を狙って発砲したら、弾丸避けちゃうんだもの。もう隊長、撃て撃てって」

「う、撃ちまくったんですか?」

「ええ。私のかわいい電ノコちゃん(MG-42 注:機関銃)が火を噴いたわ」

 水瀬の中で、大切な何かに確実にヒビが入った。

「東○マルイ、すごいエアガン売り出したんですね……それとも、ファイ○アームズですか?電動モーター式?それともガス?」

 なぜか水瀬は涙声になっていた。

「やっだぁ!本物に決まっているじゃない!」

「は、ははっ……」

 ほほえむ頬を滝涙が流れ落ちていく。

「ところがね?私の電ノコちゃんをもってしても当たらないのよ。これが」

「吸血鬼の反射能力は騎士並だ。我らメイドでなければ追いつかない」

 ティーポットに手を伸ばす、目元がややきついメイドが言った。

「篠原が無駄弾ばらまくせいで、包囲殲滅戦が出来なかったのが失点だ」

「う゛っ!」

 先ほどまで説明してくれていたメイドが青くなって黙った。

「水瀬さんだったな?」

「あ、水瀬、でいいです」

「―――じゃあ、メイド服を身にまとう限りで、水瀬。その後、我々は白兵戦へ転じた。銃剣やハルバード、バトルアックス―――まぁ、そういう所だ」

 彼女は、壁の棚に並ぶ自動小銃や斧をアゴで示した。

 よく手入れされているが、グリップなどをみれば、それがどれだけ使い込まれたものかは一目瞭然だ。

「はぁ……」

 水瀬は、居合わせたメイド達を一通り見た。

 目の前にいるのは、普通の人で、しかも全員、見た目はかなり華奢なメイド達。

 それが、機関銃を撃ちまくり、バトルアックスを振り回す姿は、ちょっと想像できなかった。

「多勢に無勢と判断したか、不審者はすぐに後退していったよ」

「あの、皆さんって……騎士、じゃないんですよね?」

「当然だ」

「じゃ、何なんですか?」

 全員が同時に答えた。

「メイド」

 

 夜 白銀寮 第4監視塔

 夜、歩哨への食事を届けに、水瀬は監視塔に登った。

「お疲れさまです。食事です」

 まだ20歳前だろう、髪を短くしたメイドが水瀬にほほえみながら声をかけてきた。

「ありがと」

 たしか、野々村という名前だと聞いた。

「わぁ。今日は何かな?」

「松阪牛のビーフシチューです」

「へへっ。私、だからやめられないんだ。この仕事」

「おいしいご飯。ですか?」

「そう。仕事はキツいトコあるけどね?こんな高級なご飯、タダで食べられるし、うっわーっ。今日はティラミスもある!」

「昨日も監視ですか?」

「え?そう。機銃で支援もしたよ?」

「機銃?」

「そう。あれ」

 吉野がスプーンで指し示した先には、銃架に乗ったゴツイ機械があった。

「なんです?あれ」

「M134ミニガン。今はサイレンサーつけてあるからゴツゴツだけど、本当はカワイイのよ?毎分4000発も発射出来るし。本当はM61が普通なんだけど」

 他にも、こんなのもあるよ?と、水瀬が手渡されたのは、セミオートマの対戦車ライフルと歩兵携帯型の対空ミサイルだ。

「さ、サイレンサーに意味あるんですか?」

「スプレッサーもついてるけど。ほら、ここはお金持ちがたくさんいるでしょう?」

「はい。それが?」

「お金に不可能はないのよ」

「な、なんだか、真理ですね」

「そう。それで?何か聞きたいことがあるの?」

「昨晩の不審者ですけど、あれ、木戸さんだったんじゃないかって」

「そうよ?」

「え?」

「あれ、木戸さん」

「な、なんでわかるんですか?」

「木戸さんって、首筋にほくろが3つ並んでいるのよ。だから、首筋見ればすぐわかるわ。間違いなく、木戸さんの吸血鬼」

「皆さん、よくそんなに平気ですね」

「最初は怖かったけどさ?式神から始まって、やれ死霊だの生き霊だの厄介なものを生徒さん達に送りつけてくる人多くてね?で、そんなのと戦ってたら自然と慣れちゃった。吸血鬼もこれで何度目だっけ?うーんと……忘れちゃった。ま、生徒さんが吸血鬼化したのははじめてだけどね」

 

 (しばらくメイドに関わりたくない)

 水瀬は本気でそう思った。

 (でなければ、僕達の立場って一体……)

 

 

 夜 白銀寮 春菜の部屋


 夜 春菜の部屋で、栗須の煎れてくれた紅茶を飲みながら、水瀬は今日の出来事を話した。

「当たり前ですよ?」

「え?」

 春菜はきょとんとした顔で言った。

「ここのメイドさんだけじゃありません。宮中の女官さん達も、それくらいは当然、出来ます」

 ちらりと栗須を見る。

 栗須は焼きたてのパイを切るのに夢中で、こっちに気づいていない。

 

 やっぱりよくわかんない。

 

 メイドさんが吸血鬼を撃退するなんて、そんなこと、信じられない。

 

 相手は近衛でも手こずることがある高位の妖魔だ。

 

 それを相手出来るってことは、僕たちと互角の力があるってことになる。

 

 うん。やっぱり、考えれば考えるだけ、何か、何かが間違っている。

 

 よし。

 

 水瀬は軽く風を起こした。

 

 魔力では初歩中の初歩「創風(そうふう)」の魔法。

 

 (これに栗須さんはどう反応するんだろう)

 

 風が栗須の足下を狙う。

 そして―――

 

「はぁい!パイが出来ましたよぉ!?」

 

 そう言った栗須のスカートが、一気にめくりあがった。

 

「そうです!栗須泣いて暴れちゃって!―――だから、姉様、笑い事じゃないんです!」

 

 皇室の身の回りに関する奉仕を任務とする宮内省宮中女官団。

 それは、皇室のメイド達のこと。

 

 その中でもトップに属する女官

 栗須明奈(くりす・あきな)

 

 水瀬はこの夜、彼女によって女官の、いや、メイドの恐ろしさをその身をもって味わうことになった。

 

 自業自得。

 

 それが、いつだって教訓だ。

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