メイドの証言 第一話

「ねえ、お聞きになりました?」

「2年生の木戸さんって方、昨日の夜から行方不明とか」

「ご両親がいらっしゃっているそうよ?」

 

 木戸文乃の失踪は、教養科の生徒達に少なからぬ影響を与えた。

 

「何でも、木戸さん、好きな方と駆け落ちなさったとか」

「身分違いの恋をされていらっしゃったのね?」

「すてきなお話ですわ」

「なんでも、今頃は二人でヨーロッパに向かう飛行機の中とか」

「いいえ?それでは空港で止められますでしょう?横浜港から船と聞きましたわよ?」

 

 なお、影響とは、お茶の話題のことである。

 彼女たちに、身の危険を感じる能力は、はっきり言ってほとんどない。

 ……そのことについては、いずれ話すことにしよう。

 

 

「今日はおごらんぞ」

 舞は席に着くなり、開口一番、そう言った。

「でも、先輩のツケっていっちゃった」

 そういう水瀬の前には、チキンの香草焼きをはじめ、トレイからあふれんばかりの料理が並んでいた。

「後で取り立てる」 

「じゃ、上条先輩のお弁当」

 そう言って手を伸ばした水瀬の目の前で、うららの弁当箱が消えた。

 舞がとっさに取り上げたからだ。

「これは私のだ!」

「本当に、仲がよろしいんですねぇ」

 感心したように言う春菜は、水瀬のトレイからめぼしい料理を自分のトレイに移していた。

「まぁ、うららとは幼稚園からのつきあいだからな」

 舞は照れ隠しのように咳払いしてから弁当箱の包みを解いた。

「タコさんウィンナーにハンバーグ。上条先輩は、お料理、お上手なんですね」

「そ、そんなことないです」そういうものの、うららの言葉には、どこか自信が感じられる。

「あ、おいしい」

 ハンバーグを一切れかっさらった水瀬がモグモグしながら感想を述べた。

「こ、こらっ!」

 負けじと舞が水瀬の皿からチキンの香草焼きを丸ごとさらう。

「先輩ヒドイ!」

「報いというものだ!」

「うううっ……で、先輩。この前の不審者ですけど、何かわかりました?」

「ああ。単なる営利誘拐だ。会長が仕入れてきた情報だがな」

「信用、できるんですか?それ」

「情報は理事から直接、会長へ伝わってくる。出所が出所だけに信頼はおける」

「へぇ。じゃ、校長は?」

「校長とその派閥は、理事からはいい顔されているとは限らない」

 舞は中途半端な答えでお茶を濁した。

「それより、昨晩の騒ぎの方が問題じゃないか?寮が襲われたと聞いているが」

 

 

 放課後 白銀寮

「昨晩のことですか?」

 メイド服に身を包んだ水瀬は、女中頭に昨晩の出来事を訊ねた。

「昨晩、あれほどの騒ぎになったというのに、あなたはそれに気づかなかったのですか?」

「申し訳有りません。レミントン神父……と、シスター・フォルテシアの部屋におりましたので」

「門限は、すぎていましたね」

「し、神父が特別に―――と」

 女中頭のからみつくような視線から逃れようと、水瀬は虚しい反撃に出た。

「まぁ、いいでしょう」

 (この人、すべてお見通しなんだろうな)

 水瀬はそう思ったが、あながち間違いでもないだろう。

「神父へは後で確認しておきます。何しろ、メイド服を着ていないあなたは、ここの生徒なのですから」

「はぁ」

「生徒である以上、規則に違反するならば、罰を受けていただきます。よろしいですね?」

「罰?」

「安心なさい。単なる罰金刑です」

「ばっ!?」

 今の水瀬にとって、一番痛い罰だ。

「―――」

「し、失礼いたしました」

「ほんの百万円です。1時間当たり」

「す、すごい刑罰ですね」

「そうですか?みなさん、お小遣いを減らされる程度ですよ?」

「……常識が破壊される瞬間って、こんな時なんでしょうね」

 

「それはともかく」

 

 チリン

 

 女中頭は、机の上にあったベルを鳴らした。

 

 ガチャ

 

「お呼びですか?」

 

 入ってきたのは、水瀬に銃を教えたメイドだ。

「昨夜の事件について、水瀬さんに教えてあげてください。実際に指揮を執ったあなたの方が、詳しく説明できるでしょう」

 

「はっ」

 

 メイドは、水瀬に向き直ると、事務的に語り出した。

 

「昨晩2349時、第三種警戒シフト体制下にあった女子寮「白銀館」第4監視塔にて警備中のメイドがポイントA4地点に不審者を発見。直ちに、同ポイント担当の、4名でなる221班が誰何に向かった所、不審者は敵対行為を見せたため、2354時、現場の判断で不審者を敵と判断。同時刻、敵へ向け発砲開始」

 

「発砲?」

「―――何か?」

「あ、あの、昨晩、私、射撃音は聞こえませんでしたが?」

 

「当然です」

 女中頭は言い切った。

「メイドたる者、ご主人様の安眠を乱してはなりません。故に、夜間使用する銃は、その全体を覆うサイレンサーは当然。可能な場合は火器ではなく、肉弾戦にて、静かに、かつ速やかに敵を殲滅することは常識です」

「じ、常識、ですか?」

「はい」

「……続きをどうぞ」

「敵はこちらからの攻撃を巧みに交わしながら反撃に転じ、近接戦闘範囲へ進入したため、銃剣及びバルバード、バトルアックスにて応戦。日付変更し0001時、敵撤退を開始。同時に321狙撃班、112、113重機関銃班、124対戦車猟兵班が敵へ向け発砲。敵に与えた損害は不明」

「太田?迫撃砲と戦車、航空戦力の投入は?」

「夜間、その爆音はご主人様方の安眠を妨害するおそれがあると判断し、投入を見合わせました」

「よろしい」

 女中頭は頷きながら言った。

「適切な判断でした。生徒さん達の安眠を守り抜いた武装メイド隊の功績は、いずれ何らかの形で表彰されることでしょう」

「はっ」

 メイドは背筋をなおし、敬礼した。

「水瀬さん?何か質問は?」

「え、えっと、不審者の服装や性別なんかは?」

「―――女性だ」

 メイドが無機質に答えた。

「女性?じゃあ、生徒さんだったのかも」

「全生徒の個別認識は網膜認証を採用している。歩哨に立つメイドは、専用のセンサーで、瞬時に夜間だろうが何だろうが相手が誰かを、通常の3倍早く把握出来る。何より、監視システムは特殊な方法でこの学園の全ての人間の居場所を把握出来るのだ。誤認はありえない」

「で、でも、昨日、生徒さんが一人」

「部下の報告では、不審者は高等部2年B組出席番号12番、生徒認証番号55647012、木戸文乃様とよく似ていたという。だが、違う」

「?」

「侵入者の情報は、網膜認証はおろか、衛星画像以外のすべての検知にひっかからなかった。これで生徒だと認識することなぞ出来ない。変装でなければ、おおかた、学園内をさまよう死霊か、はたまた狐や狸の類だろう」

「そう、さらっと言われると……」

「何なら、当時、実際に交戦した部隊がキッチンにいる。話を聞いてみてはどうだ?」

「そうします」

 

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