旧校舎にて
旧校舎にて 第一話
「え?」
一流ホテルやレストラン出の一流シェフ達が腕をふるったランチを食べながらの会話に出てきた、聞き慣れない言葉に、春菜はきょとんとした。
「ですから、探検です」
そう言うのは、西園寺夢見(さいおんじ・ゆめみ)だ。
お嬢様だけに怖いモノを知らない。
悪く言ったら、世間知らず。
そんなキャラだ。
「で、ですけど、旧校舎群だなんて」
「昼間ですから」
「立ち入りが規制されていると聞きますけど?」
「そんなもの、どうとでもなりますわ?執事達を護衛として連れて行きますし」
「……」
チラリと横にいた水瀬を見ると、何かブツブツ言っている。
春菜は、聞き耳を立ててみた。
「……タマネギはみじん切りにして圧力釜で煮ている。隠し味は生クリーム……ワインは赤……割合は3対2対1対0.6………これは…ブツブツ…」
(だめだ)
春菜はため息をついた。
水瀬は出された料理の分析で遠い世界の住人になっている。
この後、シェフと料理談義に入って、メイドのアルバイト。どっちにしても、今夜遅くまで動かせない。
新作料理なんて、食べさせなければよかった。
春菜は後悔したが、あとの祭りだ。
「殿下?」
西園寺がしびれを切らせたように言った。
「いかがなさいます?」
「あ、あの……せっかくですけど私」
「そうですの?あの寂れた世界。まるで文学の世界ですわよ?一目見ておくだけでも、これからそのテの作品を読む上で空想に幅が―――」
「行きます!!」
「そ、そうですか?―――では、午後は授業がないですし。すぐにお迎えにあがります」
「は、はい……」
夢見は、席を立つと、食堂の別な席に座っていた仲間達の元に合流した。
「西園寺さん?上手く行きましたか?」
「ええ。殿下、のっていただけましたわ」
「うふふっ。内親王殿下がお化けにおびえて泣き叫ぶ姿、たっぷりビデオに収めてあげますわ」
「本当。殿下ったら、アイドルでもないのに、あの巨乳のせいでファンクラブまであるそうですのよ?憎らしい」
「伝統だけの皇室なんて、私達の家からすれば、たいしたことがないことを、暗にわからせてあげましょう」
困った。
春菜は夢見の意図を読んでいた。
いわゆるイジメだ。
西園寺家は、精華家の流れをくむ伝統有る名門。
生徒同士とはいえ、つきあいは無碍に出来ない。
それでも、向こうに普通につきあう意志があれば、の話だ。
夢見は西園寺家の出を何より誇っている。
それ以上、ましてやそれ以下の家柄なんて、認めようとしない。
西園寺家が唯一無二なのだ。
実際、夢見は、家を前面押し立て学園の女王気取りだ。
そんな夢見だからこそ、皇室の出である春菜の存在は面白いはずがない。
上辺は親しげだが、底辺にあるのは憎悪でしかない。
入学したての頃、教科書を隠されたことから始まり、ことあるごとにひどい仕打ちを受けてきた。
先生も生徒も、それを知っていても西園寺家と事を起こすことは出来ない。
春菜は、一人で耐えるしかなかった。
「春菜?」
ぽんっと肩に誰かの手が置かれた。
「あ、紫音さん」
西九条紫音(にしくじょう・しおん)。
名門西九条公爵家の次女。
初等部から一緒の、春菜にとって一番の親友。
友達というより、身近にいる姉といってもいいくらい、ある意味で春菜は紫音にあらゆる面で依存している。
学園入学と同時に親しくなった間柄。
何でも相談しあってきた仲。
春菜が唯一、姉以外で自分をファーストネームで呼ぶことを許している相手。
誰より春菜という“人間”を理解してくれる相手。
ということで互いの親密度がわかるだろう。
モデル顔負けの腰まで伸ばした絹のような艶やかな髪が自慢の、切れ長だが優しい眼差しが、心配そうに春菜を見つめていた。
「話、聞いていたけど、大丈夫?」
「う、うん……いくら西園寺さんでも、私に怪我させるようなことはしないはずだし」
「当たり前よ。西園寺家が根絶やしにされるわよ。それはわかっているのよ。夢見」
紫音は、取り巻きに囲まれて悦に入る夢見を、苦々しげに一瞥すると、春菜に言った。
「ごめんね。本当なら従妹の私が一言言うべきなんだけど……」
「家同士の問題になったら大変だよ?西園寺さん、どんな尾ひれつけるかわかったものではないし」
「うん。ね?春菜。私もついていくわ。その……探検」
「え?」
「バジルが……ターメリックが……」
春菜は、料理を前にブツブツ言い続ける水瀬を置いて、食堂を出た。
それからしばらくの後、
SPを兼ねた西園寺の執事の運転する車で、春菜達は20分かけて旧校舎群へ向かう。
ちなみに、「車で20分」だ。
「これが、旧校舎群なのですか?」
春菜達の目の前には、別な華雅女子学園が存在していた。
ちなみに旧校舎群は3階建て以上の建物だけで10棟を越える。
木造建築だが、決して古ぼけた印象はない。むしろ、春菜にとってはこちらの校舎の方が趣味に合う。
「あら。ご存じありません?こここそが華雅女子学園でしたのよ?でも、西園寺家の者が入学するということで、記念に今の新校舎が建てられましたの」
「あ……そう、なんですか」
「それ以降は、何やら政府の研究施設になっていたそうですよ?10年ほど前まで」
「すっごいですわ!」
「さすが西園寺家!」
取り巻き達の歓声に悦に入った夢見が続ける。
「ええ。でも、白銀館をはじめ、伝統ある施設はそっくり移築しましてね?」
夢見の自慢話が始まった。
華雅女子学園 厨房
「かーっ。まいったな嬢ちゃん!」
シェフの一人が頭をかきながら一枚の紙を見ていた。
「当たりですか!?」
「ああ。レシピは8割これで合っている」
「は、8割……」
「何言ってんだい!俺が20年かけたレシピだぜ?それを一発で8割だ!割にあわねぇのはこっちだ!」
「どこが違いました?」
「口外しないなら教えてやる。ここのな?」
「ふんふん」
「ここが、旧A棟です」
板張りの床が歩くたびにギシギシと音を立てる。
「ね?ここで二手にわかれてみません?」
「二手に?」
「そう。一緒に動けば、それだけ時間がロスしますでしょう?ですから、二手に分かれて探検です。殿下?いかがです?私達は旧C.D棟へ向かいます。殿下は旧A.B棟の探検ということで」
「で、ですけど、危険では?」
「何もないですわよ?紫音は怖い?」
「こ、こわくなんて!」
「じゃ、そういうことで」
「ご、ごめんなさい」
紫音はうなだれながら春菜に謝った。
「わ、私が夢見の口車にのっちゃったから」
「い、いいえ。そ、それより、誰かに来てもらいましょう」
「そ、そうね。その方がいいかも」
紫音も春菜も、互いの携帯電話をポケットから取り出した。
「えっと、まず水瀬に」
「水瀬って、あの娘?」
「ええ」
「でね?春菜」
「なんです?」
「―――あの娘、何者?」
「え?」
「水瀬家が、ルシフェル・ナナリ以外の養女をとったなんて話、聞いてないわよ?」
「え?さ、さぁ。それより、どうしてそんなことを知っているんですか?」
「だって」
紫音はつまらなそうに言った。
「私、16になったら、お父様の御命令で、水瀬家の跡取りと見合いすることになっているんだもの」
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