華雅女子学園生徒会 第二話

 3分後

「まぁその、なんだ」

 席に戻った(周囲に戻らされた)クリスは、咳払いした後、言った。

「改めて紹介する。私が華雅女子学園生徒会長のクリスだ。クリス様、もしくはご主人様と呼ぶように」

「―――はじめまして」

 水瀬はクリスの発言をアタマから無視した。

「右にいるのが副会長同じく高等部2年楠沙羅(くすのき・さら)」

 先程のメガネの女子生徒。

 クリスとは、とても同い年には思えないほど落ち着いた感じの女性が軽く会釈した。

 まるで社長秘書だ。と水瀬は思った。

「その横が書記の上条うらら」

 やたらと胸の大きい、おどおどした感じのめがねっ娘が小さく頷く。

 さっきの報告は、彼女が行ったことはすぐにわかった。

 それから何人かの紹介を受けた後、例の二人の名前があがった。

「左が風紀委員長の村雲舞(むらくも・まい)と、副委員長の芹沢白銀(せりざわ・しろがね)だ」

 二人が軽く頷き、水瀬もただ、頷き返すだけだ。

 かなり武道の修行を積んだらしいことは、その仕草でわかる。

「とにかく、お前の情報が欲しいんだ。水瀬」

「ですから、校長先生に」

「生徒会は、校長先生に睨まれているのよ」副会長の沙羅が言った。

「学園にも色々派閥があってね?一筋縄ではいかないのよ」

「……生徒会を信じない校長というのも、なにかヘンな感じが」

「正しくは、生徒の自治が気に入らないんだ」クリスは言った。

「生徒はすべからく教員の下に隷属していればいいというのが、あのクソ校長の考えだ」

「……」

「私達はそれに反対している。華雅女子学園は単なるお嬢様学校なんかじゃない。歴とした自治体制を創設以来敷いてきた学園都市だ。自治の伝統を絶やすわけにはいかないんだ」

「水瀬さん」沙羅が、すがるような目で水瀬を見つめていた。

 水瀬はため息まじりに言った。

「……それで?生徒会として、どこまでの情報をつかんでいるのですか?」

 

 学園で不可思議な事件が発生するようになったのは今年の春からだ。

 普通科を中心に、職員や生徒が行方不明、または自殺するケースが急増。

 生徒の噂などを調査した結果、薬物が密かに生徒や教職員の中で使われているという情報が浮上してきた。

「薬物?」

「ええ。“C”という名の薬物です。主に普通科で出回っているのですが」

「C……効果は?」

 クリスがそれに答えた。

「疲れがとれる。美しくなる。胸が大きくなる―――まぁ、年頃の女なら魅力的に感じる効果がワンサ謳われている。まぁ、実際には誰も、生きてそれを実証していないがな」

「生きて?」

「ああ。急性薬物中毒で今年に入ってから二人が死んで、一人が廃人になっている」

「……背が高くなるっていうのは、ないようですね」

「あったら使いたいか?」

「お互いに?」

「まぁまぁお二人とも」

 パンパンと手を叩いてにらみ合う水瀬とクリスを止めたのは、村雲舞だ。

「自分が背が高いからって……」

「あなたには、この悔しさはわかりません」

「マジメに取り組みましょう。水瀬、広橋さんを止めた時の状況を教えてほしい」

「状況?」

「彼女から薬物反応が出たという情報を、我々は掴んでいるわ」

「……情報の出所は?」

「秘密事項です。ただ、あなたを担いではいない。信じて」

「何を知りたいのですか?」

「薬物によって、彼女にどんな反応が出たか。生徒会として、それを把握しておけば、対処の道も考えることができるわ」

「……」

 水瀬は、しばらく考えた後、言った。

「こっくりさんによる憑依状態のまま、大声を上げて窓から飛び降りようとしましたので、当て身で眠らせました。薬物との関係は私にはわかりません」

「窓から?」

「はい。制止を振り切ってでも窓から飛び降りようと」

「こっくりさんなんざ関係ねえ。そいつは、一時的な薬物による混乱だな」

 クリスは、どこからか取り出したチュッパチャプスをくわえながら言った。

「ジャンキーに多い。あっさり死んでくれれば世のためだ」

「といいたいんですけどね」

「わかった」クリスは、チュッパチャプスを水瀬に向けると言った。

「薬物使用者には、発狂、最悪は自殺行為に走る恐れがある。ということだな」

「……」

「沙羅は校内での啓発活動に全力を。風紀は引き続き、薬物の校内における流通ルートを当たってくれ―――以上。さて水瀬、ツラ貸せ」

「会長!」

 

 ノインテーターだと、水瀬は見当をつけた。

 C。

 一瞬、ビタミン剤かと思った。

 だけど違う。

 C。

 シー。

 屍衣(しい)。

 伝説におけるノインテーターは、屍衣を喰らう存在。

 吸血鬼の隠語としての屍衣。

 つまり、ノインテーターの隠語としての屍衣。

 それが、C。

 仰々しい名前より、簡易な名前の方が生徒達に流布させやすいだろう。

 問題は、流通ルートだが……。

 



「水瀬」

 生徒会室から出た水瀬を追ってきたのは、村雲舞だった。

「何です?」

「済まない。気を悪くしないでほしい。生徒会長はいつもああなんだ」

「?……ああ、別に気にしてません。あの程度、カワイイものです」

「そうか」

 ほっとした表情の舞は、感心したように水瀬に言った。

「意外と度量があるというか、年の割には大人びているんだな」

「そんなことはありませんけど、風紀の方でしたね」

「ああ。そのことで相談がある」

 その手には、無線機が握られていた。

「?」

「こっちへ」

 

 

 村上舞(むらかみ・まい)

 教養科高等部1年。

 古くから公安に携わる家柄で、先祖は火付盗賊改長官を歴任、現在に至るも歴代の最高裁判所長や警察庁長官を輩出してきた名門、村雲家の一員。

 四角四面の軍人タイプ。

 いわば、風紀委員になるために生まれてきたような人物だ。

 

「どうしたんです?」歩きながら水瀬が訊ねた。

「不審者が出た」

「警備員に任せれば」

「警備員は警官じゃない。幸い、生徒には武道の心得がある者は何人かいる。何より、各自のSPを回してもらえることもある」

「じゃあ、そういう人に任せたらどうです?」

「春菜殿下に頼んだら、二つ返事で君を貸してくれた」

「……」

 

 水瀬と舞が立っているのは、家庭科準備室の前。

 不審者(要するに男)がいるという知らせを受けた舞が、水瀬を巻き込んだのだ。

 巻き込まれたことは……まぁ、いい。

 だが

 水瀬は、ちらりと視線を廊下の角に向けた。

 おそらく、舞の取り巻きだろう女子生徒達が隠れるようにしてこちらを見ている。

 間違いなく、彼女たちは、舞の活躍を望んでいる。

「見せ場、壊すと何ですから、見てましょうか?」

「随分と薄情だな」

「世間様のお陰で」

「――中に何人いるかわかるか?」

「……3人。武装していますね。拳銃、かな?」

「よくわかるな」

「経験で」

「で?拳銃を所持する危険人物相手に、丸腰の私を単独突入させるつもりか?」

「警察を」

「間に合うと思うか?」

「あっ。メイドの人達」

「メイドは白金寮とその周辺が担当だ。校舎への立ち入りは、原則認められていない」

 舞の声はどことなく楽しそうだ。

「……」

「どうする、騎士殿?」

「!?」

「怖い顔で睨まないでくれ。心臓に持病で体育免除ってのは、騎士が身分隠すときの常套手段だぞ?それに水瀬家の一員だろう?」

「……」

 水瀬は、大きくため息をつくともドアに手をかけてから言った。

「突入します。叩きのめしますから、取り押さえてください」

「感謝する。ランチくらい、おごってあげよう」

「じゃ。そういうことで」

「そういうことで」

 

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