華雅女子学園生徒会 第一話

●華雅女子学園 校舎

 水瀬は校舎に戻った。

 放課後に加えて雨のせいか、校舎にいる生徒の数は、かなり少ない。

 (雨足が強まる前に帰ろうか)

 水瀬がそう思って教室を出た刹那、両脇を押さえられた。

「新入生の、水瀬悠菜だな?」

 軍人か警官のような、お嬢様学園とは思えない強圧的な言葉がかけられてきた。

「そうですが?」

 横を見ると、背の高い女子生徒が二人、脇に立っていた。

「あの」

 それとなく腕をふりほどこうとするが、二人は腕を掴んだまま、放そうとはしない。

「生徒会風紀委員だ。話がある」

 

 

 (まずい)

 生徒会室に連れ込まれた水瀬は緊張していた。

 何がバレた?

 近衛という立場は絶対に伏せられている。

 むしろ知っていたら、その情報源を知るために、ここにいる全員の脳を調べなければならない。

 自分が男だとか?

 これがまずい。

 変装は完璧なはず。

 自信はある。

 トイレはなるべく控えていたし。

 体育はなかったし……。

 

「……」

 薄暗い室内にいるのは、全員女子生徒らしい。

 らしい。というのも変な話だが、どうも顔を見られたくないという演出だということはわかる。

 全員が自分を見つめている。

「あ、あのぉ……」

「書記、説明」

 水瀬から見て真っ正面、一番奥に設えられた最も背もたれの高い椅子に座った生徒から声があがった。

 高い女の子の声。年齢は高くはない。

「は、はい」

 薄暗い中を、一人が慌てた様子で立ち上がった。

 どうやら手元のファイルでも読み上げようとしているらしい。

 (薄暗いのに大変だなぁ)水瀬はそう思った。

「み、水瀬悠菜さん。中等部2年。身長145センチ」

「145.5です!145.5!この前、コンマ5センチも伸びたんです!」

「ご、ごめんなさい……え、えっと、身長145.5センチ、BWH75、47,70。入学テストは満点。心臓に持病があり、体育科目は全て特別免除されています」

「ふむ……」

「あのぉ……」

「ああもうっ!」

 バンッ!

 誰かが机を強く叩いた音が室内に響く。

「暗くて何が何だかわかんねぇじゃねぇか!おい!照明つけろ照明!」

「会長が暗くしろっていったんじゃないですか!格好いいからって!」

「知るかそんなモン!」

 パッ

 その言葉に反応したように室内が明るく照らし出された。

 典型的な会議室だった。

 マホガニーの黒光りする豪華な会議机に革張りの椅子がコの字型に並べられ、それぞれの椅子に生徒会の役員だろう生徒が座っている。

「?」

 居合わせた面々に、水瀬は少なからず奇異の念を抱いた。

 メガネをかけた生徒は、多分、書記だろうし、あの気の強そうな軍人タイプの二人は風紀か何かだろう。水瀬はそう見当をつけた。

 だけど……

 問題は、その真っ正面。

 一番高そうな革張りの椅子に飛び乗って、片足を机に乗せているのは、

 どう考えても小学生だ。

 身長は水瀬よりやや低い。

 高校生なら、かなりチビだ。

 なめらかな金髪にくりっとした、まるで猫のような女の子だった。

「おう!水瀬といったな?」

 お嬢様学校の生徒とは思えないほどの江戸っ子な口調に、水瀬は正直、驚かされていた。

「……パンツ、見えてますよ?」

「見せパンだからいいんだよ!生徒会長のクリスだ!お前ぇに話がある!」

「あのぉ……転校したてでわからないのですが……この学園では、初等部の方でも、生徒会長になれるシステムなので?」

 水瀬の疑問に、居合わせた女子生徒が凍り付いた。

「ケンカ売ってんのか!?」

 “クリス”と名乗った女子生徒は、手近にあったカッターナイフを水瀬めがけて投げつけた。

 ぱしっ。

 まともに受ければ大ケガでは済まないはずが、水瀬は何でもないという顔で受け止めた後、不思議そうに訊ねた。

「生徒会役員は高等部の方と伺っていたのですが」

「私は高2だ高2!テメェの目玉は節穴か!?」

「飛び級ですか?」

「してねぇよ!」

「会長」

 先ほど、水瀬をここまで連れてきた二人のうちの一人、長い髪をリボンでまとめた女子生徒が席を立った。

「話が進みません。このままでは時間の無駄です」

「ちっ!おぅ水瀬!逃げるなよ!?」

「お手柔らかに」

「会長。とにかく、例の件について」

「ああ。そうだな。舞」

 クリスは、しぶしぶながら席についた。

「中等部2年の広橋達のこっくりさん事件、現場に居合わせたそうだな」

「……それが何か?」

「暴れ出した広橋を止めたのはお前だとか?」

「……それが何か?」

「詳しい話が聞きたい」

「校長にはお話済みのことですが?」

「水瀬さん。会長は少々、苛立っていらっしゃるだけです」

 席から立ち上がって声をかけてきたのは、クリスの横に座っていた、セルロイドのメガネをかけたマジメそうな女子生徒だった。

「華雅女子学園は、生徒の自治という面にも力を入れています。生徒会はいわば自治政府というわけです。ですから、学園内部で発生した事件等については、独自の捜査権限を持っています」

「……事はすでに校長に報告してあることですし。校長からは他言無用の命令を受けています」

「あのクサレ校長なんて知るか!」クリスが怒鳴った。

「すでに死人まで出ているんだぞ!?生徒会として放っておけるか!」

「水瀬さん。そういうことなの」

「下手な介入は、徒(いたずら)に犠牲を増やすだけです」

 その一言が、クリスの怒りに火を点けたらしい。

「てめぇ!」

 まるで小動物のような身軽さで、机を乗り越えたクリスは、水瀬の胸ぐらを掴もうとして、逆に腕をひねり上げられた。

「!!」

「素人が粋がったところで、何が出来るのですか?何より、トップがそんな軽はずみな態度では、部下が浮き足立ちますよ?」

「し、知ったようなクチを」

「常に冷静沈着たれ。指導者に求められる最低限の要件ですよ?会長」

「水瀬、離しなさい」

 風紀委員とみたもう一人の女子生徒が口を開いた。

「それでも会長だ」

「それとは何だ白銀!“それ”とは!」

 

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