薬の効果
放課後、裏門付近に停められた車の中。
運転席に座った理沙は、煉瓦造りの高い壁を眺めながら、助手席に向かって言った。
外は土砂降りの雨だ。
「どうして君が関わると、こうも大事になるのかしら」
助手席に座っていた水瀬が言った。
「当たりだった?」
「ええ。純度85%の“ノインテータ”だった。運が良かったわよ。かなりの高純度だもの。へたすれば一発よ?」
「依存症状が出たらどうなるんだっけ?」
「普通のクスリと同じよ。下手すれば廃人か、死ぬ」
理沙はハンドルにもたれかかりながら言った。
「この薬、どういう目的で作ったか、そこでわかんなくなるのよ。普通のクスリだったら、売人は、ユーザー(中毒患者)に何十回と使わせることで、クスリ代を巻き上げるでしょう?でもね?このクスリ、数回の使用で精神崩壊か体が拒絶反応起こして死ぬの……わずか数回。この使用回数の少なさがね?どうにもわからないのよね」
「だから、“ノインテーター”なんだ」
「そう。“二桁まで使えないクスリ”転じて“9の殺人者”ってことじゃない?」
「―――あの子達の入手ルートは?」
「もう絶望的。“こっくりさんに勧められた”ですって。実際はどうだか」
「売買されているわけじゃないの?」
「この学校の関係者が売人なら、とんだスキャンダルよ。一応、製薬会社や大学で薬物扱っている家中心に調べているけどさ。でもね?ヘンなのよ」
「ヘン?」
「普通なら、依存症が出た所で目の玉飛び出すような値段で売りつけるっていえるけどさ。でも広橋だっけ?あの子の言い分だと違うみたいなのよ。“お菊様から美しくなるクスリだと賜ったものだ”の一点張り。“金で買うなんて無様なマネするか”って」
「ま、儲けたければ、地道に普通のドラッグ売った方がいいよねぇ」
「そうよ。イモヅル式に検挙してやるわ。―――とはいっても、学校が捜査に否定的だしさぁ。“おたくの生徒さんから麻薬反応が出ました”って連絡したのが昨日。その日のウチに事件の絶対秘匿が総監命令で来た。わかる?この意味」
「“捜査はするな”ってコトだよね。バイヤーだけ潰して、お客については、一切調べるなってことでしょう?」
「そう。おかげで部外者が出来ることは皆無に近いわよ。ホント、あんたが頼りなんだからね」
「頑張るけど。もう少し情報が欲しい」
「どんな?」
「“ノインテーター”って、どうやって作るのか、その方法について調べて」
「製造に必要な物から、製造場所を割り出すってこと?」
「そう」
理沙はリアシートのバックから封筒を取り出した。
「これ。私、こういうのは全然わかんないから、参考になるならして」
封筒の中身は、“ノインテーター”の組成表だ。
「……へぇ?“ウポウル”や“モーラ”まで使われているんだぁ」
「よくわかるわねぇ」
水瀬は、しばらく考え込んだ後、理沙に言った。
「で?上からは、この“ノインテーター”についてはなんか言われているの?」
「今言ったのが全てよ。タチの悪いドラック」
「……」
水瀬がその答えに満足していないのは、理沙にもわかった。
「例えば?何言われるのを期待していたの?」
「お姉さん」
水瀬はシートを少しだけ倒して、視線を天井に向けた。
「何?」
「“ノインテーター”って、元々、どこでどういう意味で使われていたか、知っている?」
「え?だから麻薬で、9回で死ぬから“9の殺人者”って―――」
「ブッブー」
ウィーン
不意に助手席側のウィンドウが下がったかと思うと
バンッ
鈍い音が車内に響き渡った。
「マジメに答えろ」
理沙の手には、銃口から煙をあげる拳銃が握られていた。
「お、お姉さん。そんなに簡単に発砲していいの?」
「弾丸使用報告は常に改ざんしているから大丈夫よ」
(こんな人に拳銃を、いや、国家権力を預けるべきじゃない)
水瀬は、本気でそう思った。
「さて?その空っぽのピーマン吹き飛ばそうか?それともみみっちいウインナー君の方がお好み?」
「ドイツ語で“吸血鬼”の意味です」
「はぁ?吸血鬼?」
「ザクセン地方に現れる吸血鬼。9の由来は、死者が墓の中で怪物に変身するまでの日数なんだっていわれている」
「だけどさぁ。吸血鬼だなんて、話が大きすぎ」
「でもねぇ……」
「え?」
「このクスリ、人間を吸血鬼化させるのに必要な成分で構成されてるんだよ。よくこんなに集めたなぁ……スゴイや」
「何よそれ」
「“ノインテーター”は麻薬じゃなくて、本当は“吸血鬼を作るクスリ”ってこと」
「はぁ?」
「麻薬にちかい効果の精神的な高揚感っていうのは、体内組織の再構成に伴う神経的なパニックによるものだね。耐えられなければ、確かに廃人になるよ。副作用、すごいだろうなぁ“モーラ”なんて合わない人が飲めば、全身の皮がズル剥けになるし、“ウポウル”は全身の肉が腐るし」
「な、なんでそんな物騒なモノ、私が追わなければならないのよ」
「……というか、麻薬担当部署じゃなくて、第三種事件専門のお姉さん達がクスリ絡みの事件を追っていることに疑問を持たなかったの?」
「そ、そりゃあ……」
言われるまで気づかなかった。
ただ、事件だから追っていただけだ。
そういえば……何故?
「ホトケの殺され方が尋常じゃなかったから、そっちに気をとられていて……」
水瀬は封筒からもう一度、組成表を取り出してうめいた。
「魔法薬だから、麻薬とは認識されていないんじゃないかな……いい加減だけど、うーん。でも、なんでこれが入っているんだろう。この効果は確か―――」
「どうしたの?」
「普通、どうやっても手に入らないはずのものが一つあるんだよ」
「手に入らない?じゃ、その入手ルートが絞られれば」
「そうなんだけどねぇ」
水瀬はまるで雨音に耳を傾けているかのように目をつむった。
「何が問題なの?」
「組成表にあった“ドムネル”、これは人間界では手に入らない」
「何で?」
「妖魔の卵を加工したものだもん。効果は―――お、女の人限定でいろいろ、すごいらしいけどね」
「げっ!?」
理沙は驚いてドアまで逃げた。
「あ、あの子達、妖魔の卵なんて飲んだの?」
「そう。だから、これではっきりした」
「ん?」
「この学園。どこかで、妖魔が関わっている」
理沙に吸血鬼避けの呪符を渡した後、水瀬は車から出て寮へと戻った。
「お姉さんなら、ドラキュラにとっては眼中の外だろうけど。念のためね?」
理沙の払った礼は、拳銃に残った残弾全てだった。
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