華雅女子学園 第四話

 放課後、水瀬は寮に移った。

 夕日に照らし出される部屋はガランとした一人部屋。

 長居するつもりがないので、家具は最低限度の用意しかない。

 というか、家を勘当された身だ。元から家具を用意出来る程の金はない。


「ふうっ」

 ベッドにひっくり返った時、ドアをノックする音がした。

「はい?」


「水瀬、いいですか?」

 恐る恐るという顔で入ってきたのは春菜だった。


「殿下?」

 水瀬はベッドから急いで起きあがると、ドアまで駆けていった。

「どうなさったのですか?」


「ち、ちょと、つきあっていただきたくて」


「え?」


「宿題を忘れてきたようです」


「とってきますよ」


「い、いいえ!」

 春菜は水瀬を制した。

「あの机の中を探されるのは困ります!」


「え?」


「い、いえ!とにかく、私も行きます!」


「は、はぁ……」

 

 

 夕闇の中、寮から校舎まで歩く二人。

 寮から校舎までは歩いて10分ほど。

 トラム(路面電車)が5分間隔で走っているが、春菜は歩く方を選んだ。

 その道すがら、春菜は水瀬に訊ねた。

「水瀬は」


「はい?」


「本当は高校生ですから、中学の授業は退屈ではありません?」


「いえ?僕、戦争のせいで中学の授業、ほとんど受けていませんから」


「それでよく高校に入れましたね」


「教科書をきちんと読めば大丈夫です。僕、高校受験の時初めて3年の教科書読みましたけど、合格しましたよ?」


「私、よく読んでいるつもりなのですが……」


「麗菜殿下から命じられています。数学が特に弱いから、みっちり教えてやってくれって」


「ううっ……姉様のイジわる」


「そういうお方です」

 

 

 ガラッ

 教室のドアを開けた二人の視界に入った光景。

 それは、水瀬の机に固まって熱心になにかをしている広橋達の姿。

 どうやら、机の上に紙を置き、その上で何かを動かしているようだ。

 春菜は、それに見覚えがあった。


「こっくりさんです」


「どうしますか?」


「ご迷惑にならないように、こっそり机に行きましょう」


「はい」

 足音を立てないように教室に入る二人の耳に広橋達の声が聞こえてくる。

 

「お菊様お菊様……」

「私の―――」

 

 水瀬の眼には、広橋達の肩に、スライムのような不気味な霊がはっきりと見えた。

「……」

 よく見ると、昼間より教室に漂う霊の数が増えている。

 霊が霊を呼ぶ悪循環が始まっている。

 このままでは春菜に影響が出かねない。

 (夜、除霊に来るか。面倒だなぁ)

 水瀬は、心の中でぼやきながら、春菜に耳打ちした。


「危険です。早く出ましょう」


「はい……えっと。あっ!」

 机の中をガサガサと探す春菜だが、勢い余ったのか、机の中身を床にちらばせてしまった。

 春菜が慌てて中身をかき集める。

「あああっ」


「殿下、片づけダメなんですか?」


 プリントやテキストを拾うのを手伝いながら、水瀬は少し驚いたような声で春菜に訊ねた。

 手にしたプリントの日付は半年前のものだ。

「よ、余計なお世話です!」

 その声に反応したわけではないだろうが―――

 

 ガタンッ

 

 こっくりさんをやっていた一人が突然、椅子を蹴るように立ち上がると、奇声を上げて一目散に窓めがけて走り出した。


「うう―――っ!!」

 広橋だ。

 ガラッ

 窓を開くと、広橋はそのまま窓から体を踊らせようとして水瀬に止められた。

「ううっ!うう―――っ!!」

 それでも、広橋は窓から飛び降りそうとするのを止めようとはしない。


「おとなしくしないと、痛いよ!?」


「!!」

 水瀬がいうや否や、広橋は大きく海老反ったかと思うと、そのまま崩れ落ちた。

「―――あれ?」

 水瀬が気づいた時、いつ逃げ出したのか、霊が、姿を消していた。

 春菜は自分の机の前で口を押さえながら震えている。

 

「殿下、お怪我は?」

 

 広橋をその場に放り出すと、水瀬は春菜の側へ戻った。

 正直、広橋なんて女の命はどうでもいい。

 “電撃”の魔法をスタンガン代わりに使っただけ。

 魔力の調整をしくじれば感電死は避けられない。

 それでも、水瀬にとって、広橋の命に価値はない。

 ただ、殿下に血の穢れを見せるわけにはいかないという命令こそ全てだ。

 

「わ、私は大丈夫ですけど、広橋さんは?」


「多分、気絶しているだけですが―――」

 どうでもいいです。という一言を口の中だけで済ませた水瀬の視界には、机の周囲で倒れている生徒達の姿があった。

「皆さん!?」

 春菜が慌てて近づこうとして、その肩を水瀬に掴まれた。

 

「危険です。僕が行きます」

 

 

 

「成る程ねぇ……」

 こっくりさんに興じていた生徒達が全員、保健室のベッドに寝かされている側に、何故かそこには理沙がいた。


「集団催眠みたいなものかしら」

 事情を聞いた理沙が水瀬に訊ねた。


「まぁ、そんなものです」

 対する水瀬はうかない顔だ。


「こっくりさんなんて、まだやってたんだ」理沙の声はどことなく懐かしそうだ。


「やったことあるの?」


「ええ。私も適当に指動かして、“この子に有り金全部渡さないと呪ってやる”なんて、よくやったわ」


「公僕……」


「それにしても、全員の血液検査なんて、どうしちゃったの?何か、収穫が?」


「机のそばにころがっていました。発見場所と、席の配置から、広橋のポケットから転がり落ちたものと考えています」

 水瀬がポケットから取り出したのは、ハンカチにくるまれたタブレットケース。

 ケースにはよく知られたガムの名前が書かれていた。


「ああ。それ、私も食べてる」

 手を伸ばす理沙からケースを遠ざける水瀬。


「中身、違いますよ」


「え?」

 理沙はハンカチごとケースを受け取ると、中身を見た。

 白い錠剤が数個、入っている。

「これが?」


「これが“ノインテーター”でしょう?」

 

 

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