華雅女子学園 第三話

 次の授業の準備をしていた水瀬に声をかけてきた生徒がいる。


「水瀬さん?」


「はい?」

 声のした方を見た途端、水瀬はぎょっとした。

 そこにいたのは、春菜内親王殿下。

 “宮廷の華”と謳われる清楚にして可憐な少女。

 春菜は、あたりを見回した後、水瀬に顔を近づけて言った。

「姉様から話は聞いています。でも、すごい度胸ですね」

 その声と顔は、興味津々だ。


「殿下、あの」


「由忠様が、あなたを勘当されたというの、なんだかわかる気がします」


「好きでやっているわけではありません。殿下直々の命令で」


「ええ。あの姉様の大笑い、昨日、久々に聞きました」


「殿下が?」


「はい。あの戦争以来、笑い声を聞くときって、いつもあなたが騒ぎを起こした時ですもの。でも、昨日は格別でした」


「僕、日菜子殿下のオモチャですか?」


「似たようなものかもしれませんね。姉様、あなたが騒ぎを起こすのを今か今かって、楽しみにされているようですし。私、逐一報告するようにきつく言われています」


「うれしくありませぇん……」


「クスッ。泣かないでください。とにかく、仲良くお願いしますね?寮も隣の部屋ですし」


「は、はい。こちらこそ」


「……間違いを起こしたら斬首。だそうですよ?姉様からでした」

 いたずらっぽく笑う春菜のそばを、その笑い声に誘われたように何人もの生徒が取り巻く。


「殿下?何か楽しいことでも?」


「え?ええ。でも、水瀬さんとの内緒です」


「あらあら。仲のおよろしいことで。ところで水瀬さん」


「はい?」

 取り巻きの一人が、心配そうな顔で言った。

「さっき、大丈夫でしたの?」


「はい?」


「机が大きな音を立てて跳ねたものですから」


「家の仕事が仕事ですから、こういうの、多いんです。未だに慣れないんですけど」


「そうそう。お母様からお聞きしたことありますわ。たしか、水瀬家は、騎士だけではなくて、退魔の分野でも日本有数の家柄とか」


「まぁ!」

 ちらりと春菜殿下を見る水瀬だが、殿下は笑いをかみ殺していた。

「なら、その机、大丈夫ですわね」


「?」

 水瀬は、自分の机を見た。

 明光学園にある机と何ら変わるところはない。

 何の変哲もない机だ。

「あの?それはどういう?」

 

「水瀬さん?お気を悪くなさらないで下さいね?その机は」

 

 その生徒は、いかにも気味が悪いという顔で言った。

 

 

「呪われているって、そう言われているんですの」

 

 

「呪われている?」


「はい。その机に座った生徒は、必ず死ぬって」


「はぁ?」

 水瀬は呆れたように言った。

「どうして?」


「……昔、大正時代です」

 『藤堂あゆみ』と書かれたネームプレートをつけた生徒が語る。

 

 昔、普通科と私達教養科の区別がなかった頃のお話です。

 その頃の好景気によって成功した家の娘さんがこの学校に転校してきました。

 でも、娘さんは友達が出来ませんでした。

 当然です。

 この学校で人間の価値は家柄です。

 成り上がりの娘との交際なんて害でしかない。というのが、当時の生徒達の価値観でしたから。

 娘さんは、それでも必死にクラスにとけ込もうと頑張りました。

 でも、その努力は報われませんでした。

 友達どころか、娘さんと話をする人すらいなかったそうです。

 段々、娘さんはクラスのみなさんを憎むようになりました。

 そして、ある日の授業中、娘さんは亡くなりました。

 それ以来、娘さんの机に座った生徒は、次々に命を失ったそうです。

 

「はぁ」

 きょとんとした顔で藤堂を見る水瀬。


「どうです?怖いでしょう?」

 藤堂は身震いしながら訊ねるが、水瀬は首を傾げるだけだ。


「えっと、怖い怖くないは別として、この机を怖がるのには、他に理由がありません?」


「え?」

 瞬間、藤堂の顔色が変わる。


「この机、何か、別なことに使っていませんか?」


「た、例えば?」


「降霊術。下等な動物霊とか、いろいろ憑いてました」


「……」


「……」


 生徒達の何人かが、水瀬の言葉に、青い顔を見合わせる。

 その顔が、真実を語っていた。

 あっ。という顔をしたのは、春菜だった。


「藤堂さん?あの、こっくりさんのことでは?」


「で、殿下!」

 春菜の言葉を遮るように、藤堂は大きい声を出した。

「い、いけません。それは―――」


「大丈夫です。水瀬家は代々、そっちの方面は強いんですよね?」


「は、はい……いろいろ」


「藤堂さん?」

 春菜の促すような声に、藤堂は、しかたない。という顔で言った。


「あの、この机は、教室で29番目の机なんです。29番目の机はこっくりさんに最適だって伝説があって……それで時々」


「水瀬さん?やはり、こっくりさんって危ないんですか?」


「降霊術なんて、素人がやっていいものではありません」

 水瀬は居合わせた全員を眺めたあとに言った。

「降ろした方は、それから逃れる方法がありません。とりつかれて死ぬだけです」


「そんなことありません」

 今まで黙っていた神経質そうなメガネの生徒が言った。

 『広橋菖蒲(ひろはしあやめ)』と書かれたネームプレートをつけている。

「この机で行われるこっくりさんには、『お菊様』が降りていらっしゃいます。

『お菊様』は位の高いお方です。水瀬さん?転入したてで目立ちたいのはわかりますけど、いい加減なことはおっしゃるものではありませんわよ?」


「あ、あの……」


「広橋さん?あの、水瀬さんは」


「殿下、ご学友をおかばいになるお気持ちはわかります。ですけど、真実は真実として、はっきりいっておくべきですわ?」


「……」


「水瀬さん?これからはヘンな事はおっしゃらないで。よろし?」

 気が強く、神経質な相手であることはその口調から知れる。

 関わり合いになりたくないタイプ。

 だから、こんな相手は適当に受け流すに限る。

 水瀬はそう判断した。

「は、はい……」

 

 

 

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