華雅女子学園 第二話

 華雅女子学園(かがじょしがくえん)

 知る人ぞ知る名門女子校。

 開校は明治初期という歴史ある全寮制のミッションスクール。

 皇族、華族の子女の教育を目的に作られ、後に「名門」の子女にも門戸を開いたため、政治家・官僚・財界人の子女が多数在学。

 先帝の三息女が揃って入学したことで近年、社会的知名度も鰻登り。

 現在は第三息女春菜内親王が在学していることでも知られる、高さ15メートルの分厚い石壁でぐるっと全体を覆われた、いわば「異界」だ。

 その中は、発電所・上下水道施設・農業プラントまで、およそ生活する上で必要な最低限度のライフラインがほぼ確保された独立した都市。

 そう、呼んでも何ら差し支えはない。

 

 警備システムも厳重だ。

 

 外部から進入するには、15メートルの石壁をよじ登り、その上に据えられた200万ボルトの高圧電流と対人レーザー兵器をかいくぐり、幅数十メートルの地雷原を越えなければならない。

 

 だから、外部からの侵入は容易ではない。

 というか、普通は進入することそのものをあきらめる。

 

 そう。華雅女子学園は、上流階級によって保証された、完全に近い治外法権の中で存在する、一つの世界なのだ。

 

 

「水瀬悠菜(みなせ・ゆうな)さんです。みなさん。仲良くしてあげてくださいね」


「よろしくお願いいたします」

 教師の紹介を受け、教壇の上で深々と丁寧なお辞儀をするのは、まぎれもない水瀬本人。


「悠菜さんは、水瀬由忠伯爵のご養女です。戦争の際、お怪我をされ、今まで静養しておられたのですが、この度、当学園で学業を再開されることになりました」


 資料片手に延々と水瀬家の伝統・歴史を語り出す教師の言葉を、水瀬は目を伏せて聞き流していた。

 全く、こんな家柄がどうこうなんてことが大切だなんて、この階級(クラス)の人間は、本当にどうかしている。 

 大切なのは、過去ではなく、現在を生きる本人だろう。

 それが、水瀬の持論だった。

 むしろ、不思議でしかなかった。

 昔の人はもう死んだのに、それだけで人の偉い偉くないが、何で決まるんだろう。と。

 ある日、父に訊ねたら殴られた。

 忠誠を誓う皇室なんてどうなるんだ!ということになるらしい。

 ただ、そういうものだ。と思うべき事なんだろう。

 今は、そう思っている。

 

 無論―――

 

 (まぁ、確かに)

 (生まれは、いいですね)

 (顔は……認める。というか、うらやましい限りですけど)

 (でも、胸だけは、勝ちましたわ)

 

 生徒達の感想は、そんなものである。

 

 

 

「では、悠菜さんの席は―――あぁ、一つ、席が空いていましたね」

 ザワッ

 教室がざわつく。


「?」


「悠菜さん?あそこの開いている席に」


「はい」

 水瀬は指示された席に向かって歩く。

 なぜか、クラスの生徒達は心配そうな顔で水瀬を見つめていた。

「……」

 ざわつきは収まらない。

 席に着こうとした水瀬は、椅子に触れる直前、ピクッと、その端正な眉を動かした。

「……」

 水瀬の指がほんの少し動いた途端、

 ガタンッ!

 机と椅子が、大きな音を立てて跳ね上がった。


「きゃぁっ!!」

 生徒達の間から悲鳴が上がる。


「?」

 水瀬もわざとあわせて、驚いたように手を引っ込めた。


「み、水瀬さん!?」

 先生が驚いた声をあげた。


「だ、大丈夫ですか!?」


「大丈夫……です。ご心配をおかけしました」


「い、いいえ?水瀬さん?あなた、心臓がお悪いんでしょう?大丈夫ですか?」


「は、はい……」

 思い切って。

 そんな仕草で椅子に座る水瀬だが、生徒達は、その途端、ほぼ全員が水瀬から視線を外した。


「……」

 

 

 

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