旧校舎にて 第五話

 日が暮れた。

 A棟の2階と3階を移動する灯りが割れたガラス越しに見える。

 捜索が続いているという証拠だ。

 増員を含め、すでに国内緊急展開部隊3個小隊が投入されている。

 樟葉は、腕時計を見た。

 いたずらに時間だけが過ぎている。

 ピーピーピー。

 飛行艇に備えられたセンサーがひっきりなしに警告を鳴らし続けている。

「閣下」士官が不安そうに樟葉の顔をうかがった。

「わかっている」

 樟葉にもその警告が何かはわかっている。

 魔素だ。

 通常では考えられないレベルの魔素の反応。

「後で査察が必要だな」

「その前に」

「そうね。殿下発見が最優先。失敗すれば」

 樟葉は首を撫でながら呟いた。

「私の―――いえ。私達、皇室近衛騎士団全員の首でも、とても足りないわね」

「世論は“三宮事件(さんのみやじけん)”の再発として」

「今度こそ、世論は私達近衛を絶対に生かしてはおかないでしょうね」

 自嘲気味に笑った樟葉は、視線を校舎に向けた。

「先の両陛下をみすみす御守りできなかったあの無念、繰り返すわけにはいかん。次の定時連絡で発見できない場合は、捜索範囲を広げるように通達。―――妖魔の出現が予想される。かまわん。抵抗する者は女子供でも全て殺せ」

「了解」

 

 3分後、定時連絡が入った。

 『3階西廊下確保。春菜様のお姿はありません』

 『2階東廊下です。同じく』

 士官は、落胆のため息混じりに通信機に告げた。

「前線司令部より各小隊長へ通達。現時点をもって対妖魔戦警戒に移管。警戒態勢のまま、捜査範囲を周辺の棟まで拡大。抵抗勢力は全て殺傷を許可する」

 『了解』

「後は、水瀬が頼りか」

 いや。

 樟葉は思った。

「あまりに心配だな。……それ」

 

 

 

 

「?」

 廊下の端が崩れている。

「―――」

 水瀬は、そこを迂回した。

 それにしても、この魔素の強さは何だ?

 旧校舎群全体が、まるで魔素の発生源と化しているようだ。

 さっきから低級霊が邪魔で探索が思うように出来ない。

 『水瀬』

 樟葉からの通信が入った。ノイズかひどくて聞きづらい。

 『状況は』

「1階東廊下付近。発見できず。魔素の影響、強すぎます」

 『そう……2階、3階も発見できずよ。あんた程感度高いと、逆にこういう所は苦手か』

「大丈夫です。安心してくださいって、いいたいんですが」

 水瀬は申し訳なさそうにいった。

 『いいよ?』

 樟葉は言った。

 『私ゃぁね?あんたのそんなセリフ、これっぽっちも信じてないから』

 

 

「ねぇ、紫音さん」

「何?」

「ここ、なんでしょう」

「そうねぇ」

 春菜の目の前には、大きな扉がある。

 問題は、扉の向こうから灯りが漏れていること。

「誰か、いるのかしら?」

「ですけど、ここは使用されていないはずですよね」

「きっと、夢見か誰かがこっそり使っているのよ!」

 灯りがある。

 紫音は扉から漏れる灯りが、そのまま救いの手に見えた。

 だから、紫音は、春菜を押しのけて扉を開いた。

 (助けが、ここにいるんだ)と――

 

 何?

 何が起きているの?

 

 ドアノブを握ったまま、紫音の思考は凍り付いた。

 

 信じられない。

 いや、信じたくない。

 

 目の前にいるのは、きっと着ぐるみか何かよ。

 あんなオバケ。

 そう。

 そうに決まっている。

 

 紫音の思考は停止寸前だ。

 

 ああ。

 ほら。

 のっそり動き出してこっちに来るのも、着ぐるみだから、動きが遅いせい。

 はは。

 なんだろう。

 振り上げた指先のあの鋭い爪。

 エルム街のあの怪人みたい。

 

「紫音さんっ!!」

 グイッ。

 春菜がとっさに紫音を引き倒さなかったら、紫音の即死は免れなかったろう。

 風を切る音と同時に、何かが破裂する音が2発、響き渡った。

 まるで、その音に合わせたように、着ぐるみは倒れて動かなくなる。

「た、立てますか?」

 ぐいっ。

 春菜が紫音の腕を引っ張ると、乱暴にドアを閉じた。

「は、春菜!?」

「逃げます!」

「え?ち、ちょっと!」

 春菜に引っ張られるように、紫音はその部屋を後にした。

 

 

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