旧校舎にて 第四話

 ペンライトの灯りを頼りに地下をとぼとぼと歩いているのは、春菜と紫音だった。

「あ痛たたたっ……」

 落下の際、したたかに腰を打った紫音が腰に手をやってさすっている。

「大丈夫ですか?」

「え、ええ……所で、今何時?」

「えっと……丁度、午後6時です」

「お互い、運がよかったわね。落ちた先が布団部屋だったなんて」

「すごいご都合主義ですね」

「あんたに言われたくないわよ。だいたい、なんでペンライトなんて持っているの?」

「迷子になった時に備えて……」

「ああ。春菜だったわよね?華雅女子学園入学2日目で迷子になった挙げ句、捜索隊まで出させたの」

「し、初等部の時の話じゃないですか!」

「でも、本当でしょう?あなた方向音痴だから」

「う、ううっ……でも、その失敗を教訓に、こうしてペンライトを用意して」

「学校で居残り勉強させられた後の夜道を歩くのが怖い。の間違いじゃなくて?」

「な、なんでわかるんですか!?」

「当てずっぽう」

 

 

 かなりの時間が過ぎた。

 随分、歩き回ったが、場所がわからない。

 どこかに階段があるはずなのに、不思議なことに見あたらなかった。

「かなり歩いているんだけど。ヘンね。A棟って、こんなに大きかった?」

 ただいたずらに長く続く廊下。

 床は大理石。

 アーチ状に形作られた天井の高さも、かなり高い。

 カツーン

 カツーン

 足音が木霊を残して響く世界。

「……」

 ペンライトを動かして天井を見ていた春菜は、ふと、皇居を思い出していた。

 何となく、似ている。

 けど、皇居の地下は、核シェルターを兼ねた近衛軍司令部施設と、宮殿内戦闘を前提に、長年増設されたため、あんな迷宮じみた造りになっているのだ。

 こんな、学校とは違う。

 (まさか)

 自分の考えを否定する春菜が手にするペンライトは、造りこそ精巧な銀細工がほどこされた華麗なモノだが、中身は近衛でも採用されている小型軍用ライトを改造した、強力な代物だ。

 その灯りが天井を照らし出す。

 大理石のしっかりした造りだ。

 メンテナンスをしっかりしていれば、数百年は使えるだろうことは何となく、春菜にもわかった。

「何で、こんなに立派な建物を放置するのでしょうか」

 それが、春菜には不思議だった。

「西園寺家のせいよ」

 春菜の少し後ろを歩く紫音が言った。 

「夢見がいってたでしょう?西園寺家の子女がここに入学するからって、それで新校舎群を建てたって」

「一人の入学で校舎を捨てたなんて、なんだか信じられません」

 春菜は、ペンライトを前に向けて、紫音に訊ねた。

「他に理由があったんじゃないですか?」

「例えば?」

「校舎として使えなくなったとか……だってヘンじゃないですか。数十年前に放置された建物ですよ?地上の校舎はともかく、これ、絶対手入れされています」

「床は抜けたけどね」

 春菜の疑問はもっともだ。

「軍の研究施設なんて言っていたけどねぇ」

「聞いたことないです」

「私もよ。サークルでも聞いたことない」

「紫音さんも知らないなんて」

「外部の施設をこの学園が認めるなんてあり得ないわ。せいぜい、普通科寮のマックとか」

「あるんですか?」

「え?知らなかった?マックにモスに31にセブンにローソン」

「う、うそ……本屋さんは?」

「紀伊○屋かな?あの寮の地下って、結構大きな地下街になって、すごいにぎわってるのよ?だから、地下街で遊んでいる限り、行動自由……ま、普通科生徒の門限は、あってないようなものなのよ」

「何だか……私達教養科の方が待遇悪くないですか?」

「いわないの。今、生徒会長が寮直結のショッピングモール建築構想を進めている。それに期待しましょう」

「え!?」

「あら?知らなかった?会長の御父様って、イギリスの大貴族にして世界の百貨店王なんだよ?」

「く、栗須の御父様がですか?」

 宮中女官、栗須明奈と生徒会長アリス・クリスが姉妹であることは紫音も知っている。

「そうよ?お母様は全国に30以上のショッピングモールを展開する企業のオーナー」

「知りませんでした」

 ただの生徒会長と女官としてしか見ていなかった自分の視野の狭さを、イヤというほど思い知らされ、愕然とする春菜。

「……灯台元暗しっていうけどねぇ」

 そんな春菜を紫音はあきれ顔で見つめていた。

「と、とにかく、是非進めてほしいですね」

「それで会長、校長との仲、決定的に悪くしてるんだけどね」

「あの、校長先生と生徒会長って、仲がお悪いんですか?」

「……春菜」

 紫音は呆れた。といわんばかりのため息をついた。

「本の世界に没頭する半分でいいから、現実世界に意識を向けなさい」

「……はい」

「校長のバックにはそういう業界の連中が何人もいる。当然、教養科の生徒なんていったら上客でしょう?業界はただでさえ冷えているんだから、そんな環境なら、ぜひ出店したいと思う。でも、今までそれが出来なかった。何故?学園の伝統が許さなかったから」

「それでも会長は」

「そう。外部へ隠れて遊びに行くことで生徒が犯罪に巻き込まれること、散財、トラブル、それらの一挙の防止を目指してモールを作ろうとしている。ところが、その出店を自分達の一族だけでやろうとするから反発されているのよ」

「広げればいいのに」

「そうもいかないわ」紫音は言った。

「学園の治安維持の観点から、そこら辺のモールのようにいかないのよ。治安は最大の懸案事項。だから下手な開放を認めたがらないというが会長のスタンス。普通科の地下モールの店員になりすませて泥棒や変質者が寮に忍び込んだって話しがわんさかあるくらいだもの。寮とモールの出入りは空港以上に厳しくする必要があるものね。いくら校長のバックといっても、信頼が確保できなければどうしようもないわ」

「会長は、信頼に足る?」

「出るとしたら世界最高のデパート、ハロウィン主体のはずよ?日本のデパートなんて相手になるもんですか。会長サイドはサイドで、上客の子供を固定客として、日本進出の脚かがりを掴みたいっていうハラはあるでしょうけど……校長側は、ま、それを懸念してるってのもあるんでしょうけどね」

「複雑ですねぇ」

「うん。私もそう思う。よくやるわよ。あの会長も……」

「でも、そんな大規模なもの、不要ですよ。私達の場合」

「うん。必要なら執事やメイドに買いに行かせるものね」

「そうです」

「……まぁ、そんなモールが出来ても、どうせあなたのことだから、ケーキ屋と本屋があればそれでいいんでしょう?」

「そんなことありません」春菜はムキになって言った。

「アニメ専門のレンタルショップとか」

「こら。皇女。せめてブティックとかいえないの?」

「うーん。どうせならおでん屋さんとか、たこ焼き屋さんとか?」

「……いいわね。それ」

 時間が時間なだけに、どうも食べ物ばかりが浮かんでくる。

「ほら、私達の階級ですと、そういいうのって、どうしても食べづらいけど、寮の中でこっそりなら誰からもとがめられることもないかと思って」

「―――うん。それはいい」紫音も興味津々という顔で頷いた。

「今度、副会長の沙羅さんにお願いして会長に進言してもらうわ」

「―――なんだか、生徒会が随分絡んでるんですね」

「ええ。だって会長、公にはそこからの売り上げで生徒会費の増額、私的にはそこのオーナーを目指しているんですもの」

「はい?」

「会長、心底この学園を愛しているのね。あんな江戸っ子口調だけど、学園のために命がけだもの。それだけに、卒業しても学園を離れたくないんでしょう」

「……やっぱり、皆さん、いろいろ考えてらっしゃるんですね」

「うん……」

「私は……」

「親の敷いたレールの上を歩くのって、やっぱり、イヤよね」

「紫音さん」

 紫音の顔は寂しそうに見える。

 それは、覚悟を決めながらも、捨てきることが出来ない何かを持つ者の顔だった。

「……ところで、春菜。まだ、携帯つながらない?」

「……だめです」

「おかしいわねぇ。私の携帯、衛星使ってるんだけど……」

 とにかく、携帯が使えなければ外とも連絡がつかない。

 出来ることと言えば、外部から助けが来ることを祈るだけだ。

 

 (それまで、怖いことを考えるのをよそう。私より春菜の方が怖いはずなんだし)

 

 そう思った紫音の目の前で、春菜がしきりに腰に手をやっている。

 腰を打ったんだろうか?

 

 そんな紫音の心配を余所に――

 

「なんだか、お化け屋敷みたいですねぇ」

 

 春菜は不安なんだか楽しいんだか、わからないようなことを言う。

「や、やめてよ!私、オバケはダメなんだから!」

「あっ、そうでしたね。ごめんなさい」

「もうっ。ただでさえここ(華雅)は怪談話が多いんだから」

「え?」

 どこからかメモとペンを取り出す春菜が紫音に迫った。

 その目はらんらんと輝いている。

「こらっ。取材体制に入らない!だから、あのね?ここ、言われているのよ」

「何をです?」

「ここ―――出るって」

 ぶるっ。と身震いする紫音だが、春菜の目はますます輝いている。

「何が、ですか?」

「学校で死んだ子とか、悪魔とか、猫の妖怪とか、もういろいろ。全部調べれば、本一冊書けるわよ?多分」

「教えてください!」

「こんなところで、こんな状況で言えるもんですか!」

 

 

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