旧校舎にて 第六話
数分後のこと。
春菜達は、逃げる最中に偶然見つけた、上へ通じる階段に腰を下ろしていた。
階段はちょうど真ん中が崩れ落ちていた。
「階段、壊れてますね」
しょんぼりとした声で春菜が言った。
「でもほら。端は壊れていないから、そっと登れば大丈夫よ」
自分に言い聞かせるように言う紫音は、春菜に掴まれたままの腕に違和感を覚えた。
春菜は、自分の腕と一緒に、何か、堅い、金属で出来たモノを掴んでいる。
「春菜?手に、何を持っているの?」
「え?あ、な、なんでもないです!」
春菜は慌てて手を引っ込めようとするが、それより先に紫音の手が春菜の腕を掴んでいた。
「何?」
グイッ
剣道部に属する紫音の方が、ひ弱な春菜より圧倒的に力が強いのは当然だ。
だが、その手に握られたモノを見た瞬間、紫音は驚きのあまり、手を離してしまった。
「あ、あなた、一体――」
「ご、護身用です。その……」
春菜がそっと隠したモノ。
それは小型の拳銃だった。
ただ、それを見ただけで体をすくめたのは、紫音が日本人として、少なくともお嬢様として普通なだけだ。
「危険なところです。せめて護身の術(すべ)はと思いまして―――」
「さ、さすがに――ということかしらね」
「ほ、褒められた気がしません」
「褒めてないわよ」
「そうですか?」
「そう」
じっと顔を見合う二人。
そして、二人同時に笑い出した。
(大丈夫です)
春菜は思った。
どんな時でも、笑うことが出来れば、大丈夫だ。
そう、思ったから。
「さ。これを越えてしまいましょう」
「ええ」
紫音はそう言って腰を上げた。
「それにしても、よく当たったわね」
恐る恐る崩れた階段の端を越えて踊り場までたどり着いた時、紫音は思い出したように言った。
「あなた、そういうのの扱い、上手なの?」
「いいえ?」
春菜はきょとんとして言った。
「マト以外を、生まれて初めて撃ちました」
春菜みたいなトロい娘が拳銃なんて撃って当たるはずがない。
当たったら、それこそまぐれ。偶然だ。
だが、紫音は、その偶然によって助けられたのだ。
「はっ、ははっ……」
今になって、脱力感が紫音の全身を包んだ。
「慣れてないもので、取り出すのが大変で、ちょっと時間がかかりましたけど」
「そ、そうだ。春菜?あなた、あんなもの、どこに隠していたの?」
制服のポケットに隠しておくことが出来るとは思えない。
もし、隠していたら、どこかで知れてしまう。
「な、内緒です!」
しかも、春菜は赤面してそっぽをむく。
「……」
(まさか)
紫音の視線は、春菜のスカートに集中した。
「どうしたんですか?」
(だめよ!そんな。そんなことしたら)
「春菜!すぐに拳銃を出しなさい!」
紫音は怒鳴るように言った。
「え?な、何かあったんですか?」
「そんなのどうでもいいの!」
紫音は気色ばんで春菜に迫った。
「あなたがどういう趣味かは聞かない!でもね?そんな所にいれていたら、赤ちゃん産めなくなるわよ!?」
「ど、どこに隠していると思ったんですか!?」
多分、それが原因ではないと思いたい。
グルゥゥゥゥッ
だけど、それ以外に原因は考えられない。
グルルルルゥゥッ
“そいつら”が、その声に引き寄せられるようにやってきたこと。
そして今、暗闇から自分たちを狙っているのは、否定したいけど出来ない、“事実”だ。
「紫音さん」
春菜は、紫音に拳銃を渡した。
金属特有の冷たい感触と重みが、紫音の手に伝わる。
「相手は5匹。残弾もあと5発です。よく狙って、お祈りしながら引き金を引いてください」
「で、でも!私、出来ない!」
「ゲームセンターのリアル版です。紫音さん。好きでしょう?」
「そりゃ、実家にシューティングの筐体は何台も持っているけど―――」
「じゃ、お願いします」
にこりとした春菜の笑顔に押される形で紫音は銃を、“そいつ”に向けた。
「あなたは?」
「私はこっちで」
春菜が取り出したのは小型のマシンガン。
危なっかしい手つきで何とか弾倉(マガジン)を装着する。
えっと、確か弾丸は30発。
発射モードは単発でいいんですよね?
予備弾倉がないから、連射は避けなさいって栗須も言ってましたし。
次は、安全装置を解除してっと。
よし。
「は―――春菜」
「なんです?」
紫音は黙って春菜のスカートをめくり上げた。
「きゃっ!な、何をするんですか!?」
「いいから見せなさい!あんた、どこに何を隠しているの!?」
「内股にホルスターをつけているだけです!っていうか、来ますよ!?」
「!?」
紫音と春菜は、“そいつ”にめくら滅法に撃ちまくった。
バンッ!
グウォォォッ
紫音が初弾で放った弾丸をまともに額で受けた一体が崩れ落ちた。
「あっ、当たった!」
びっくりした声の紫音が叫んだ。
「やだ、どうしよう!」
「その調子です!」
春菜が射撃音に消されないように叫んだ。
「シューティングがこんなところで役立つなんてね」
「いろいろ体験するものです!」
「―――いいけど春菜」不思議と低いというか、冷ややかな紫音の声。
「何ですか?」
「当てなさい!」
数分後。
「はぁ。はぁ……」
何とか撃退できた。
だけど、もう弾がない。
「へ、下手くそ……」
事が済んだ後になって来た恐怖心でバクバクする心臓を押さえながら、紫音がそう言った。
「反省してます……」
紫音から拳銃を受け取りながら、しょんぼりした顔で春菜がそう答えた。
「私が5発で3体仕留めたのに、30発撃ってどうして2体なの?」
「む、向いていないみたいです」
「……まぁ、いろいろあるわね」
「そうです。とにかく」
春菜は腰を上げた。
「紫音さん。次が来る前に逃げましょう」
「ええ」
春菜が階段に足をかけた途端だ。
「!?」
階段が砕け、そこから新たな“そいつ”が姿を現した。
弾は、ない。
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