レミントン神父
白銀寮付近
「はあ、やれやれ」
落ち葉を集めていた水瀬は、うずたかく積み上がった落ち葉を前に、背筋を伸ばした。
「なんだか僕、こういう仕事の方が向いている気がするなぁ―――ん?」
ゴミ箱を漁っている人がいる。
神父さんだ。
何をしているんだろう。
「神父さん?」
ビクッ
飛び上がって驚いた神父が、恐る恐るという顔で振り向いた。
頭が随分さみしいことになっているが、中肉中背の、人がよさそうな、穏和な顔をしていた。
「あ、ああ。なんだ。どうしたね?」
「捜し物ですか?」
「あ、ああ。まぁ、そうだ。書き物をなくしてしまってね。もしかしたらと思って」
「手伝いますよ?」
水瀬は、神父の横に立って一緒にゴミ箱をのぞき込んだ。
「ああ。すまないね」
神父は再びゴミ箱に手を入れるフリをしながら、水瀬の耳元でささやいた。
「近衛は、どこまで情報をつかんでいるのかね?」
「!?」
「ああ。振り向かなくていい。私はファマス・レミントン神父。ローマ法王庁から派遣されている者だ」
「法王庁から?」
「君だろう?近衛から派遣されている魔法騎士は。大丈夫だ。このゴミ箱周辺は結界が張ってある。盗聴される心配はない」
神父はそういいながら、いかにもゴミの中から見つけたという態度で、しわくちゃになった一枚の羊皮紙を水瀬に見せた。
「?魔法陣。護符ですね。方陣の組み合わせでいろんなことが出来るけど……やり方間違えると、死ぬだけじゃすまない……この配置は……?」
「催眠魔法の一種だ。君達には失礼だが、魔法は魔法で存在してかまわない。しかし、それが“奇跡”となると話が違ってくる。死人がよみがえったり、魔法騎士でもない身で空を飛ぶなど……奇跡なんてことは聖書の中だけで十分だよ。いたずらに人心を惑わすべきではないというのが、ヴァチカンの見解だ」
「……お話が見えません。僕は“ノインテーター”の」
「“ノインテーター”の作り手を、我々は排除したいのだよ。利害は一致するはずだ」
「詳しいお話を」
「ありがとう。この学校の礼拝堂では、キリスト教のミサが行われる。とはいえ、生徒達は宗教に全く感心がないがね。このミサをはじめ、希望者にはキリスト教の教義が授業として存在する。私ともう数名が、この仕事にあたっている。問題はその中の一人、マリア・テレーヌだ」
「マリア・テレーヌ?」
「かつてヴァチカンに身を置いた尼僧だ。魔法薬についてはヴァチカンでもエキスパートとして知られていた。以前から奇跡に異様なまでに執着していてな。自分は何度も奇跡を体験したと、その認定を迫る書簡を法王庁に送りつけた馬鹿者だ。まぁ、それがもとでとうの昔に破門されたのだが」
「それがどうしてここに?」
「それは不明だ。だが、彼女が来てからだ。“ノインテーター”、行方不明者、死者、自殺者、この学園の隠蔽体質がなければ、今頃、門の外はマスコミだらけだぞ?」
神父は、礼拝堂を厳しく見つめながら言った。
「この学校にもな?それなりに普通の家柄の娘も多数籍を置いている。そのうちの数名が―――いや、正確には8名が行方不明だ。表向きは失踪、家出扱いだがね」
「数が多すぎる」
「そういうことだ。今夜、この件について話がしたい。私の部屋まできてくれないか?」
「わかりましたけど、神父さん、かなり危険です」
「覚悟の上さ」
神父はニヤリと不敵に笑ったものの、その笑顔はすぐに凍り付いた。
それを見たから。
建物に消えた影を見たから。
その影は、間違いない。
マリア・テレーヌのそれだった。
昼の大食堂は昼食をとる生徒達であふれていた。
「本当に、いいんですか?」という水瀬に、
「風紀の経費で落とす」と舞はあっさりと答えた。
「……やっぱり、払います」
中等部の教室まで迎えに来た舞に連れられて、水瀬は食堂に来ていたのだ。
「風紀委員には知っていてほしいこと、言い忘れてましたし、生徒会側の情報、もう少し欲しいんです。いろいろと」
「何?」
先客がいるせいか、取り巻きも近寄ってこない。
遠巻きにうらやましそう、または恨めしそうにこちらを見る視線の中に、水瀬は一人の女子生徒を見つけた。
「上条先輩!」
声をかけたのは水瀬だ。
「み、水瀬!?」
驚いたのは、うららよりむしろ舞の方だ。
「な、なんでうららを?」
「知りません?生徒会の情報って、書記が一番詳しいんですよ?」
水瀬はそう言い残すと、うららの袖をひっぱって舞の所まで連れてきた。
「あ、あの……」
うららは、救いを求めるように舞を見る。
「あ、ああ。うらら、横に座って」
「は、はい」
うららは、椅子に座る際、後ろ手にした巾着袋を何とか隠そうとしていた。
「あれ?先輩、それ、お弁当ですか?」
「え?」
その指摘に、うららの顔が途端に赤くなる。
「―――よかったですね。先輩」
「な、何がだ!」
「一食浮きましたね。経費で落とす必要、ないじゃないですか」
「あ、ああ。そういうことか」
「ダメですよぉ?恋人の手作りお弁当、無碍にしたらバチがあたります」
「なっ!?」
「えっ!?」
卒倒するんじゃないかと心配になる位、赤面する二人という意外な展開に、水瀬は思った。
(そういうことか)
水瀬は席を立った。
「じゃ、私、ご飯とってきますから。先輩。ごちそうになります」
「あ、ああ。私の名前でツケになる」
「はぁい♪」
カウンターへ小走りに向かう水瀬を見送りつつ、舞は小さくため息をついた。
「全く、あれが名門水瀬家の娘だと?」
「可愛らしい子ですねぇ」食事の準備をしつつ、うららは楽しそうに言った。
「妹が生きていたら、いいお友達になったでしょうけど……」
「残念だったな……」
ちらりと見るうららの顔からは悲しそうな感情は見て取れない。
突然の妹の死は、うららを深く傷つけた。
去年までのように泣き暮らしているよりはマシだ。
舞はそう思った。
泣き暮らすうららをなだめすかし、生徒会長選挙のどさくさまぎれに書記にさせたのは、間違った判断ではなかったようだ。
仕事の忙しさが、悲しみをうららから遠ざけてくれた。
最初は、
(あんな爆乳、役に立つのか?)
なんて言っていた会長も、真面目で熱心、そして融通をきかせる心配りが出来るうららをすぐに重宝するようになり、今では、
(おい!うらら呼んでこい!書類作らせろ!)
事務仕事についてはうららに頼り切っている。
うららなしでは生徒会は成立しないといわれる所以だ。
よかった。
うららの楽しそうな顔を見るにつけ、そう思う。
そんな舞に、うららはとんでもないことを言い出した。
「娘が生まれたら、あんな感じになってほしいです」
「む、娘!?」突然の発言に驚く舞に、
「ええ」うららはニコリと笑って言った。
「私、小さい頃から体が弱かったですから、あんな元気な子に育ってくれればいいなぁって」深い意味はないはずだ。
「そ……そうか」
舞は、そう答えながらも、一瞬、うららと二人で子供の手を引きながら帰ったり、川の字で眠る光景を想像してしまう。
「い……いいな」
うん。
いい。
良すぎるくらい、いい。
「そうでしょう?」
うららは舞の妄想じみた想像には気づかず、ただ、自分の考えが肯定された事を喜んだ。
「う、うむ……やっぱり、最初は女の子だな」
「……舞さん?」
「ん?」
「顔がにやけてますけど……どなたか意中の方とのそういう未来を想像されたのですか?」
「えっ?」舞は図星を突かれて驚いた。
「そっ、それは……」
「あら?お顔が赤くなった。……クススッ。舞さんもスミにおけないですね」
「い、いや、それはだな……」
「ねぇ。舞さん」
ずいっ。とうららが顔を近づけてくる。
「どんな殿方なのですか?その意中の方って」
うららの顔は興味津々だ。
「―――へ?」
「舞さんにそこまで思わせるなんて、さぞ素敵な方でしょうね。どんな方ですか?」
「ばっ!ちっ、違うぞうらら!」
慌てて立ち上がった舞が手を振り回して否定する。
ガンッ!
その手が何かにぶつかった。
「―――あっ!」驚いて振り向く舞。
「まぁ」びっくりするうらら。
そして―――
「……」
パスタの乗ったトレーが顔に張り付いた水瀬が立ちつくしていた。
「……」
「み、水瀬!?すっ、すまん!」
舞が慌ててトレーを外し、水瀬の顔をハンカチで拭きだした。
うららもそれに続く。
「―――たらこスパじゃなければ大変なことでした」
水瀬は不機嫌そうにぼやいた。
「す、すまない!」
「大丈夫ですか?水瀬さん」
「ええ……」水瀬は意地の悪そうな顔で舞に言った。
「別な料理、頼んできていいですか?」
「あっ、ああ!私のツケでどんな料理でもいい!」
「そうですか……ではもう少しお待ち下さい」
水瀬は一礼してから言った。
「夫婦の団らんでもして」
舞は、自分がどうやって席に座ったか覚えていない。
顔が赤いのをどうしても押さえられない。
「クスッ。面白い方ですね。水瀬さんって」うららは笑っているが、
「私達が夫婦だなんて」わかっている様子はない。
「ああ……」
「舞さん。今日の捕り物、本当にお怪我は?」
「ないよ。犯人の腕をへし折ったのは水瀬だ」
「―――まぁ!」うららはびっくりした顔で言った。
「皆さん、舞様が折られたって大騒ぎでした」
「違うさ」舞は答えた。
「水瀬が室内に突入、あっという間に腕をヘシ折ってくれたんだ」
「あの子、心臓に持病があると」
「うらら。よく覚えていてね。いい?心臓に持病ってのは、普通の環境では、すぐに自分が普通じゃないとバレるような連中……つまり、騎士がそれを誤魔化すための常套手段だ。だから、経歴にそんなこと書かれていたら、騎士じゃないか疑ってごらん。半分はアタリだから」
「そういうものなんですね」
「お待たせしました」
その言葉に振り返ると、そこには料理の山があった。
「じゃ、ごちそうになります」
この日の水瀬の食事は、それはそれは豪華なものだったという。
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