水瀬、メイドになる
翌日の早朝、白銀寮の一角で、
(なんで僕、こんなカッコウしているんだろう)
なぜか水瀬は、メイド服に身を包んでいた。
メイド服に身を包んだ女性達を前に、髭を生やした恰幅のいい男が言った。
「今日から君たちと共に働いてもらう、水瀬悠菜君だ」
「は、はじめまして……」
「元来、この寮に籍を置く生徒ではある。だが、社会体験として、メイドの経験を積まれたいとのお考えだ」
「……」
メイド服を着た女性達は、男の話をただ無言で聞いている。
その態度は、メイド。というより上官の訓辞を聞く兵士のものだ。
「悠菜さんは、すべてを君達と同じ扱いでかまわないとの仰せだ。故に、悠菜さんが、光輝あるメイド服に身を包んでいる限り、君達も同僚として接してくれていい!」
(何それ……)
水瀬は、辞表の文面を考えながら男の言葉を聞いていた。
「では、悠菜君。野村女中頭(ハウスキーパー)の指示に従ってくれたまえ」
頭の中で辞表にハンコを押した所で、目の前に現れた、厳しそうな女性の姿を、水瀬は見た。
「では、とりあえずテストです」
「はい」
水瀬が連れて行かれたのは、寮内にある貴賓室だ。
「まず、ここの掃除です」
女中頭はなんでもないという顔でとんでもないことを言いだした。
「はい?で、でも確かこの建物って―――」
「ええ。重要文化財指定です。ちなみに、この部屋の調度品、及び家具や壁紙すべて合わせると10億程度―――まぁ、部屋としては平凡ですわね」
(ここの人たち、どこかおかしい)
水瀬はあきれるしかなかった。
10億が何でもないというのか?
あの御馳走、駅の天玉そば一杯500円(税込み)が何杯食べられると思っているんだ?
「とにかく、この部屋を掃除していただきます。時間は1時間です」
1時間後
「終わりましたか?」
女中頭は、掃除道具を持ったメイド達数名を従えて貴賓室に入ろうとして、足を止めた。
部屋が見違えるほどキレイになっている。
なんというか、部屋全体が光り輝いて見える。
「これは―――」
「あ、終わりました」
掃除道具を片づけていた水瀬が女中頭達を出迎えた。
「……」
女中頭は、そのまま窓まで歩くと、窓の縁を指でなぞった。
指には汚れ一つついていない。
(ここまでやるとは―――)
目線をあたりに巡らせると、暖炉のに置かれた壺や調度品が外から入る光で輝いている。
「これは?」
「はい。銀はシルバーダスターで、銅はブラシで汚れを落としたあと、水で洗って、水気を落とした後、ワックスで仕上げてあります」
「―――」
女中頭は、掃除内容の説明を黙って聞くだけだった。
「―――あの、まずかったですか?」
「いえ」
女中頭は首を横に振った。
「素直に驚いています」
「あ、よかった。高級な調度品ですから、特別なやり方があるかと思って心配していたんです」
「水瀬さんでしたね?あなた、よくここまでご存じでしたね」
「はぁ……冬場は清掃会社のアルバイトをして糊口を凌いでいたもので。掃除は得意です」
「……次です」
「あの?」
「何ですか?」
「なぜ、メイドの仕事にこれが?」
水瀬は、両手で握った金属製の筒を不思議そうに見つめながら訊ねた。
この部門の責任者と紹介されたメイドが答えた。
「主人を守るための必需品です」
「はぁ……ドイツ軍のKar98Kですか?」
「米軍のM1をお好みでしたら変えますが?」
「いえ。どっちでも変わりません。いろんな意味で」
「銃の扱い方はご存じですか?」
「はぁ……少しは」
「よろしい。目隠しでの分解整備の後、射撃の腕前を調べます」
1時間後
「野村女中頭」
女中頭室に報告に来たのは、先ほどのメイドだ。
「どうですか?」
「目隠し状態での分解整備は30秒、射撃は距離200メートル、10発連射でワンホールショット3回です」
「まぁ」
「彼女を、我が武装メイド隊に配属願います。優秀な戦力になります。私が保証します」
「体術は?」
「専門教官3名が現在、ナースメイドの治療を受けています。すばらしい技術です」
「この日本で、どこでそんな技術を―――」
「銃の扱い、体術共に、クマやシカを倒すために覚えたとのことです。何でも、弾丸一発購入するのに一週間近い労働を必要とし、かつ、その一発を外すと、指導教官からひどい折檻を受けたるため、無駄弾は一発も撃つことは許されなかったとのことです。それと、分解整備は、夜間、灯火を確保出来ない状態がたびたびあったせいとのことですが」
「……」
女中頭は、なぜか不意に目頭が熱くなった。
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