ノインテーター
午後、警視庁のかなり広い部屋に理沙はいた。
「どういうことだね」
理沙とその上司である岩田の前で不機嫌そうに口火を開いたのは、警視庁の「かなり偉い人」だ。
「あの学園でまた一人、殺されたということです」
岩田はあくまで事務的に答えた。
「ホシの目星は!」
「現在に至るまで不明。犯行声明なし」
「君ぃ!それじゃあ困るだろぉ?あの学園の意味はわかっているんだろうなぁ!?春菜内親王殿下を初め、名門のお歴々のご息女が通う学園だぞ?そこにさらに連続殺人事件なんてことが公になって見ろ!私のクビが危うい!」
(なら、自分で調べて見ろ)
理沙は内心でそう毒づきながらも、外面だけは平然としていた。
「犯人につながる手がかりとか、何かあるんだろう!?」
「現状、せいぜいが――」
岩田はためらった後で言った。
「犯行の方法が常軌を逸しているということだけですね」
部屋を追い出される形で後にした二人はロビーに移った。
「さすがにあれだけの地位となると、言うことが違いますね」
「ふん。現場の判断と責任ってヤツだ」
岩田は不機嫌そうに自販機のボタンを押した。
「保身が最優先任務なんだよ。奴らの」
ホレ。と渡された缶コーヒーを受け取りながら、理沙は訊ねた。
「で、警部。あの件、本当なんですか?」
「学園でクスリが動いている件か?」
名門女子校へ警察の内偵が送り込まれているのには理由がある。
数ヶ月前、学園教師が事故死した。
表面上の事故死だ。
そう。
繁華街のビルの踊り場で援助交際相手の女子高校生を抱きかかえたまま飛び降りたのは、事故だ。
警察は、目撃情報などから、女子高生が踊り場から飛び降りようとしていたのを教師が止めようとして、あやまって二人とも落下したと判断した。
だから、事故死だ。
問題は、その教師の遺体から魔法により合成された特殊な麻薬が出てきたこと。
警察は学園との関係を考慮して、内々の捜査としてこの教師の家や職場を捜索。
家から麻薬を発見した。
通称、“ノインテーター”
使用量を守れば、強烈な快楽をもたらす反面、バッドトリップすると、発狂するという代物。
当然、違法だ。
麻薬を巡るトラブルが事故死の原因と警察は考えるようになった。
捜査は教師の“ノインテーター”入手ルートに絞られた。
警察が注目したのは、死んだ教師の日記。
「○月○日 礼拝堂で9を入手」
「×月×日 駐車場で9を巡り取引」
“ノインテーター”の“ノイン”はドイツ語で“9”
だから、教師は礼拝堂や教室、つまり、学園で9、“ノインテーター”を入手していたことになる。
とはいえ、相手は伝統有る名門校、OGは皇族を筆頭に、上流階級の奥方が勢揃いしている。
不祥事を公にするには相手が悪すぎる。
だから、大々的捜査はできない。
「例の“ノインテーター”は魔法薬だからな。魔導師が絡んでいたら厄介だぞ」
「やっぱり、頼みます?」
「ん?」
「そういう方面に強くて、その上、死んでも誰の迷惑にもならない、アイツに」
「そうだな」
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