お嬢様達のナイトメア 女装して女子高へ潜入したら、モンスター退治がはじまりました。僕の常識を返して下さい。

綿屋伊織

モノローグ

モノローグ

 モノローグ 深夜 都内 華雅女子学園

 

 

 月が赤い。

 

 月が赤く見える時、良くないことが起きるという。

 

 女は、ふとそんなことを思い浮かべ、頭を振った。

 

 (縁起でもない)

 

 足音を忍ばせて近づく先は古ぼけた礼拝堂。

 確か、明治の初めの建築物。

 ミッション系のお嬢様学校として建築された、今では学園で一番古い建物だ。

 歴史がある分、昼間は厳粛な建物が、今では悪魔の殿堂顔負けな雰囲気に包まれているし、生徒達が語り継ぐいくつもの怪談話の舞台になっている。

 

 少なくとも、学園関係者が深夜に近づきたい所では、ない。 

 

 女は、ここに用があった。

 

「……」

 あたりを見回すと、小走りに正面入り口に近づき、そのドアを確かめた。

 

 ギィ

 

 カギが開いている。

 

 (?変ね)

 

 下校時間には、校門のゲートと共に、用務員により閉められているはずだ。

 それが、なぜ、開いている?

 

 (用務員さんがカギを閉め忘れたのかしら?)

 

 高さがゆうに3メートルはある重厚な扉を前に、女は逡巡した。

 ミサに使われる銀製品の中には国宝級の貴重品もあるというのに、この不用心さは何だ?

 

 (お嬢様学校ですからね。いい加減なものなんでしょう)

 女は、そう判断すると、音を出さないように木製の重い扉を開け、礼拝堂の中に入った。

 

 女は気づかない。

 

 礼拝堂の3階の窓から、礼拝堂に入る自分を、見ている者の存在を。

 その顔に、歪んだ冷たい笑みが浮かんでいたことを。

 

 

 翌日

「ですから、現場検証が終われば、すぐに引き上げますから!」

 理沙は何度同じ事を言ったか、すでに忘れていた。


「困ります。この学園がどういうところか、わかっているのですか?」

 神経質を絵にしたような顔の女性がヒステリックに言った。

「ここは、華族をはじめ、名門のお嬢様をお預かりしている伝統ある学校です。そこでこのような非常識なことが起きるなどとは――」


「はいはい。わかります。そうですねそうですね」

 理沙は女性の言葉を遮るように言った。

「上層部(うえ)からは、内々で処理するように厳重に命じられています!」


「だったらどうして、そうしていただけないのですか!」

 女のヒステリーはついに爆発した。

「学校で殺人事件なんて起きてもらっては困るんです!まして、あなた方のような官憲、しかも男性があたりをうろつくなんてことも!!」


「ええ―――よくわかります。ですから先生。ここは捜査に協力してください。学園側のご協力がなければ、捜査は長引く一方。警察の情報封鎖にも限界はあります。長引けば、マスコミにも流れますよ?マスコミに」


「なっ!」


「マスコミに流れれば、不祥事どころではないでしょう?」

 理沙は、女の口が開いたのと同じタイミングで、より大きい声で言った。

「警察の捜査を妨害するようでしたら、学園が事件に関与していると疑わざるを得なくなります。我々は学園の名誉を守るために捜査していることを、どうぞお忘れ無く」

 

「――ったく」

 青くなりながら引き下がる女を一瞥した後、理沙は警察官が集まる一角に張られたロープをくぐった。

「で?ホトケは?」


「身元を証明するものは何一つ」

 部下の一人が苦々しげな顔で言った。

「ただ、殺され方が尋常ではありません――見ますか?」


 無言で頷く理沙。


 刑事は同じく無言でブルーシートをめくり上げた。

 

 一瞬、理沙はそれが何だかわからなかった。

 何か、赤黒い肉の塊かと思った。

 どこかで見た気がする。

 どこだっけ?

 ああ、そうか。

 小学校の理科準備室。

 あそこにあった人体標本だ。

 暗闇で絶対に見たい代物ではない。

 

 理沙は、そこまで思考が行った後、目の前が暗くなった。

 

「警部補!」

 誰かが横で支えてくれたらしい。

「大丈夫ですか?」


 膝ががくがくする。


「ご、ごめんなさい。これじゃ、警察官失格ね」

 なるべく目の前のホトケを見ないようにしつつ、理沙はなんとか理性を保とうとした。


 支えてくれた相手があわれむように言った。

「第一発見者の用務員は、精神病院っす」


「と、とにかく、現場検証は終わっているわね?ホトケは付属病院へ運んで。それと、屍鬼化防止対策、忘れないでね」

 

 (何が起きたっていうのよ)

 

 こみ上げてくる吐き気を押さえながら、理沙は思った。

 

 (皮を剥がされるなんて、普通のヤマじゃないわ)

 

 

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