日菜子、失踪

 メイド達が司令部施設の撤収にかかっていた。

 前線からレオパルド戦車や自走砲、武器を担いだメイド達が戻ってくる。

 

「おいコラ」

 呆然と立ちすくむ水瀬をこづいたのは、イーリスだ。

「?」

「これで事態が収拾したなんて思っていないだろうな」

「だめですか?」

「本当にはり倒されたいのか?」

 

 ジリリリリリリリリリリリッ!!

 

 イーリスの言葉を遮るように、闇夜に鳴り響くベルの音。

 途端にメイド達の動きが片づけとは違うものになる。

「なんだ?」

「?」

「火事だ」

 緊張した声で言ったのはクリスだ。

「火事?」

 あたりを見回すが、どこにも火の気は感じられない。

「流れ弾で?」

「土地の関係から、それはありえない。何より、メイド達はそこまでドジじゃない」

「詳しいですね」

「さっき、太田少佐に聞いた―――戦線の近くに我々の教会がある。流れ弾が心配だったのでな」

「結局、疑っていたんじゃないですか」

「黙れ。それにしても、校内のどこだ?」

 

 クリスはメイドに近づくと、二言三言交わしてから、すぐに戻ってきた。

 

「閉鎖された野菜プラントだ。ここから2キロ離れた所だ。よかった。校舎には被害はない」

「野菜プラント?」水瀬が首を傾げながら訊ねた。

「そんなもの、あるんですか?」

「ああ。ここで使っている野菜をはじめ、ほとんどの食材はプラント栽培品だ。他にも田畑から牧場まである」

「……イーリスさん、どうします?シスター・マリアを確保しますか?」

「……」

 イーリスは厳しい眼差しをそのままに、じっと考え込んでいた。

「イーリスさん?」

「……水瀬」

「何?」

「シスター・マリアを、お前が追う理由は、なんだった?」

「最初は、ノインテーターの……」

 いいかけて、水瀬は凍り付いた。

「ま、まさか」

「恐らく、そのまさかだ」

「プラントで栽培していた非合法の薬草類を、プラントごと焼き払ったというの?」

「証拠隠滅だ。薬草なんて種があればどこでも栽培できる」

 イーリスは頷いて言葉を続けた。

「シスター・マリアが、ここに目をつけた。あるいは、ここへの招聘(しょうへい)に応じた理由がわかる気がする。広大な土地。自由になる施設。そして豊富な資金に」

 不意に、イーリスは白銀寮を睨み付け、吐き捨てるように言った。

「またとない顧客達―――私がシスターの立場だったら、目の色変えて来たろうな」

「そうですね。じゃ、シスター・マリアを」

「どんな罪状で?」

「予備拘束」

「危険だ。騒ぎになるのは避けたい」

「でも、シスター・マリアはこの間に」

「逃げられないよ」

「どうして?」

「芹沢白銀と村雲舞は我々が、上条うららは猫が、大切な手駒を手放して、のこのこ己だけ逃げるか?ありえないな」 

「じゃあ、シスター・マリアは」

「まだ動く。とにかく、夜が明けたら、尻尾を捕まえに動くぞ」

「はい。……ところで会長。火災は?」

「消防署が駆けつけて消火作業中だ。夜明けまでには鎮火するだろう」

「消防署?」

「知らなかったか?規模がでかすぎるから、消防署に警察署がある」

「学園内に?」

「当然だろ?部外者は入れないんだから」

「……火災の原因は?」

「普段から人気はない予備プラントだ。たしか一部が植物研究用に開放されていたはずだから―――漏電かな?」

「放火の可能性は?」

「あんな所、放火してどうする?それに、それだといろいろ困る」

「?」

「ここをどこだと思っている?部外者は立ち入ることの出来ない世界だぞ?しかも、夜間は警備関係者と、特別許可を受けた者以外、外出は一切禁止されている。そんな中で放火?犯人は生徒になるぞ。生徒会として、それでは困るんだ」

「生徒会長。全ての生徒達の所在は確認しているのか?」

「シスター・イーリス。普通科生徒に至るまですべて確認済み。問題は生徒会に報告されていない」

「ふむ―――」

「ついでに言うが、華雅女子学園ではこうした災害・犯罪が発生した場合、最低6時間、最長24時間、警戒システムは最大へ移行。同期間中は、外部との一切の行き来が禁止される。つまり、犯人は外に出られない」

「……」

「イーリスさん?」

「とりあえず、鎮火報告があるまで待ちだな。その間に、水瀬。あの芹沢から話を聞き出せるようにしてくれ」

 イーリスは、そう言うと、突然歩き出した。

「イーリスさんは?」

「殿下を部屋にお連れ申し上げた後、保健室へシスター・フェリシアの見舞いだ」

 

 

 2時間後 白銀寮 芹沢白銀の部屋

 白銀がベッドの上で安らかな寝息を立てている所へ、イーリスが入ってきた。

 丁度、後片づけをしていた水瀬が、その姿を見て、動きを止めた。

「内臓破裂6箇所、脊椎をはじめ致命的骨折4箇所。体内のガラス片他、すべて摘出は終わったよ?」

 そう言う水瀬は、服も手も血まみれだ。

「シスターは?」

「元から当て身を喰らった程度だ。一晩寝れば直る」

「災難だよねぇ。あのシスターも―――地下祭壇は?」

「処理中だ」

 室内にこもる、むっとした血の臭いに、イーリスは思わず口元を押さえてしまうが、水瀬は手早く血にまみれたシーツや包帯を袋に詰め込んでいく。

「随分、手こずったらしいな」

「外科手術も少しあったからね。吸血鬼化した人間の治癒なんて初めてだもん。それに先輩、家具の破片が随分体に入っちゃっていて」

「それで―――芹沢白銀。助かるのか?」

「もう元通り。やられた時、吸血鬼化していたのが幸運だった。人間だったら10回は死ねるけどね。ホント、吸血鬼の再生能力の高さには感心する。ところでイーリスさん」

「何だ?」

「あの時計塔、押さえてくれた?」

「ああ。今、栗須殿がメイド隊の応援と共に向かってはくれているのだが……」

 イーリスは言いづらいという顔で、何度もためらった後、手を洗う水瀬に言った。

「殿下が……どうしてもついていくと言い張ってな」

「殿下が!?」

「ああ……メイド達に任せておけば、殿下の御身に心配はないが。水瀬、芹沢白銀は私に任せて、行ってくれないか?」

「え?」

「女同士の方が、話しやすいこともある」

「う、うん。じゃ、行くね?」

 水瀬が血まみれのエプロンを脱いで部屋から出ようとした。

「あっ。待て」

「何?」

「この部屋、防音か?」

「うん。それに芹沢先輩のメイドさん達は、危険だから絶対に部屋に近づかないことになっている―――それが?」

「いや。いい。行け」

 

 

「あらあら」

 時計塔の風紀委員会室へ入ったのは、日菜子と栗須、そして武装したメイド達6名の計8名だ。

 メイド達は一様に銃で武装している。

「これは」

 先ほどの惨状を直接目にはしていないものの、何が起きたか知っている栗須はともかく、メイド達は目を丸くした。

「なんという……」

「ひっ。非道い」

 メイド達の語気は怒りに満ちあふれ、そしてその肩は震えていた。

 学校関係者としては無理もない話だ。

「―――まっ、まぁ。あの、いろいろあったのですが」

 日菜子がフォローめいた言葉を発するが、

「栗須様?」

 もうガマンできないという声で、メイドの一人が言った。

「ここは証拠として確保すべき所なのですか?」

「いっ。いえ?あっ。ただ、室内の物を外へ出すのは認められません」

「それでは、家具の破片等は、室外の一カ所へ集めておけばよろしいですね?」

「は?」

 栗須は助けを求めるように日菜子の顔を見た。

「そうですね。栗須、手伝いなさい」

 日菜子はそう答えた。

「では」

 銃を壁際に並べたメイド達は、どこからか掃除道具を取り出した。

「第221小隊整列!」

 バッ!

 メイド達が一列に並び、メイドの一人が檄を飛ばす。

 居並ぶメイド達の手には、モップ・バケツ・ぞうきんが握られている。

「これより清掃にかかる!この光輝ある華雅女子学園において、このような乱雑な部屋の存在は許されないっ!メイドの名誉にかけて、この部屋を清掃するっ!」

「はいっ!」

「かかれっ!」

 荒れ果てた部屋は、次の瞬間、メイド達のお掃除の場と化した。

 

 

「主を売れと―――そう言うの?シスター・イーリス?」

 それが、イーリスへの白銀の返事だった。

 その目には、あからさまな敵意と、そして憎悪が込められていた。

「もう一度聞く」

 イーリスも負けてはいない。

「シスター・マリアの目的は何だ?」

「……知らない」

 つい。

 そっぽを向く白銀。

「黙秘権行使のつもりか?」

「……」

「断っておくが、私は軍人ではない。まして警察官でもない」

「……」

「口が答えないなら、体に答えてもらうことになるぞ?」

「……シスター、この国にも法律があります。刑法において」

 パンッ!

 イーリスの平手が、白銀の頬を打った。

「なっ!何を!」

 グイッ!

 イーリスは白銀の胸ぐらを掴んだ。

「―――銀で顔を焼こうか?それとも、目玉のかわりに銀の玉でも埋め込まれる方がお望みか?」

「そんな脅しに屈するものですか!最っ低っ!」

「―――そうか」

 イーリスは、肩を落として落胆のため息をついた。

「こういうのは―――好きではないのだ」

「?」

 白銀には意味かわからない。

 ただ、何やら、自分の身に危険が迫っていることだけはわかった。

「何を―――きゃっ!」

 不意に、白銀の体を、イーリスがベッドに押さえつけた。

 

 イーリスは言った。

 

「快楽が、時に苦痛に勝る拷問になることを、教えてやろう」

 

 

 

「あ、あの?殿下?これは一体」

 水瀬は、目の前の光景が信じられないという顔で日菜子に訊ねた。

 掃除をメイド達に任せ、執務椅子に座って、書類を読んでいた日菜子が、気のない返事をした。

「掃除、です。メイドにとって、このように乱れた部屋はガマンがならないらしく」

「なるほど……」

 見れば、あれだけ荒れ果てていた部屋が見違えるように綺麗になっていく。

「それで?ここを押さえる理由は何か?」

「はい。芹沢先輩が、この部屋から、何を持ちだそうとしていたのかが知りたくて」

「その芹沢先輩は?」

「イーリスさんが、聞きたいことがあるって」

「そうですか。水瀬?それではお目当てはこれでしょう?」

 そう言って、日菜子が手渡した書類を読んだ水瀬が答えた。

「―――そうですね。ノインテーターの顧客リスト。探せば他にも」

「警察に渡しますか?」

「樟葉さん……いえ。饗庭中将に指示を仰ぎます。これは近衛が欲しがるでしょう。6課とかが特に」

 近衛府情報局6課―――

 反皇室的行動をとる不穏分子の取り締まり等にあたる部局。

 といえば聞こえがいいが、要するに皇室に不利益な存在を実力で、暗に排除する組織。

 そこで使われるとすれば、脅迫材料に他ならない。

 日菜子にそれがわからないはずがない。

「あまり、いい気はしませんね」

「する方が、どうかしていますよ。―――よいしょ」

 バキッ!

 執務机の引き出しを力任せに引きちぎってカギを壊した水瀬が、中身をテーブルの上にぶちまけた。

「……あった。ノインテーター」

 袋に入った白い粉はノインテーターと見て間違いないだろう。

「それに……組成表と……まぁ、いいや。局で調べてもらおう」

 水瀬は、持ってきたバックに他の袋や書類を放り込みながら呟いた。

「あっ。これいらないし」

 ぽい

「これもこれも―――いらないや」

 ぽい

 ぽい

 ぽい

 

 引き出しを調べ終わった途端、水瀬は壁に並ぶクローゼットの引き出しを全てひっくり返し、隠し扉を破壊し、隠し金庫をこじ開け、中身を床にぶちまけた。

 

 室内が静まりかえっていることに、水瀬は気づかない。

 

「み、水瀬?」

 日菜子が恐る恐るという感じで水瀬の裾を突く。

「へ?」

 水瀬は、床に散乱する物から視線を外さない。

「なんですか?」

 書類を素早く選別し、それが古い生徒会関係の書類だと判断するなり、その辺へ放り出した。

「うーん。めぼしい物がない……芹沢先輩……やっぱり、壊れたパソコンに何かデータを持っていたのかなぁ……ああなると、僕じゃ手に負えないし」

「いいですから。とにかく、周り周り」日菜子の声は、やや焦り気味だ。

「周り?」

 水瀬が顔を上げると、そこには自分を睨み付ける栗須以下、メイド達の姿があった。

「―――あの?」

 ジリッ。

 メイド達が水瀬との距離を縮める。

「あの?どうなさったのですか?皆さん」

「……悠理君」ドスのきいた声で栗須が言った。

「私達がお掃除しているのに、なぜ次々と汚すのですか?」

「あっ……ご、ごめんなさい。ぼ、僕、自分でやりますから」

「せっかく磨いた床をインクで汚してくれましたね」

 メイドの一人が、モップを握りしめながら水瀬に迫る。

「ふっ。拭きますっ!」

「放り投げたノートが、壁紙に傷を」

 他のメイドも同様だ。

「リペアしますからっ!」

「許せません」

 日菜子が水瀬から離れたのを合図にしたように、水瀬を追いつめたメイド達が、一斉に襲いかかった。

 

 壁際に逃げた日菜子の目の前で、地獄絵図がその新たな一ページを、開いた。

 

 

 5分後

「うえっ……うえっ……」

 頭にいくつものタンコブを作った水瀬が、泣きながらモップで床がけをしていた。

「あの……水瀬、大丈夫ですか?」

 日菜子は、無意識に壁の細工を触りながら栗須に問いかけた。

「殿下。男の子は甘やかせてはいけません」

 栗須はにべもない返事で答える。

「み、水瀬も反省していますし。今、水瀬は捜査のために」

「いけませんっ!」栗須は声を荒げた。

「ここで甘やかせると、悠理君がダメになりますっ!」

「はっ……はい」日菜子は、気迫に負けた。

「大体、反省なんてしているハズがないです!反省したか聞くなんて、ブタに真珠、ザクにファンネルですっ!」

「ふ、ファンネル?」

「男の子にとって反省とは、体に覚えさせるものなんです!ほら悠理君?腰が入ってませんよ?腰が!モップ拭き千回ノック追加っ!」

 モップを振り回す栗須を避けようと、日菜子は壁際に、さらに寄った。

「はいぃぃ……」

「それが終わったら壁紙の修理です!ヒンズースクワットしながら壁紙修理です!―――殿下?」

 気がつくと、日菜子の姿がない。

 

「殿下?」

 

 見回しても、どこにもいない。

 いるのは、自分、悠理君、そしてメイド達のみ。

 ドアは閉めたまま。

 出入りはなかった。

 それなのに―――。

 

 

「殿下?どちらですか?」

 

「え?殿下?」

 水瀬や他の作業にかかっていたメイド達も、手を止めて栗須を見、そして、横にいたはずの日菜子の姿を求めようとして、気づいた。

 

 

 いない。

 

 

 室内から、日菜子が―――消えた。

 

 

 

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