水瀬は語る

「考えてみてください」

 水瀬は言った。

「シスター・マリア達の支配下にあったはずの上条先輩が、よりにもよって芹沢先輩を殺しかけた……そんなこと、考えられますか?」

「……」

 皆、否の意味を込めた沈黙で答えた。

「でも、実際に起きてしまった。上条先輩を使って、相手が何を考えているか?それは相手にとって、シスター・マリア達が邪魔になったということです」

「邪魔?―――それでは水瀬、ここでの騒ぎは全て」

「相手はシスター・マリア達のたくらみを知った上で利用しようとした―――そう考えるのが正しいはずです」

「?おい、どういうことだ?」

「例えば、会長?どうして急に、今夜になって、殿下の部屋を訪れようとしたのですか?明日、学校でもよかったのでは?」

「いや……それは」クリスは困惑した顔で答えた。

「うららを見舞ったらな?なぜか急に、今すぐに行かなくてはならないって、そう思って」

「それ、精神誘導なんですよ」

「精神?」

「一種の催眠術……部屋に入ってきた会長から弱い魔力を感じていました。それです」

「俺を殿下の部屋へ呼びだして?それが?」

「その間に、わざと村雲先輩の前に上条先輩は姿を現す。当然、村雲先輩はそれを追う。その情報を殿下の部屋へ通報させる。で、私達が出る。学園の構造は会長が今回の事件で最も詳しいはず」

「俺は道案内させられた?」

「はい。で、芹沢先輩のいるここまで誘導し、芹沢先輩を排除。私達はこうして足止めを喰っている。―――問題は上条先輩です。猫に憑依されたのは、私は相当前だと思っています。でなければ、話がつながらないんです」

「?ここに来てからではない?」

「ええ。最低でも、村雲先輩が図書館で殺されかかった時より前」

「待ちなさい水瀬。それでは、あの図書館での一件は……」

「ええ。上条先輩の仕業です」

「馬鹿な……」クリスは唖然として水瀬の顔を見つめるだけ。

「待ちなさい水瀬。理論が飛躍しすぎです。そんな馬鹿なことが」

「いや……」舞が辛そうに言った。

「事実だ。白銀はうららの暴走について一切の関与を否定していた」

「……そんな」

「白銀が一部始終を目撃していたというし、何より、白銀の自作自演とは、今回のこともあるから考えづらい」

「シスター・マリア達の支配下にありながらも、その意図に反する行為をする。しかも、それをシスター・マリア達が把握していない。恐らく、芹沢先輩も、今の今まで、村雲先輩を殺しかけたのは、上条先輩の自発的行為程度にしかみていなかったと思います」

「事実だ」舞が頷いて続けた。

「白銀の発言からそれは間違いない」

「でも、それは実は、巧妙に隠された……う〜んっと……罠……かな?だったというわけです」

「罠?」

「はい。上条先輩は必要に応じて動かせる駒としての地位が与えられていた。その上でシスター・マリア達の手に落とさせた。相手がシスター・マリア達を必要だったからです。ただし、シスター・マリア達の都合ばかりにかまけているわけにはいかない。事実、上条先輩に憑依して村雲先輩を殺そうとした。理由はわかりません。だけど、それが中断されたことだけは事実として残ります」

「何故中断されたのです?」理由がわからない日菜子に

「僕が本体、つまり、猫と接触したからです」水瀬が答えた。

「猫と?」

「ええ。憑依する以上、それは亡霊か生き霊です。ところが、私が校舎周辺を一斉除霊した後でもああして動いている。だから、生き霊であることは間違いない。恐らく、村雲先輩にトドメを刺そうとしたけど、本体が危険にさらされた。だから、憑依を解くしかなかった」

「それで私は死なずに済んだというのか」

「村雲先輩にとっては幸運でした」

「けどさぁ」クリスはまだ納得していない様子で言った。

「何で猫なんだ?もしかしたら他にも」

「上条先輩に今、憑依していたでしょう?」

「……あれか?ということは……バケ猫?」

「ええ。その証拠に……」

 皆が集まる中、水瀬がポケットから取り出したのは携帯電話だった。

「えっと……たしか、こうやって写真を再生……あれ?」

 水瀬は危なっかしい手つきで携帯を操作する。

 どうやら画像を再生したいらしいが、見ていていらつくほど危なっかしい。

「ケータイがどうした?」

 水瀬の手から携帯を取り上げたクリスが手慣れた手つきでデータBOXからマイピクチャを開いた。

「あっ!だっ、ダメッ!」

 クリスの手から携帯を奪い返そうとする水瀬をイーリスの手が止めた。

「お前では操作に時間が―――」

「水瀬?このヨダレたらして昼寝するイーリスさんが何だ?」

「何?」

 きょとんとするイーリスと、真っ青になる水瀬。

「何だと?」

 水瀬の携帯の液晶に映っていたのは、ベンチで昼寝するイーリスの姿。

 しかも、ヨダレをたらしてだらしなく眠っている。

「―――っ!!」

 ガッ!

 水瀬の胸ぐらを掴んだイーリスが水瀬を片手で持ち上げた。

「ちっ、違っ!それじゃなくて!」

「じゃ、次のこれ……授業中に早弁する殿下か?」

「水瀬?」目の座った日奈子の冷たい声が水瀬の首を締め付ける。

「ちっ、違っ!」

「……おい。なんでオレのパンチラなんて撮ってるんだ!?」

「ぐ、偶然っ!」

「他にも姉さんがヤオイ本みて鼻血吹いてる画像とか、舞とうららがいちゃついている写真とか!俺達の恥ずかしい写真が盛りだくさんって、何だこれっ!」

「わーんっ!その次ぃ!」

「次なんてどっかの風景だけだろうがっ!他には何だ!?女の子の画像ばっかりじゃねぇか!お前、そっちの趣味があるのか!?」

「それですぅ!」

「やっぱりレズか!?」

「違ぁうっ!しかも、やっぱりって何ですかやっぱりって!」

「殿下」イーリスがガマンできないという顔で日菜子に言った。

「水瀬の殺傷許可を」

「待ちなさい。―――もっと苦しみ抜いた挙げ句に殺せばよいのです」

「そうです。悠理君はこれから24時間の強制労働です」

 栗須も日菜子の後に言った。

 二人とも、さすがに頭にきているらしい。

「上意討ちなんて手ぬるすぎます」

「当然、食事はなしですね」

「学校の対応は追って命じる……わかったな?水瀬?」

「わーんっ!悪いことしてないのにぃ!」

 

「あなたは存在自体が害悪だって、何度言えばわかるんですっ!」

 

「ヒドイよぉっ!」

 トドメのように放たれた日菜子の言葉に堪らず水瀬が叫んだ。

 

「やっとシリアスっぽく進んでいたのにぃ!」

 

「やかましいっ!何なんだ!?この風景写真が!」

 イーリスもさすがに怒り心頭な様子だ。

「ここに猫がいたんですぅ!」

「猫が?ウソをつくなっ!」

「本当ですよぉ!写真撮った時に後ろに殿下がぁ!」

「知りません」

 つんっ。と日菜子はそっぽを向く。

「私は猫なんてみていません」

「見ろっ!」

「殿下ぁ!」

「……それにしてもお前、撮るの上手いな」

 クリスが感心したように言った。

「報道部絡みでわかるんだが……これは単なる画像っていうより、きちんと作品になっている」

「ぐすっ……風景写真や観光客の記念写真をとって、それで生活費の足しにしていた時期があって……」

「どういう生活していたんだよ……」

「でも、日菜子殿下の御写真なんて、どれもお上手ですよ?」

「えっ?」

 栗須の言葉につられた日菜子がのぞき込んだ画像。

 盗み撮りであることは明らかだが、穏やかにほほえむ顔は、我ながら綺麗に撮れていると思う。

 何より、水瀬が自分の写真を持っていてくれることがうれしい。

「そ……そうですね」

 日菜子は平静を保ちつつも、顔が赤く、そして緩むのを止められない。

「へぇ?水瀬は春菜殿下じゃなくて、日菜子殿下派か?」

「え?」ちらっと横を見た水瀬は

「まっ……まぁ」とだけ答えた。

 

「よ、よろしい」

 日菜子はわざとらしく咳払いして続けた。

「み、水瀬。とにかくこれまでのことは不問にします。その画像がどうしたというのですか?」

 

「撮ったはずの猫が映っていないんです。風景だけ撮れているのに」

 

「映っていない?」

「バケ猫と吸血鬼の共通点に、写真に写らないっていうのがあります」

「つまり、マサは……バケ猫!?」

「そうです。今は、上条先輩に憑依しています」

 

「本体は?」

「探すしかありません。殿下への精神侵入を謀った時、痛めつけていますから、安全な場所にいるものと思いますが」

 

「私へ……あの時の猫が?」

「よく似ているんですよ。毛並みといい、顔立ちといい……あの猫と」

「……何故です?何故、バケ猫が私に?それに、あの猫は真由の」

「それは今後の調査によります」

 水瀬は日菜子の言葉を遮った。

「とにかく、芹沢先輩を連れて寮へ戻りましょう。かなりの時間をロスしています。急がないと、帰るところがなくなるかも」

「寮へ?」

「水瀬?」

「……皆さん、お忘れではありませんか?」

 水瀬はあきれ顔で言った。

 

「私達、何かと通路ですれ違っているはずですが?」

 

 

 

 水瀬達が時計塔から戻ろうとした丁度その頃。

 

 白銀寮内に放送が流れた。

 

「全生徒及び関係各位へご連絡いたします。妖魔とおぼしき集団が現在、本寮へ向け進行中です。お休みの所、大変申し訳ございませんが、メイドの指示に従い、速やかに地下シェルターへご移動くださいませ。繰り返します」

 

 その放送を聞いた廊下での立ち話中の生徒の一人がため息をついた。

「はぁっ……またですの?」

「この前は何でしたかしら」

「自爆テロ……でしたか?」

「ああ。高等部のお姉さまを逆恨みして、わざわざお越しいただいたあの殿方」

「もう一週間ほどですか」

「しかたありませんわ。では橋本様。後ほど」

「はい。ご機嫌よう」

 

 

 そして、警備を司る警備室横のメイド控え室では、各指揮官達が最後の打ち合わせに入っていた。

 

「敵は地下通路を突き破ってC1エリア。カフェテリア「モナリザ」横より出現。同地点からまっすぐ寮へ向けて進撃中。移動速度は毎分25メートル。C2からC5までは森林区画になっているから移動速度はさらに落ちるだろう」

 

 黒板に張り出された地図を前に立つのメイドが指揮官達へ指示していた。

 

「まずは生徒の皆様方の安全が最優先だ。全生徒避難完了までの時間は?」

「予想60分です。入浴中の生徒の方々のお召し替え、時間かかります」

「まずまずだな。誘導中の歩兵B中隊はそのままシェルターの警護にあたらせろ」

「了解」

「同A、C中隊はC5地点に展開しろ。現在、航空小隊によるクレイモア対人地雷の散布がB4からD4へかけて実施中。故にここへの部隊展開は厳禁とする。

 第一戦車小隊はA4、第二はF4へ展開。重猟兵中隊はA中隊と共に行動し、火力支援に当たれ。

 装甲中隊は司令部からの伝令、弾薬の補給、負傷者の救助を最優先と心得よ。

 攻撃開始はC3地点へ敵が進出次第とし、火力を集中して面で叩く。いつもの通りだ。

 砲撃支援は砲撃中隊から3分間実施。

 航空、ミサイル支援については現在、西園寺様方が手配中。詳細決定次第、追って通達する。

 河川・塹壕という地理条件を活かして戦え。ただし、白兵戦は可能な限り避けろ。戦線維持が困難と判断次第、後退してかまわん。無駄な犠牲は出すな。後退した者は最終防衛ライン上に集結。その際はマニュアルD13の通りに行動せよ」

「大尉」

 挙手をして立ち上がったのは351と刺繍された肩章をつけたメイドだ。

「重機関銃中隊の布陣が後方すぎるのでは?」

「貴様等の任務は白銀寮の最終防衛だ。敵が騎士級の場合、貴様等が阻止しろ」

「了解」

「他に質問は?」

 

 

「―――よろしい。敵にメイドを教えてやれ」

 

 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る