時計塔の戦い

「ハアッ!」

「せいっ!」

 

 ガギインッ!

 

 舞と白銀が襲いかかってから5分。

 いつしか二人は本気になってうららと対峙していた。

 当初の「ねじ伏せればなんとかなるわよねぇ〜♪」などという考えは、二人とも最早持っていない。

 

 何故か?

 

 簡単なことだ。

 

 うららが、「絶対に勝てない相手」だと悟ったからだ。

 

 執務机の照明は、ついさっきのうららの一撃で吹き飛ばされた。

 

 真っ暗な室内で繰り広げられる戦闘は、舞にとって圧倒的に不利。

 

 その中で、舞は、暗闇にぼんやりと浮かぶ白銀の動きで敵の動きを察知し、白銀の攻撃にあわせてうららを狙った。

 二人同時の打ち込みを難なく受け止めたうららは、逆に力押しで二人を突き飛ばした。

 

「―――ぐっ!」

「がっ!」

 

 飛ばされ、床にたたきつけられた二人は、すぐに立ち上がるとすぐにスタンブレードを構えなおした。

 

「ばっ、バカなっ」

 驚愕の色が隠せないのは、舞ではなく、むしろ白銀の方だった。

 

「わ、私の剣……いや、力を跳ね返しただと!?」

「白銀!」

 横にいる舞が怒鳴った。

「もう一度聞く。うららに何をした!?」

「私は何もしていない!何度も言っているでしょう!?」

「じゃあ、この状況を説明してみせろ!」

「無茶言わないで!」

 その瞬間、うららが跳び、一気呵成に木刀を振り下ろす。

 

 ズダンッ!

 

 舞と白銀は、その一撃を左右に跳ぶことで避けるが、大理石の床が大きく砕けた。

「こいつは厄介だぞ」

 その破壊力に戦慄した舞は、後ずさりしながら言った。

 その声に反応したように、うららの目が自分を捉えた。

 つぎに来るのはこっちだ。

「白銀……後退して作戦を練る。どうだ?」

「賛成―――そういいたいんだけどね」

 白銀の歯切れは悪い。

「?」

「引っ越しの最中なのよ―――まいったわ。一番持って行かなきゃならない“荷物”がここに来て暴れ出すなんて」

「何を―――わっ!」

 とっさに尻から床に落ちる要領で体をすくめた舞の頭上―――丁度、首のあった辺り―――を横薙ぎの一撃が壁を砕きながら襲ってきた。

 舞はさらなる一撃が来る前にうららと距離を取る。

 

「う……うらら?」

 その呼びかけにうららは返答しない。

 その焦点の合っていない目は、ただ虚空を見つめるだけ。

 愛らしい顔に、舞の愛してやまない笑顔は、ない。

 

 あり得ない。

 

 舞は何度もそう口にして理性に否定された。

 あの運動音痴が。

 100メートル走れば酸欠で倒れるような娘が。

 ありえない!

 

 感情はそう叫ぶ。

 

 だが、

 

 現状を正しく把握しろ。

 今のうららは騎士並の瞬発力、破壊力、そして、卓越した剣の使い手だ。

 勝てない

 危険だ

 逃げろ

 

 理性はそう叫び続ける。

 

 次の瞬間、上段からの一撃が、ついに舞を捉えた。

 ギィンッ!!

「―――っ!!」

 木刀の一撃を、スタンブレードが何とかくい止めたものの、鈍い音と共に、両腕に鈍い痛みが走った。

 

 骨が折れたのは、間違いない。

 

「舞っ!このおぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 剣の達人であり、吸血鬼の運動能力を持つ白銀がその機を逃すはずはなかった。

 距離を詰め、スタンブレードを振りかぶって一気に振り下ろした。

 

 ―――が

 

「グハッ!」

 白銀の体がくの字にへし曲がって反対側の壁まで吹き飛んだ。

 

 何が起きたかはわかる。

 

 白銀の一撃を素手で捌いてそらしたうららが、白銀の胴を蹴り飛ばしたのだ。

 

 ガラスを突き破って棚にめり込んだ白銀は、そのまま床に崩れ落ちる。

 

「し、白銀っ!」

 

 目の前に立つうららが木刀を構えなおした。

 

 今のうららの力なら、私のからっぽの頭なんて一発で粉砕するだろう。

 

 苦しまずに死ねるか。

 

 舞にとって“苦しまずに死ねる”それだけが救いだ。

 

 

 もう、抵抗する術すら残されていない。

 

 剣を掴むことすら出来ない。

 逃げ出すことも出来ない。

 

 何も……何一つ、生き残るために出来ることはない。

 

 

 白銀もやられた。

 

 それはそれで目出度いことだが……

 

 白銀の後を、私もすぐに追うことになりそうだ。

 

 舞は、武道を修めた者として、覚悟を決めた。

 

「うらら……」

 

 それが無駄だと、心のどこかで理解はしていた。

 だが、それでも、人として、舞は目の前の最愛の存在に語りかけずにはいられなかった。

 

「あなたに殺されるなら……本望だよ」

 舞の双眸から涙がこぼれ落ちた。

「私、私ね?うららが……うららのことが……」

 

 うららは無言で舞を見据え、動かない。

 

「……うらら?」

 

 すっ。

 うららは木刀を降ろすと、天井の一角を見つめ、そしてドアへ向かって歩き出した。

 

「うららっ!」

 

 その呼びかけにうららは答えない。

 

「うららっ!戻って!」

 痛む腕を無視して何とか立ち上がった舞の前で、窓からの月明かりが室内を照らし出した。

 

 すべてが暗闇の中から青白い光に照らし出される中、舞は見たのだ。

 

 うららの影を。

 

「―――えっ?」

 

 舞はただただ呆然としてその影を見た。

 

 あり得ない。

 

 もう、いい加減にしてほしい。

 

 一体、どれほど私の理性を狂わせれば気が済むんだ?

 

 舞のその自問に答える者はいない。

 

 ただ、視界に入る“それ”が現実。

 

 立っているのはうらら。

 

 だが―――

 

 その影は違う。

 

 まっすぐ伸びた尾があって、頭には尖った耳がある。

 

「うらら……」

 

 その声に反応したように、うららは一度だけ、舞に振り向くと言った。

 

「にゃあ」

 

 

 

 

 呆然とする舞の目の前で、うららはドアから飛び出していった。

 

「きゃあっ!」

「何っ!?」

「このっ!」

 複数の声ともみ合う音がして、あたりに静寂が戻った。

 

「あーっ。びっくりした」

 それは、聞き慣れた声だった。

 

「会長?」

 

「ん?舞、舞か!?いたら返事しろっ!私はバカですって!」

「ちょっ!」

「返事しろっ!私はバカですって!」

「私は生徒会予算を横領して飲食費に充てている生徒会長ですっ!」

「てめえ!」

 ドアの方から木刀が飛んできたが、あらぬ方向の壁にあたって床に落ちた。

「アリスッ!」

「痛っ!お、お姉さまっ!痛いですっ!痛いっ!」

「生徒会の予算を何だと思って!」

「姉妹喧嘩はそれくらいにして!―――村雲先輩?今、照明つけますから!」

 

 パッ

 

 少しの間をおいて、室内が光で満ちた。

 

 暗闇に長くいたせいで目をつむる舞に、近寄ったのは水瀬だ。

「村雲先輩。大丈夫ですか?」

「あ……ああ。両腕をやられた」

「見せてください……ああ。骨にヒビが……イーリスさん、そっちに倒れている吸血鬼、押さえてください。栗須さん、バックアップを」

 ポウッ

 鈍い光に照らされ、腕の鈍い痛みがウソのように引けていく。

「……助かった。礼を言う」

「いえいえ。さすが村雲先輩、頑丈ですね」

「何?」

「あの力からの一撃を止めたんでしょう?普通なら腕が完全にへし折れてます。ヒビだけなんて……スゴいです」 

「あのな?水瀬、それ、褒めているつもりか?」

「はい」

 邪気のない無邪気な微笑みを見た舞は、ため息まじりに立ち上がって、室内を改めて見回した。

 室内はぐちゃぐちゃだ。

 

「水瀬、こっちも頼む。出血が」

「吸血鬼だからすぐに直ると思いますが?」

「こいつには尋問を受けてもらわねばならない。ここでくたばってもらうわけにはいかん」

「はぁい」

 

 白銀は水瀬が何とかするだろう。

 舞は思った。

 

 残る問題は―――

 

「あの会長、うららは?」

「―――逃げられた」

「何でっ!?」

「猫だましです」

 水瀬が申し訳なさそうに言った。

「突然、襲ってくるそぶりをみせ、こちらを固まらせた所を遁走する。……上条先輩は、階段を駆け上って、そのまま」

「怨まないでくれ。我々には殿下を御守りせねばならない義務があるのだ」

 イーリスも弁明じみているとは思いつつ、口を開いた。

「敵がわからない以上、深追いは出来ない」

「敵なんてわかっているんじゃないんですかっ!?」

 舞は怒鳴った。

「それを知って、倒すのがあなた方の仕事でしょう!?」

 舞は床に転がっていたスタンブレードを取り上げると、ドアから駆け出そうとした。

「お待ちなさい?」

 それをやんわりと止めたのは、栗須だ。

「放してくださいっ!」

「あなたに、何が出来るのか、教えてください」

「っ!」

「行っても、何も出来ないでしょう?でも、ここにいるからこそ、出来ることもあるんです」

「何です?」

「―――それは、あなたご自身が一番よくわかっているはず」

「……」

「芹沢先輩は一命は取り留めますが……しばらく動かせません。村雲先輩」

 水瀬が舞に訊ねた。

「あれは、芹沢先輩達の仕組んだことですか?」

「白銀は、最後まで違うと言い張っていた」

「真実ですか?」

「白銀はああなるとウソはつかない。信じられる。長年のつきあいでわかるんだ」

「上条先輩について何も語らなかった?」

「ああ。むしろ、うららの変わり身は自分とは無関係だと」

「……ふむ」

「あの爆乳女!ビビらせるのは乳だけにしろってんだ」

 クリスは毒づきながらも、心配そうな目でドアの先を見つめた。

「これアリスッ!」

「うらやましいと思っているクセにっ!万年Aカップ!」

「なっ!」

 栗須の手がモップに伸びた。

「待ちなさいアリスッ!お尻ペンペンしてあげますっ!」

 

「あーっ!もうっ!」

 ついに怒鳴り声を上げたのは日菜子だ。

 

「小学生の遠足じゃないんですっ!マジメにやりなさいマジメにっ!」

 

 

「大本はそっちかぁ」

 水瀬はぽつりと呟いた。

「そっちとはどっちです?」

「あっちです」

 全員が水瀬の指さした方角を見る。

「……意外と単純なんですね。皆さん」

 

 その直後、「水瀬君の袋だたきのお時間」が開催され……

 

「マジメに答えろっ!」

「水瀬!主君を愚弄するのもいい加減になさいっ!」

「おめえ、終いにゃ本当にバラすぞ!?」

「こっちはいらついているんだ。言葉に気をつけろっ!」

「悠理君?バツとして、ゴハン抜きです!」

 数々の罵声を受け、吊しあげられた水瀬は、泣きながら答えた。

 

「ぐすっ……方角は本当のことなんですけどぉ」

「ウソを言えっ!」

「本当ですよぉ……」

「どういうことです?」日菜子が刀の切っ先を水瀬の喉にあてながら訊ねた。

「返答次第では―――わかりますね?」

「ですからぁ……シスター・マリアも踊らされているんですよぉ」

「誰にです?」

「猫です猫」

「……」

 チャカッ

 ブンッ

 日菜子の一撃が水瀬の脳天を襲い、それをかわしつつ、水瀬は叫んだ。

「本当なんですよぉ!」

「イーリスっ!あのへらず口を潰しなさいっ!」

「説明しますから聞いてくださいっ!時間がないんですっ!」

「口から出任せをっ!」

「わーんっ!発信器はあっちにむかって走っているんです!殿下ぁ!お願いです聞いてくださぁいっ!僕の考えが間違いなら、お詫びにお食事でもデートでもなんでもしますからぁ!」

「よろしい!」

 即座に答えたのは日菜子だ。さすがに赤面している。

「あの、殿下?」

 栗須はあきれ顔で日菜子に言った。

「あのですね?欲望に負けると、立派なオトナにはなれませんよ?」

「誰がですかっ!コホン……水瀬、説明なさい」

「……あ、ありがとうございます」

 

 

 

 水瀬は説明を開始した。

 

 

 

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