時計塔へ
「白銀寮周辺にはいらっしゃいません」
それが、メイド達からの返答だった。
「クリスさん」
水瀬はクッキーをかじるクリスに訊ねた。
「メイド達に発見されないように寮から抜け出る方法って、あるんですか?」
「いくらでもある」
クリスはあっさりと答えた。
「あるんですか?」
「学校の中どころか外まで簡単に。……ああ、水瀬はまだ日が浅いから知らないか」
「ど、どうやって?」
「地下だよ」
「地下?」
「ああ。先輩達が何人も勝手に地下トンネル掘っているからな。太いのになれば車で外部へ抜けることも出来る」
「く、車……ですか?」
「ああ。この白銀寮は、そうした先輩達が掘ったトンネルの上にある。トンネルというより、地下のドームだな。そこから外へ……まぁ、いざという時、生徒達を安全に外部へ逃がすシェルターでもあるんだがな」
「どうしてそれを止めないんですか?」
「自己責任。外で遊んで遅刻したり、警察沙汰引き起こせば退学だ。やるかどうかは生徒の判断だろう?メイド達も、寮から出たならば関与出来ないしな」
「……まぁ」
クリスは、ちらりと姉を見たあと、言った。
「論より証拠。生徒会として場所を把握している。案内してやろうか?」
「お願いします」
クリスに案内されたのは、一階北側奥にある空き部屋。
元は警備員室だったという。
ガランとした部屋の真ん中に、金属製の蓋と、豪華な飾りのある操作パネルがあった。
クリスがボタンを押して生徒証を通すと、音もなく蓋が持ち上がり、地下へ通じる階段が開いた。
「自由への階段っていうんだ。どこの誰がつけたかは知らないが」
「自由?」
「ああ。規則で雁字搦めの学校生活から解放されて、そして自由あふれる下界へ通じる入り口だからさ」
クリスはそう言って階段を降り始めた。
降りた先は広大な空間が開けていた。
照明があるので、思ったほど暗くはない。
半円状に掘られた空間。天井から何本も走る太い柱は、恐らくは寮を支える柱だろう。
まるまる寮の地下全体が入っているのは間違いない。
隅には20台を超える高級外車が停められている。
「成る程?」
イーリスは感心したように言った。
「大型駐車場に外部へ通じる道……かなり整備されているな」
「核シェルターも兼ねた作りだ。片側2車線の道路……まぁ、使えるのは、この学園でもかなり一部に限定されるけどな」
「生徒会長も?」
「あっ?……あ、ああ……」クリスはバツが悪そうに頷いた。
「……姉さんには内緒だぞ?生徒会長権限で使わせてもらっている」
「職権乱用」
「いっ、いいだろ!?」
「大丈夫です」
そう答えたのは、いつの間についてきたのだろう。日菜子だった。
その後ろには栗須がいた。
「殿下!」
水瀬とイーリス、そしてクリスも青くなった。
栗須はすました顔をしているが、その眼は妹を睨み付けていた。
「お下がりください。春菜殿下、この先はあまりに」
「大丈夫です」日菜子は自信満々に答えた。
「そのためのあなた方です」
「……」
「……」
イーリスと水瀬は深いため息をついた。
「イーリス」
歩きながら、日菜子が訊ねた。
「発信器の反応は?」
「移動しています。―――上条うららが先行。村雲舞は後方65メートルの位置」
PDAから目を離さず、イーリスが短く答えた。
「二人は一緒ではないのですか?」
「はい。上条を村雲が追跡しているようにもとれます」
「……」日菜子は、少し考えた後でイーリスに訊ねた。
「イーリス。発信器が外れている可能性は?」
「あり得ません。体内に埋め込まれていますから外科手術をしないと外れません」
「……跡は、残らないでしょうね」
「外科医療は進歩しています。問題はないでしょう」
「イーリスさん」
「何だ?」
「上条先輩の目的地は?」
「目的地は……時計塔か?」
「時計塔?……あの、ビックベンみたいな大きい?」
「そうだ。この学園で一番高い建物。水瀬、時計塔は調査しているか?」
「いいえ?あそこは校長の許可がないと入れませんから。舞さんから聞いたんですけど、生徒会の権限でも入れないって」
「ああ。そうだ」なぜかついて来たクリスが言った。
「学園運営の中枢があそこだ。生徒は一切の立ち入りが禁止されている」
クリスは腑に落ちない顔で呟いた。
「しかし、何故うららが?」
「でも、生徒の立ち入りが禁止なんて、ヘンじゃないですか?あそこは昔は」
「姉さんがいた大昔と今は違う」
ぎゅーーーーっ!!!
栗須の手が妹の頬を力任せにつねり上げた。
「いひゃいいひゃい(訳:痛い痛い)!!」
「まだ5年ですっ!―――ほらっ悠理君っ!それで私のトシを計ろうとしないっ!」
「何でわかるんですか!?」
「姉さんは飛び級連発しているから、それじゃムダだ」
クリスは頬をさすりながら言った。
「話を戻すけど、あのクソ校長の体制になってから、あそこは生徒から分離させられた。理事長も近づかねぇから、オレでもあの中で何が起きているのか、何もわからねえ」
「無茶苦茶……」
「学園を管理・支配する根城にしてぇって考えなんだろ?あのクソ校長」
「あのぉ……」水瀬が訊ねた。
「校長先生って、いつ頃この学校へ?」
「3年前だ」
「3年?……かなり近いじゃないですか。それで生徒追い出したり?よくそんな強攻策を打ち出せましたね。スゴい政治力」
「バックに生徒達の親がいる。娘を玩具か道具としか思えない……自治なんてとんでもないって考える奴らがな……ちょっと前までは、上条製薬と勝沼財閥が二大柱だったな」
「上条製薬に……勝沼財閥?」
その言葉に思い当たった水瀬は、チラッと日菜子の顔を盗み見た。
唇をかみしめるその顔は堅かった。
「赴任してから、随分、先生達……こと、学園上層部の態度が変わったよ」
クリスは苦々しげに言った。
「生徒自治に積極的だった先生達が一転して反対の態度表明……生徒会の権限は、校長赴任前と後じゃ、半分以下にまで減った。もう骨抜きだ」
「そこまで……」
「生徒会長」イーリスがクリスに訊ねた。
「シスター・マリアが赴任してきたのは、その頃ではないか?」
「……ああ。そういえば、校長の赴任の3ヶ月くらい後だったな。確かに校長、シスターに農業用プラントを貸し与えたりしてる。かなり優遇されてるんだぜ?あのシスター」
「その頃からだろう?学園で騒ぎが起きたのは」
「?いや。その頃は白銀が頑張っていた頃だから、もう少し後だな」
「白銀というのは、シスター・マリアとは?」
「最初は嫌っていたよ。同族嫌悪だなありゃ。だが、ある日を境に一変して崇拝しだした。白銀も変わったといえば変わったな」
「……」
「イーリスさん?」
「校長が、シスター・マリアを呼んだな。そして白銀を抱き込んだ」
「目的は?」
「これから行けばわかる。目的地は時計塔だ」
舞は通路の死角を利用して、うららに気づかれることなく、追跡を続けていた。
(おかしい)
舞がうららの異変に気づいたのは、うららを見舞いに行こうとした時だ。
廊下を曲がろうとした時、寝間着姿のうららが廊下を歩いているのを偶然発見したのだ。
「うらら?」
夜の闇を人一倍恐れるうららは、夜、自分の部屋から外に出ることはほとんどない。
そのうららが廊下を歩いている。
しかも、寝間着のままで。
舞はうららの後をつけた。
そして今、ここにいる。
地下通路の弱い照明の中、うららは歩き続けている。
もう、自分の居場所がわからない。
今の舞の武器は、風紀委員会用の特殊警棒1本だけ。
相手が吸血鬼なら、何の意味もないこと位、舞にもわかる。
本当は気休めにもならないもの。
だが、それでも、あるだけで心の支えくらいにはなる。
音を立てず、警棒を握った舞の前で、うららは角を曲がった。
舞もそこに近づく。
角に立った所で、悲鳴のような金属の音が響き、すぐにドアの閉まる音がした。
(どこだ?)
そっと周囲を見た。
場所を示すプレートが一枚、運良く見つかった。
「時計塔(職員棟)警告:生徒の立ち入りを禁止する」
そう、書かれていた。
(時計塔?うらら?)
舞はゆっくりとドアを開き、塔の中へ潜入した。
写真で見たことはあったが、その豪奢な作りに、舞は感心したようにあたりを見回した。
大理石の太い柱に施された精緻な彫刻。
壁一面を埋める絵画。
建築の写真集にでも載りそうだ。
見事の一言に尽きる。
だが、暗い、ひんやりとした空気の中では、それらは舞にむき出しの敵意を向けているようにすら思える。
そして―――
吹き抜けになっている階段の踊り場にうららを見つけた。
舞は、すぐにうららを追った。
それが、舞にとって幸いしたのかもしれない。
ぞろ……
ぞろ……
ぞろ……
キュォォォォォォォッ
ガァァァァァァァァッ
舞が走り去った廊下に奇妙な音が響き始めた。
舞がその光景を見ずに済んだのは、むしろ幸運といえた。
闇の中から溶け出たように廊下に現れたのは、まさに百鬼夜行そのものだ。
筆舌に尽くしがたい形状の妖魔達が群れとなって廊下を歩いて行く光景。
その先頭に立つのは、二人の生徒。
その生徒の目は赤く光り、愛らしいはずの口元には牙が―――
それに気づかない舞にそれは関係すらないことだ。
彼女たちが、そのまま闇の中へ消えていったとしても、それは舞の知るところではない。
今の舞には、自分の大切な存在しか見えていない。
その大切なうららが階段の真っ正面の部屋に入った。
「ここは?」
そこは両開きの豪華な扉。
「風紀委員会委員長特別室」
そう、書かれていた。
昔、この時計塔に生徒会が入っていたことは知っている。
風紀委員会が風紀壊乱の先兵となっていた暗黒時代のことだ。
舞は、この施設を知らない。
舞にとって、風紀委員会室とは、今のあの部屋だけだ。
この中に、何があるのか、そんなことはわからない。
問題は、うららが入った。
それだけだ。
舞は、警棒を確かめると、扉に手をかけた。
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