白銀の本心

 暗い室内はしんと静まりかえっていた。

 空気がひんやりとして冷たい。

 壁際にあるパソコンのLEDからの青い灯りだけが、唯一、ぼんやりとした光を放っていた。

「……」

 しばらく闇の中で息を潜め、なんとか目が慣れた。

 

「……うらら?」

 そっと忍び込むように室内に入った舞は、暗闇のどこかにいるはずのうららを探した。

 

「はぁい?」

 

 ビクッ

 突然、かけられた言葉に体を固くする舞をあざけるように、突然、室内の一カ所に明かりがともされた。

「!?」

 

「クックックッ……そんなに驚かなくても、いいんじゃなくて?―――みっともない」

 それは、執務机の照明に手を伸ばし、喉を鳴らすような笑い声を上げる者の声。

 

 白銀だった。

 眼は赤くないし、牙は見えない。

 ただ、尊大に執務机の椅子に座っている。

 

 

「バカ丸出しね。あなたってさ?」

 

「しっ、白銀?」

 

 相手は吸血鬼。

 自分の相手になる存在でないことは、身体が知っている。

 あの時のことを思うだけで、背筋が寒くなった。

 

 

「あーあ。殺さないであげたのに―――わざわざ死にに来たの?」

 狼狽する舞とは対照的に、冷たい笑みを浮かべ続ける白銀が言った。

「それとも、お楽しみの味が忘れられなくなった?」

 

「ばっ、馬鹿な!う、うららを返せっ!」

 警棒を手に白銀に挑もうとする舞だったが―――。

 

 

「っ!?」

 突然、背後の闇の中から襲ってきた一撃により、その動きは止められた。

 

 ガッ!!

 

 堅いモノ同士がぶつかり合う音が室内に響く。

「なっ!?」

 とっさに背後に回した警棒がその一撃を止めてくれなければ、あの地下室の一件があやうく再現される所だった。

 相手の武器は、恐らく木刀の類だと、風紀委員の舞にはわかった。

 だが、その相手が誰かわからない。

 

 

「だからバカだって言っているのよ。よくご覧なさい」

「?―――えっ!?」

 警棒を軸に背後の敵と向かい合った舞は、驚愕のあまりに言葉を失った。

 

 あり得ない。

 

 あってはならない。

 

 その、はずなのに……。

 

 見開かれた舞の瞳に映る相手―――

 

 それは―――

 

「これが、真実よ?」

 白銀は舞に言い放った。

「いい気分でしょう?」

「そっ、そんな―――」

 舞は否定したい。

 だが、

「目の前の現実を、どうやって否定できるの?委員長?」

 その白銀の言葉を否定できない。

 

「う、嘘だよね?冗談だよね?」

 

「……」

 敵は、無言で舞を睨み付けると、再度振りかぶった。

 

「うらら……冗談だよね?何かの冗談だよね?」

 

「……」

 敵―――すなわちうららは、無言で木刀を振り下ろした。

 

「あの書庫―――正しくは、理科棟地下であんたを殴り殺しかけたのはうららよ?私はそれを目撃し、パニクったうららに誤魔化し方を教えてあげた……聞いているの?」

 

 ブウンッ!!

「ちいっ!」

 横薙の一撃を何とか避けた所へ唐竹割の一撃が襲ってきた。 

「!!」

 とっさに避ける舞は叫んだ。

「しっ、白銀っ!貴様、うららに何をした!?」

 

「だから、何でもかんでも私のせいにしないでよ―――おかしいんじゃない?」

 白銀は平然と舞に答えた。

 

「勝手におかしくなったのはうらら。それに、ここへ勝手に入り込んできたのも、うららの方。それを追ってきたのがあんた。私はいつだって、単に居合わせただけよ」

「じっ、冗談もいい加減にしろっ!あれだけのことを私達にしておいて、そんな言葉が信じられるとでも思っているのかっ!」

 何度も振り下ろされる木刀を避けながら、舞はうららの隙を狙った。

 

 白銀を舞が疑う最大の理由が、そこにあった。

 

「こんな鬼平と主水を、かおるの入浴シーンでかけたみたいな腕前、うららが持っているはずがないだろう!?」

 

 うららは自分とは違う。

 包丁は握ったことはあっても刀なんて握ったことすらない。

 そういう子だ。

 刀は握ったことがあっても包丁なんて握ったことすらない自分とは違うんだ。

 

 うららは武術の素人。

 そして、自分は剣道3段。村雲流十手捕縛術免許皆伝、そして一刀流の師範代の資格まである、自分で言うのも何だが、一応は玄人だ。

 それなのに、今や立場が逆転している。

 

「よくわかんない例えね。構えは示現流じゃない―――あのさ」

 舞のあせりがわかっていないのか、机上の書類の仕分けを始める白銀。

 

「どうでもいいけど、私の迷惑だから、奴隷同士、モメごとは余所でやってくれない?」

「だったらまず、止めるのを手伝え!」

「何よ。その言い方」

 カチンときたらしい白銀に睨み付けられるが、舞はそんなことに構っていられない。

 

 白銀と普段通りの会話が出来たせいだろう。

 舞の口調も、知らずに風紀委員長のそれになる。

 だから、白銀を挑発するような口調で言い放った。

 

「うららを止める!―――ああ。白銀じゃ無理だったな」

 

「なっ!?」

 白銀は赤くなって椅子を蹴った。

「だっ、誰にむかって!?」

「中等部入っても寝小便クセが直らなかった、そこのアバズレだ!」

「っ!!」

 今や白銀の顔は怒りで真っ赤。青筋が額に走っている。

「ち、中等部1年の時の汚点を!」

「違うっ!主将副将で同じ部屋だった。だから3年の時だ。今度、校内新聞に載せてやろうか?記念写真は未だにとってあるし」

「殺すっ!」

 白銀の口から牙がのぞいた。

 

「どうせあんた程度じゃ止められない。白銀なんかじゃぁな」

「―――言ったわねっ!この脳みそ筋肉女!万年生理不順のクセにっ!」

「何ぃっ!?」

「万年赤点女!うららがいなければ進級さえ出来ないノータリンがっ!」

「上等だ白銀っ!表に出ろっ!」

「ええ!売られたケンカ、高く買ってやるっ!」

 白銀は引き出しを開くなり、刀―――ハードラバー製のスタンブレード―――を二本、取り出すと、一挙動で執務机を飛び越え、舞の横に立った。

「今度という今度こそ、決着をつけてやる!」

「その前に、うららだ」

 白銀の手から1本のスタンブレードをもぎ取るなり、舞は言った。

 その言葉に、ハッとなる白銀は、弾かれたようにうららと対峙し、そして理解した。

 

 白銀自身、警察官僚の娘として剣をはじめ、武術を学んできた身だ。

 だからこそわかった。

「何?うらら……いつの間に、拝一刀か眠狂四郎みたいな迫力を」

「あんたの方がワケわかんない」

「モノの例えよ!」

 ムキになる白銀を無視した舞が白銀に訊ねた。

「―――白銀。さっき、うららに何もしていないと言ったな?」

「してないわよ」

「だが、お前はあの時、その牙をうららの首筋に……あの時、仲間にしたのでは?」

「だから、していないっていったでしょう?」

 苛立たしそうに睨み付ける白銀。

「―――何故だ?」

 

 次の瞬間、

 白銀の口から出てきた爆弾発言に、舞は目が点になった。

 

「……やったら、私の子供、産めなくなるでしょう?」

 

「……はい?」

 思わず見たその顔は真剣そのものだった。

 

「あ、あの―――白銀……さん?」

 

「断っておくけど、私は女よ!?全裸見てるはずよっ!?……い、遺伝子操作とか使えば、今の時代、女が女の子を産むことだって出来るのよ……それから同性結婚認めてるネーデルランドに移住して……だけど、仲間にしちゃうと、それが出来なくなるでしょう?」

「それ、私でも出来るのか?」

 興味津々という顔の舞が白銀に訊ねた。

「当然……私が阻止するけどね」

「……折衷案で、うららに一人ずつ産んでもらう。どうだ?」

「自分の言葉の意味っていうか、論点がズレまくってること、わかってるの?」

「本気だが?」

「そうね……私が最低二人、あなたは一人よ」

「数は……まぁ、どうでもいい」

「いいでしょう」

「いいのか?」

「それで手を打つ。そのためには、私たちの妻を取り戻す!―――それでどう?」

 スタンブレードの鯉口を切る白銀の言葉に、

「……のった」

 スタンブレードを鞘から抜きはなった舞が応じた。

「―――いくわよ?舞?」

「ええ」

 

 うららに、どこかおかしくなりかかっている風紀委員の刃が襲いかかった。

 

 

 

 

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