日菜子の介入
「うーん……」
困った。
水瀬は腕組みしながら、あごに手をやる独特なポーズで考え込んでいた。
クリスの前では格好のいいことを言ったものの、さて。どこをどう探せばよいものやら。
それが、どうにも思いつかなかった。
「見つかりませんでしたって帰ったら、無事じゃ済まないよねぇ」
「―――あっ!いました!」
廊下の角から聞こえてきたのは、日菜子の声だった。
「水瀬!何をしているのですか!?」
グイッ
日菜子は水瀬に近づくなり、問答無用でその耳を引っ張った。
「いっ!?痛い痛い痛いですっ!殿下っ!」
「男の子が泣き言を言わないっ!」
そういうと、日菜子は水瀬の耳を引っ張ったまま、歩き出した。
「探しに来たのです!授業が始まりますよ?授業に出ないとは何事ですか!?」
「で、でも今は!」
「?」
水瀬は、簡単に日菜子に何が起きたかを説明した。
「二人も、生徒会関係者が行方不明?」
その事態の重大さは、日菜子にもイヤでもわかる。
「昨日の夜から、寮にも戻らず、午前中の授業にも出ていません」
「舞さんって、村上検事局長のご息女でしたね?」
「はい」
「確か、副委員長は芹沢刑事局長の」
「同じく、ご息女です」
「そうですか……」
日菜子は、何事か考え込んだ後、水瀬に言った。
「水瀬?その芹沢さんの足取りは?」
「不明です」
「不明?」日菜子は怪訝そうな顔で水瀬を見た。
「風紀の副委員長の行方がわからないのですか?」
「独自に捜査されているそうです。―――それが?」
「水瀬」
水瀬の疑問に答える前に、日菜子が水瀬に命じた。
「まず、芹沢副委員長の所在を確かめなさい」
「何故、ですか?」
「確認した後、教えてあげます」
「わかりました。では殿下、安全のためにまず、教室へお戻り下さい」
主君の安全のため、水瀬が日菜子を教室に戻そうとするが、
「何を言うのですか?」肝心の日菜子は、不満そうに水瀬に抗議した。
「へっ?」
「私も捜査に加わります」
「―――はぁ?」
困惑する水瀬を後目に、日菜子は自信満々に言い放った。
「こんな楽しそうなこと、首を突っ込まずにいられるものですか!」
日菜子に伴われてやってきたのは、職員室のある中心棟の隅にある警備室の一角。
その名前を聞いたとき、水瀬がまず思い浮かべたのは、メイド達の使っている生徒監視システムの中枢にして、生徒達の居場所を常に監視、緊急事態に備える施設、常に軍隊並みの厳重な警備が敷かれ、生徒への問い合わせには応じてくれない。
そんなイメージだったが―――
「ここ、なんですか?」
日菜子に連れられて来た水瀬が、その施設を見た第一声がこれだった。
“たずね人相談室”
テーマパークで使われていそうな丸っこい可愛らしい文字で、看板にそう書かれていた。
施設も警備関係の施設というより、街角のクレープ屋という感じで、相談事より食べ物を買う感じだ。
「文字通りです」日菜子は、何でもないという顔で答えた。
「はぁ―――こんなの、役に立つのですか?」
「行けばわかることもあります。水瀬、生徒証を」
「あっ、はい」
水瀬がポケットから出した生徒証を受け取った日菜子が相談室のカウンターの前に立った。
「いらっしゃいませ」
一礼するのは、20代前半の若い女性。髪を結い上げ、帽子をかぶっていた。
問題は、その女性の服装。
どうひいき目に見ても、ファーストフードの店員の格好そのものなのだ。
―――こちらでお召し上がりですか?
次ぎにそう来ると水瀬は思ったが、違った。
「どなたをお探しですか?」
「村上舞風紀委員長と芹沢白銀副委員長を」
水瀬の生徒証をカウンターに置きながら、日菜子はそう答えた。
「はい。ご一緒に指紋認証サービスはいかがですか?」
「結構です」
「はい。2名様所在調査サービス―――合計210万円になりまぁす」
「―――へ?」
水瀬は凍り付いた。
「あ、あの?殿下?その―――210万円って?」
「情報料に決まっています」
何を馬鹿なことを―――日菜子は憮然とした顔で答えた。
「安いものでしょう?」
「ぼ―――じゃない、私が、払うんですか?」
「当たり前です」
「経費で―――落ちます、よね?ね?ね?」それが、水瀬の一縷の望みだったのだが
「自腹です」にべもなく砕かれ、水瀬はその場にへたり込んだ。
「そ―――そんな、そんなぁ」
これはあんまりだ。
水瀬を無視したカウンターの店員(?)と日菜子のやりとりが終わるまで、水瀬の頬を、滝のような涙が流れ続けたという。
五分後
「―――わかりました」
「またご利用くださぁい」
店員の一礼を背に受け、日菜子は水瀬をテーブルへと連れて行った。
「いつまで泣いているんですか?みっともない!」
「ですけどぉ……」
「とにかく、結論からです」
日菜子はテーブルに数枚の紙を広げた。
よく見ると、地図だ。
「これが、3分前に確認された、最新の調査結果です」
学園の施設とおぼしき線の上に、複数の丸が描かれているが、ほとんどの丸が整然と並んでいるのが印象的だ。
「なんですか?これ」
「この丸が、すべて生徒、また教職員です。整然と並んでいるのは、教室で座っているからですね」
「施設の中の人間を、どうやって把握するんですか?」
建物内部の人間の配置をこうも簡単に把握することは、水瀬達魔法騎士にとっても容易なことではない。
これは、本当にすごい技術だ。
だが―――
「禁則事項(ごつごうしゅぎ)です」
即答されてしまった。
きっと、触れちゃいけないことなんだろうなぁ。水瀬はそう思い黙った。
「問題は、二人がどこにもいないことです」
「いない?いないなんて結果を聞くために、僕は210万円も支払ったというのですか?」
椅子を蹴って泣きながら日菜子に迫る水瀬だが、
「私に怒鳴らないでください」
日菜子はあくまで冷たい。
というか、珍しく日菜子の顔にはいらつきが見て取れた。
「―――すみません」
すごすごと椅子に座り直した水瀬だったが、ふと、気づくことがあった。
あれ?
これって、ようするに、希望に添えなかったってこと、だよね?
「じゃあ、殿下!回答出来ずってことで、これはタダってことですよね?」
「―――バカを言わないでください」
「へっ?」
「調査費用は、結果の如何に関わらず、申請した者の負担は当然です」
「じ、じゃあ、僕の210万円は」
「いつからそんなにお金に細かくなったのですか?」
「ついさっきです」
「―――わかりました!」
日菜子は顔を真っ赤にして席を立った。
水瀬には、その理由が手に取るようにわかった。
ようするに、日菜子が水瀬の態度にキレたのだ。
「そんなに不満でしたら、私が費用を負担します!」
「え?で、殿下?そ、それってもしかして」
「私にお金を払わせれば、あなたは満足なんでしょう!?」
「いっ、いえ!そうじゃなくて!」
「自分でお金を払うのが面白くないからって!それでそんなグスグスした態度とって!なんですか!みっともない!それでもあなたは」
私の。それ以上を何とか日菜子は口の中で止めた。
(何でこの言葉が出てきたんだろう)
日菜子は、それにとまどった。
こんな言葉が、なんで出てくるんだろう。よりにもよって、この子相手に。
日菜子は、こう言いかけたのだ。
それでもあなたは、私の騎士ですか
私の騎士
多感な年頃には、複雑な意味にとれる言葉。
その言葉が、水瀬に対する自分の本音だと気づいた日菜子は、別な意味で赤くなった。
それに気づかない水瀬が、申し訳なさそうに言った。
「―――すみません。でも……それでも、この任務を終えたら僕、借金抱えて路上生活ですよ?」
「えっ?」
路上生活
聞き慣れない言葉の意味を理解出来ず、日菜子はとまどった。
「学校にもいけません。帰る家もありません。近衛の関係あるからアルバイトも出来ません。行政の保護を頼むことも出来ません。ここに来るまでも、家を勘当され、女装までして……」
日菜子は、じっと水瀬の泣き顔を見つめ、かける言葉を探した。
叱咤すべきか?―――違う。
慰めるべきか?―――違う。
自分は、配下を追いつめているだけ。
配下に、なんて言葉をかければいい?
それが、どうしても、思いつかない。
そんな日菜子に、水瀬は言った。
「任務だとわかっています。でも、それでも、任務だとしても、これは、あまりといえば、あまりの仕打ちではないでしょうか」
―――しまった。
日菜子は、内心で舌打ちした。
確かに水瀬をここまで追いつめたのは、水瀬自身の不運というか、不甲斐なさもある。 だが、それでも水瀬は必死に仕事をしているし、結果も出している。
家を追い出され
男の子としての尊厳まで奪われ、
それでもなお、
苦難に耐え続けている。
すべては、自分のため。
自分の名で課した任務のため。
それに対して、主君である自分は、水瀬の不運の上乗せでしか答えていない。
これでは主君として失格だ。
いけない。
怒りに任せて、我が身の立場を、見失ってしまうところだった。
「わかりました」
日菜子は深いため息と共に言った。
「私も大人げないことをしました。昨日から」
「あっ、あの……僕、そんなつもりじゃ」
あせあせする水瀬の態度に、日菜子は吹き出しながら言った。
「クスッ……じゃ、これでおあいこですか」
「はっ?はぁ」
「では、続きです」
日菜子が広げた別の紙には、ほとんど丸が存在しない。
どうやら、複数の情報をまとめたものらしい。
赤いマーカーで書かれた矢印は、移動を示すものだろうことは、簡単に想像出来る。
時刻欄には2048と書かれていた。
「昨日の夜、最後に二人が確認されたのが、これです」
「夜8時48分ってことですか?門限ぎりぎりですよ?」
「ええ。保健室前で接触、その後、反応が一時途絶え、最終的に確認されたのは、ここです」
日菜子が指さす場所。そこは―――
「理科棟の廊下?いや、地下室入り口付近?」
「そうです。しかも」
日菜子は、紙を指でトントンとつきながら言った。
「反応は、村上委員長だけです」
水瀬はきょとんとして日菜子に言った。
「芹沢先輩の反応が、消えた?」
「そうです。保健室前で、きれいさっぱり」
「―――僕、昨日も理科棟を調べに行きましたが、あそこは特に異常はありません。地下も今、からっぽですよ?」
「私も報告は受けています」
日菜子はそういうと、もう一枚の紙を広げた。
「これは昼休みの時のものです」
「これは?」
「問題はここです」
日菜子が指さした丸の所在は理科棟の廊下。その横には『S.Serizawa』、つまり、この丸が芹沢白銀であることが表示されている。
反応が消えた場所と反応が出た場所はほとんど一緒だ。
「あれ?」
「前後の記録を当たってもらいましたが、この丸は、ここに突然現れました」
「突然?そんなこと、あるんですか?」
「ここの監視システムは、情報を20秒間隔で更新しています。20秒前の記録には、芹沢の反応はありませんでした」
「センサーの異常では?」
「ありえません。他の生徒をしっかり把握していて、なぜ、芹沢白銀だけが消えると?」
「……うーん」
水瀬は、それまでの用紙を並べて唸(うな)った。
「地下に、何か仕掛けがあるようですね。あっ、それでも芹沢先輩が保健室前で消えたことの答えにならないか……」
「仕掛け?」
「ええ。例えば、センサーの感知から逃れる仕掛け、一種のジャミングがかけられているのか、それとも空間を閉鎖しているのか」
「皇居にある、あれですか?かなり大がかりになりますよ?」
「そうです。でも、あの地下回廊にもありました。あれ、上空から全体写真とるのを妨げていたのも、やはり同じ仕組みでしたから」
水瀬は日菜子に言った。
「この学園、かなり裏があるように思えるんです」
水瀬は席を立った。
「とにかく、理科棟に向かいます。手助け位は出来そうですし」
「手助け?」
「ええ。僕より先に、彼女が事件を解決しちゃうかもしれません」
「誰です?」
「ほら」
水瀬は、最新情報が書かれた紙の上の丸を指さした。
「―――あっ」
日菜子もそれでわかった。
「さぁ。行きましょう。時間が惜しいです」手早く紙をまとめた水瀬が立ち上がった。
「そうですね」
日菜子もそれに続く。
水瀬が指さした丸
そこには、「Iris」と書かれていた。
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